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祖父母は一週間くらい居てくれるらしい。わたしは父に促されて自分の席に座り、朝食が配膳される。食べようとした祖父母を父が止めた。
「これは昨日ラヴィが教えてくれたことなんだ」
そう言って手を合わせて、家族全員で「いただきます」と声を揃えて言った。それを聞いた祖父母は目を丸くして、それからすぐに笑みを浮かべて同じことをしてくれた。それからおいしく朝食をいただいて、食べ終わるとやっぱりみんなで「ごちそうさま」を言った。
「さて、実は明日から領地の視察に行くんだ。行きたい子はいるかな?」
領地の視察かぁ。そういえば年に何度か父が居ない日が続いていた頃があった。あれはきっと領地の視察だったんだ。伯爵家の領地といえど、かなり広いみたいだし。町や村を回っていたらそりゃあ帰ってくるのも遅いわけだ。
――ふむ。ならば!
「はい、おとうさま。行ってみたいです!」
立候補するように手を上げると、兄はわたしを見て一瞬目を見開き、それから肩をすくめて微笑む。
「お父さま、僕も行きます。元々、今回の視察には付いていくつもりでしたから」
「……じゃあわたくしも、と言いたいところだけど、今回は留守番しますわ。お母さまたちと待っています。ラヴィ、気をつけていくのよ!」
「はい、おねえさま」
わたしが視察に参加するのは今回が初めてだ。なぜ視察に同行するのか……、それはもちろん、このエクレストン領地で住んでいる人々を見てみたかったから、というのもあるけれどここがどんな風な世界なのか、きちんと感じたかったから。
「なら、今回はランベルトとラヴィのふたりだな。ラヴィは初参加だ。ランベルト、ラヴィに色々教えてあげなさい」
「はい、お父さま。それじゃあ、早速行こうか」
「はい、おにいさま」
兄が席を立ってわたしの元まで来て、昨日と同じように手を差し出さした。その手を取って立ち上がり、みんなに向かって手を振るとみんなそれぞれ手を振ってくれた。母がとても心配そうな表情をしていたのが印象的だった。
兄に手を引かれて歩く。向かっている先は図書室みたいだ。兄はただ静かに歩いている。ちなみにラーラとアメーリエもやっぱり一緒に歩いている。
図書室まで行って、ラーラが鍵を開けて、みんなで中に入った。パタンと扉を閉めたのはアメーリエだ。
「さて、ラヴィ。どうして視察に?」
「わたし、この領地のこと全然知らないので……。領民がどういう生活をしているのが気になって」
「……ちなみに、ニホンだとどういう生活なの?」
「えーっと、そうですね。わたしの場合だと、朝起きて朝食摂って仕事に行って、昼休みにお昼ご飯食べたらまた仕事して、仕事帰りにスーパーに寄って食材買って家に帰ってから晩ご飯作って食べて、お風呂に入って寝るって感じですかね……」
「…………うん、よくわからない。ちょっとタイムスケジュール書いてみてくれない? あ、数字はともかく文字は平仮名でね」
「はい」
ラーラから紙とペンを渡されてわたしは言われた通りにタイムスケジュールを書き出した。
「…………これが一日?」
「そうですよ、一人暮らしだったから合間に家事して」
「……そう。大変だったね……」
まぁ、今の暮らしのほうが贅沢している感がある。なんといっても時間がたっぷりあるから。
そうそう、この世界年間日数、月数、時間、血液型は完璧に日本の通りなのよね。
これがどうしてなのかは作成側がはっきりと『キャラと占いしたい人のために』って某ゲーム雑誌のインタビューで答えていた。
……でも正直ねー、これキャラクターの誕生日関係グッズ出したいからだと思う。買ったもん、わたし。推しのキャラグッズ!
「それじゃあ、気を取り直して……。今回行くのはエクレストンの最も大きな街だよ。まぁ、王都に比べれば小さいけどね」
「おにいさまは王都に行ったことが?」
「二年前にね。色々とすごかったよ」
どんな風にすごいのかは内緒、と兄は人差し指を口元に立てて笑う。
「ああ、そういえばその時に男爵家の子と知り合いになったよ。キレイな緑色の髪が印象的だったな」
「……緑色の、髪!?」
思わず大きな声を出してしまった。兄が驚いたように目を丸くしてうなずいた。
「う、うん。名前はルーカスって言うんだけど……」
「ルーカス!? やっぱりルーカス!」
「知っているの?」
首を傾げて問う兄に、わたしは拳をぐっと作って語り始める。だって推しのことを聞かれたのなら答えるべきでしょう!
「ルーカス・トキワシノブ・バルツァー。七月七日生まれのO型。身長が高く、すらりとした体格をしていて人懐っこくて可愛い子なんです! それに彼の奏でるハープはすっごく澄んだ音色なんです!」
「…………ラヴィはルーカスが好きなの?」
「最推しです! 恋愛感情は抱いてませんっ」
「お、おし……?」
「なんかこう、応援したくなっちゃう子と言うか……。ちなみにこの乙女ゲー、おにいさまも攻略対象ですから。昨日言うの忘れていました」
「乙女ゲー? 攻略対象?」
こくりとうなずく。兄は悩むように目を伏せて重々しく息を吐いた。
「ラヴィ、とりあえず、その『乙女ゲー』のことで色々話し合おうか……」
どこか疲れたような兄の声に、わたしは首を傾げた。そしてハッとした。昨日は乙女ゲームのことを言っていなかった気が。
わたしは簡単に乙女ゲームの話をした。主人公がどんな逆光にもめげずに攻略対象と愛を育むゲームです、と。
兄はなんとも言えない表情になって、ぽんぽんとわたしに質問を投げかける。それに答えていくうちに、どんどんと気持ちが暗くなっていった。だってどのルートでもわたしは僻地で死ぬ運命だ。
「……なるほど」
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次回は土曜日を予定しています。