65話 ースフィア編ー 屋上と牢獄
小粒の雨のハルゴ砦の屋上…
「すごい~! すごすぎる~~!」
指揮官ミステイは、何度も膝を曲げ飛び喜んだ。
下には、砦を通過し王都へ向かう、アナ帝国の捕虜の長蛇の列が見える。
息を切らしだしたミスティは、スフィアに笑顔でウインクして、
「ハァ…ハァ…スフィア! 最高! 戦が終わって王都に帰ったらブドウ酒をごちそうする!」
「ブドウ酒?」
腕を組むスフィアはごっくりして、
「それなら笑顔の猫のラベルの酒をお願い」
「笑顔の猫のラベル? おやすいごよう! 必ず探しておくわ!」
スフィアは目をつむり「フフ」と笑った後、アナ帝国のある方角を見つめながら、
「敵は最短距離の吊り橋を切断したけど、またアナの軍は来る、次は攻城戦だけど…難攻不落のハルゴ砦、こっちが有利」
「敵兵の数は予測できる?」
「圧倒的有利の先方戦で負けたアナは、敗れた事の想定を始めるだろう…本国の守備も考えて出せて2万くらいかな」
「2万? ハルゴ砦の3443人…勝てるわね」
「ああ、それどころか、ミスティ」
ミスティはぼ~っとスフィアの顔を見て、
「なんですか?」
スフィアはニヤリっと笑い、
「皇太子が来たなら、ワタシは皇太子を捕らえて人質にしようと思ってる。 これでレナの完全勝利だ」
「どうやって?」
スフィアは南に下がる勾配の遠くに見える矢倉を指差し、
「敵兵が来れば、あの4キロ離れている矢倉でワタシとグルギュラの二人が狼煙を上げる。あらかじめ矢倉の近くに穴を掘っておいて、狼煙を上げた後、ワタシが穴に入り、グルギュラが穴の上に板を張り、土をかける。 グルギュラは馬でハルゴ砦に戻って攻城戦に加わればいい」
「なんで? そんな事するの?」
「皇太子は殿で来るから、後ろから皇太子を狙えるからだ。ワタシは穴に潜み好機を待つ」
「皇太子が殿で来るとは限らない」
「必ず殿でくるよ。 フレデリクスの先方隊が正面突破で破れたんだぞ? アナ帝国の次期皇帝が命がけなんかできる立場じゃない」
スフィアはまた「フフ」と笑った後、
「皇太子を捕らえれば面白いぞ」
心配顔のミスティは、
「スフィア? そこまで無理しなくていいのよ? 今回の戦はたぶん勝てる、皇太子まで求めなくても」
「いやだめ。 こんなチャンスは二度と無い。 勝てば大きい賭け、次期アナの皇帝の皇太子アーネストを人質にすれば領土を割譲させる事もできる」
「領土を…アナの…」
スフィアは嬉しそうに、
「ミスティ的には広大で豊かなアナの領土、どのくらい欲しい?」
「10分の1もあれば十分! それだけあればレナの領地は2倍になる!もう攻められない!」
「ミスティ、こういう時は吹っ掛けなきゃ半分だ」
「半分? アナは世界最大じゃなくなるわね! レナが世界最大よ!」
「こっち側の条件を…向こうが丸のみすればだけど」
「戦が終われば、ワタシがスフィアをレナの聖騎士に推挙してあげる。」
「え? 聖騎士?」
「レナ国の絶体絶命の危機を救ったスフィアだもん…絶対に聖騎士になれる…レナの聖騎士スフィア」
「聖騎士かぁ考えたことも無かった」
「スフィアの名前は永遠に語り継がれるのよ、ハルゴ砦で奇跡を起こした聖騎士とね♪」
「ワタシの名前が永遠にかぁ? フフ、悪くないかもね」
雨は止み、立派な虹が見えた。
すぐにミスティは虹に拝みだす。
「スフィアが幸せになれますように…」
スフィアも虹に拝み、
「グルギュラが童貞を卒業できますように、弟子のミスティが長生きできますように、レナが勝てますように、シトリーと結婚できますように」
「スフィア、願いは一つだけよ。 望み過ぎは罰が当たるわよ」
「ははは、ひとつなら何かな~」
スフィアは、うーーんと考え
「ワタシにもっと力を与えてください」
ミスティはスフィアを見て
「素晴らしい願いだけど、スフィアはこれ以上は強くなれるのかしら?」
「さあ下に降りよう、やる事が山積みだ」
「うん」
二人は階段へ歩く、後ろを歩くスフィアはピタッと足を止めて、立派な虹を見上げながら小声で…
「今の止め、やっぱり、みんなが幸せになりますように」
スッキリした顔で階段を下りる
8日後…
ハルゴ砦に早馬が来た。
兵がサっと降りて、演習場に居たミスティへ走り、前で頭を下げた後、
「指揮官、アナ帝国が動きました、到着はおそらく明日の正午ごろ」
「数は?」
「指揮するは皇太子、数は2万5千ほど」
「分かった、ごくろうであった、下がって休みなさい」
「は」
ミスティは演習する若い兵達を見て、
「欲張りかもしれないけど、レナの兵は誰も殺させる気はない」
砦内にいる、スフィアの下へ…
同刻
ハルゴ砦の牢の中では、グルギュラと金色の長い髪の女アビゲイル。
ゴハンを食べ終えたアビゲイルは、アグラで座りながら水を飲んだ後、
「このままだと、手柄はグルギュラが二番で、一番手柄のスフィアに勝てない?」
「ああ…とても無理だ」
「ワタシは嫌だ、ワタシの父上を殺したスフィアの奴隷にする気か?」
「まあ待て、スフィアとオレは悪い仲じゃない、きっとお前を譲ってくれる」
「ワタシを馬鹿にしてるの?」
「そんな事は…」
「父上を殺したスフィア、そのスフィアからワタシを譲ってもらう?」
「悪い、しかしだな、ほかの男に回されるよりは」
「ふざけるな! そうなる前にミスティもスフィアもワタシが殺す!!」
「無理に決まっているだろ」
アビゲイルはアグラのままガクっと首を落とし、しばらくして…
「もう死ぬわ…なんか疲れたし…」
「そんな事、言うなよ」
アビゲイルはグルギュラの手を握り、自分の胸に当てた、
「けっこう大きいだろ?」
「おっおい…やめろ…」
「フフ、そんな事言って離さないし」
アビゲイルはグッと手を離させ、
「グルギュラが一番手柄じゃなかったら、ワタシは自決する、嘘つきのグルギュラを一番恨んでね」
「しかしだな…」
「スフィアを殺して男になれグルギュラ」
「できるわけない」
「後ろからでもなんでもよ…父上を蚊を殺すように殺したスフィア…あれは生きていちゃいけない邪悪な女」
アビゲイルは悲しい目で、
『アンタも~、いつか殺されるんでしょうね』
グルギュラは怒る。
「あいつはそんな女じゃない!」
立ち上がり、
「アビゲイル! 今のお前は…なんか嫌いだ!」
「ごっごめん」
牢を出てガチャっとカギをかけ、無言で去る。
アビゲイルは牢を両手で掴み、去り行くグルギュラの背中に、
「グルギュラ! ごめんグルギュラ! お願いだよ! ワタシにはアンタしかいないんだから!! ワタシを見捨てないでおくれ!!」
石畳を叩き、
「絶対に…生き残ってやる…」




