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10.

 あれから三ヶ月が過ぎた。

 あの日以来、セレーナは悪夢を見る事もなく、三ヶ月経った今ではあまり気にしなくなっていた。

 父に話した一週間後には家庭教師も決まり、今では前に比べて少しだけ忙しい日々を送っている。

 父や兄ともあれから少しずつだが、話すようになった。

 とはいえ、距離があった七年という短くない時間は、そうすぐに縮む事はないのだけれど。

 セレーナは部屋に籠もる時間が減り、授業が無い日は使用人達の仕事を見学するようになった。今日は授業が休みの日なので見学DAYだ。見学とは言っても、誰に許可を取る訳でもなく勝手に見ているだけなので、実際の所は見学というより観察なのだが。因みに、本人はこっそり見ているつもりでいるが、周囲にはバレバレだ。

 シェフの仕事を見る時は、調理室の出入り口の扉からこっそりと。長い廊下の掃除をしているメイドを見る時は、柱の陰からこっそりと。あくまで、セレーナはこっそりと覗いているつもりである。

 見られている当人達は、気付かぬ振りをして仕事をしているが、セレーナの後ろからその姿を見ている使用人達は皆、生温かい目でセレーナを見つめている。

 今でこそ生温かい眼差しを向けられているが、使用人の仕事ぶりを見学し始めた最初の頃は皆、訝しがっていた。

 何せ、七年程ほぼ引き籠もりの様な生活をしていた皇女が突然外に出てきたからだ。

 最初こそ使用人達は息を潜めて、粗相のないように気を張って様子を窺っていたのだが、何をするでもなく、こっそりと仕事を見て、暫くすると満足したのか部屋に戻っていく姿を度々見かけた一人の使用人がある日、セレーナに声を掛けた。

 すると、声を掛けられると思っていなかったセレーナは、ビクッと大きく肩を揺らした後、涙目になり怯えた子犬のようにぶるぶると震えながら、いつも……ごくろうさまです。と小さな声で呟くと、走り去って行ったのだ。

 その話はあっという間に一部の使用人達の間に広まった。

 最近の行動は、もしかしたら皇女様の歩み寄りなのかもしれない。そう解釈した使用人達は、その日以降セレーナを見守るようになった。セレーナを怯えさせないように、怖がらせないように、ましてや泣かせないようにと誰も自ら声を掛けることはしなかった。

 しかし、口を噤むことをやめ、少しずつではあるが話そうと努力している姿は、大人達の目には何とも庇護欲をそそるらしかった。

 そして、たまに使用人を観察中のセレーナとうっかり目が合ってしまうと、一瞬だけ頭を下げて慌てて顔を真っ赤にして走り去って行く。

 セレーナはこそこそと観察しているのを見つかってしまったことが恥ずかしくて堪らないけれど、その場に居合わせた使用人一同は悶絶ものだ。

 基本はこうしてこっそり観察しては見つかると走り去ってしまうセレーナだが、最近では周りに人が居らず、一対一の時は声をかけるようになった。


「あの……ごくろうさま。いつも、きれいにしてくれてありがとう……」


 引き籠もっていた時は冷ややかだった使用人達も、まだほんの一部の人間だけではあるがセレーナに好意的になってきている。セレーナ本人はまだ気付いていないけれど。

 そして、セレーナに声を掛けられた使用人はお昼休憩で食堂に集まっている使用人仲間に自慢しているのだ。

 同じ時間、そんなことをされているなど知る由も無いセレーナは部屋で寛いでいた。


「姫様、お茶のご用意が出来ましたよ」

「ありがとう、マリー」

「暖かい日が多くなり、過ごしやすくなりましたね~。ということは、もうすぐ花まつりですね」

「はなまつり……?」


 マリーが淹れてくれたミルクティーに口をつけようとした所で、止まる。

 あまり部屋から出ていなかったセレーナは勿論街になど出たことがあるわけもなく、花まつりというイベントがあることすら知らなかった。


「あ、そうですよね……失礼致しました。花まつりとは、毎年春に行われるお祭りなのです。街が色とりどりの花で溢れて、とても綺麗なんですよ」


 さっと理解して、何も知らないセレーナにマリーが教えてくれた。

 花まつりの光景を思い出しているのか、うっとりしている。


「私が幼かった頃に両親に連れて行ってもらったことがあるんですが、花まつりの日は朝から大賑わいで、いつも以上に街が活気づいているんですよ! 花まつりでは毎年、未婚女性の中から毎年一人だけ花乙女が選ばれるんですが、花乙女に選ばれた女性は、広場の特設ステージに用意された壇上に上がって花冠とピンクのヴェールをもらった後、今年も一年平和でありますようにと祈ることで、争いや自然災害への祈願をするのです。そうすると、また一年平和が続くとされています」

「そうなんだ……」

「それから」


 そこで一度言葉を切ると、胸の前で手を組み、瞳を輝かせながら続きを語る。


「花乙女は未婚女性しかなれないので、公開告白大会が催されるのです! 恋人や婚約者が居ても、もし花乙女がその人を選んだ場合、その人と結ばれることが出来るのです!」

「いいの……それ……?」

「あまりありませんけどね。例えば、無理矢理政略結婚させられそうな場合とかくらいですね」

「そうなんだ……」


 セレーナが反応に困ったような表情で首を傾げると、マリーも先程の表情から一転、苦笑しながら答える。


「でも、そういうのちょっと素敵だなって思います」


 セレーナにはわからなかった。

 確かに本当にそんな危機的状況で告白されたら素敵かもしれないけれど、もし来なかった時のことを考えると、とても素敵とは思えなかった。


(そんなじょうきょうにならないことが一番だと思う……)


 憧れがあるらしいマリーとは対照的に、セレーナはぼんやりとそんなことを思い、窓の外に視線を向けた。

 セレーナの部屋からも小さくだが、街が見える。

 色とりどりの花に彩られた街はきっととても綺麗だろうなと思った。

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