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本日2回投稿。2回目です。(2/2)
夕食を食べ終えてネグリジェに着替えるとわたしはドレッサーの前に座る。さらさらとした生地が肌に優しい。
鏡の前のわたしは笑みを浮かべていた。夕食時に、家族全員が『いただきます』と『ごちそうさま』の挨拶をしたのだ!
日本では馴染み深い言葉だけど、西洋風のこの国で聞くのはなんだか不思議な感じ。
それにプレイしている時は流していたけど、ドイツ系の名前多いよね……。舞台設定ドイツだったのかな。プレイしてた頃は正直イケメンに愛の言葉を囁かれるのを目的にやっていたけど……、いや、ミニゲームも面白くて結構はまっていたな……。ともかく最高のゲームだった!
……じゃなくて。わたしの髪を梳かしていたアメーリエが少しだけ迷ったような表情を浮かべていたが、意を決したように口を開く。
「お嬢さま、少しよろしいですか?」
「なあに?」
「えっと、文字の練習をしたいので、教えて欲しいのです」
アメーリエが言っている文字は平仮名のことだろう。そういうことなら、とわたしはペンと紙を用意してもらった。
「それじゃあ、がんばっておぼえてちょうだいね」
「はいっ」
わたしは五十音の最初の文字、『あ』を書く。アメーリエはそれをがんばって真似ていた。歪な形だが、ちゃんと読める。あ行、か行、さ行を書いていって、彼女に渡した。
「これを見て練習してみて? えっと、そうね。覚えたら教えて。た行、な行、は行を教えるから」
「はい、ありがとうございます!」
五十音を書いたノートは小さかったし、このくらい大きな紙に書いたほうが覚えやすいかもしれない。うとうととし始めたわたしに気付いたアメーリエが、「ラヴィニアお嬢さま、おやすみなさいませ」とわたしをベッドに寝かせた。
ぽむぽむと一定のリズムで胸元を優しく叩く。ラヴィニアとして生まれて五年。眠る前はこうやってアメーリエが寝かしつけてくれていた。彼女の手は優しくて、わたしはあっという間に眠りに落ちた。
「ラヴィニアお嬢さま、朝です!」
翌朝、元気よくカーテンを開ける音とアメーリエの声で起こされた。わたしはもぞもぞとベッドの中で動いて、上半身を起こす。それから両腕をぐーんと天井に向かって伸ばしてあくびをした。
「……おはよう、アメーリエ」
「おはようございますっ。お嬢さま、見てくださいっ、昨日頑張って練習したんですよ!」
喜々としてわたしに紙を見せてくる。最初のほうは文字が歪だったけど、最後のほうはキレイな文字になっていた。たった一日でここまで書けるようになるとは、やるな、アメーリエ!
「アメーリエ、ちょっと屈んでくれる?」
「いいですけれど……?」
「がんばったのね、ありがとう」
アメーリエが屈んでくれたので、わたしは彼女の頭に手を伸ばして撫でた。さらさらとした感触の髪を撫でていると、アメーリエの肩がぷるぷると震えだした!
「ど、どうしたの!? わたしに撫でられるのそんなにイヤだった!?」
焦って彼女の頭から手を離してわたわたと両手を上下に動かすと、アメーリエはふるふると頭を横に振った。それから少しだけ頬を赤く染めて頬に手を添え、こう言った。
「お嬢さまに頭を撫でられるって、すごく新鮮です……。でもでもっ、たとえ前世の記憶があるとしてもお嬢さまは今五歳なんです!」
「う、うん……?」
「なんかもうちょっとときめいちゃいった自分にがっかりです……」
昨日の話をアメーリエの中で消化されてないのがわかった、今日の朝。
こほんと咳払いをしてからアメーリエは立ち上がって、ポケットから手帳を取り出した。そして、ハッとした顔になると急いでわたしを着替えさせて、髪を整えてくれた。今日はツインテールみたいだ。ちなみに昨日は編み込みだった。
アメーリエに連れられて食堂に着くと、彼女は扉を開けてからわたしの背中を押した。
どうしたんだろう……? と思ったら、食堂にはすでに父たちが席に着いていた。
それに――!
「おじいさま、おばあさまっ!」
わたしがそう呼びかけると、祖父も祖母も優しく微笑んでくれた。シワがはっきりと刻まれるけれど、それすら愛おしい。
そういえば前世ではあまり祖父母と話さなかった。どちらの祖父母も遠方に住んでいて、会えるのはお盆や正月だけで、社会人になってからは年に一回会えればいいほうだった。
「ラヴィ、遅くなったけれど誕生日おめでとう」
「おめでとうねぇ。ほら、これプレゼント。受け取ってちょうだいな」
祖父母のところまで駆け寄ると、一昨日の誕生日のお祝いを聞けた。祖父母はこの屋敷から馬車で三時間のところに住んでいて、祖母の体調が崩れていたから誕生会には行けないようなことを聞いたような気がするけれど……。
「ありがとうございます、おじいさま、おばあさま。……おばあさま、お身体の具合は大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫よぉ。ありがとうねぇ。それよりも、ラヴィ、川で溺れてしまったと聞いたのよ。怖かったわよねぇ、助かって良かったわ」
そっとわたしの頬を撫でる祖母。アレクサンドラ・アイビー・クレストン。茶に近い金色の髪に碧の瞳。たぶん、わたしの目の色は祖母譲り。その隣に座ってほのぼのと笑っているのが祖父のレオンハルト・レオノチス・クレストン。先代のクレストン伯爵だ。
父に爵位を譲ってのんびりとした日々を送っている、らしい。
正直本当かどうかわからない。一緒に住んだことないし……。
「ルーナ王国の騎士に助けていただきました」
「あらあら、そうだったのねぇ」
ルーナ王国のことを口にすると、祖父も祖母も目を丸くした。そして、ふむふむというようにうなずくと、そっとわたしの頬から手を離した。
「意外なところでルーナ王国の名前を聞きましたねぇ、あなた」
「そうだな。ここで聞く王国名とは思わなんだ」
懐かしげに目元を細める祖父母に、わたしは首を傾げた。
「ラヴィ、もしもルーナ王国に行ったら、私の名はに口しちゃダメよぉ」
人差し指を口元に立てて、茶目っ気たっぷりに祖母は言った。それがどういう意味なのか、この時のわたしには全然わからなかった。わけがわからなくて、思わず父と母に視線を向ける。ふたりはただ、困ったように眉を下げて微笑むだけだった。
次回は来週の月曜日か土曜日になります。
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