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本日2回投稿。1回目です。(1/2)
そして午後、わたしは姉の部屋まで行って扉をノックした。姉の侍女であるエーファが扉を開けると、わたしを見て一瞬きょとんとした表情をしたけれど、すぐに納得したようにうなずいて部屋に入れてくれた。
「ラヴィー!」
そう喜々としてわたしの名を呼んで駆け寄ってくる姉に、大きく手を広げる。ぎゅーっと抱きしめられてちょっとくすぐったい気がするけれど、姉はいつもこうやってわたしを抱きしめるのだ。
「あー、かわいい。さすがわたくしの天使……!」
……ちなみに姉はシスコンである。毎日、毎日わたしを甘やかす。もしや甘やかすことが仕事なのでは? ってくらい甘やかしてくれる。ぎゅうっと抱きしめられて頬と頬をすりすりと合わせる。
今のわたしから見れば、姉の姿こそ天使のように見えるよ……。ただ、姉は十六歳で隣国の公爵家の長男に嫁いだため、ゲームには出ていない。ゲーム内ではちょろっと説明されていたくらい。
しかし隣国の公爵家に嫁ぐって結構すごいことだよね?
「あら、ラヴィ……、可愛いおめめが真っ赤よ、どうしたの?」
「あ、えっと。だいじょうぶです。昨日のことを思い出して、怖くなってしまったのです……。だって、助けられていなかったら、おねえさまたちに会えなくなってしまったんだって……」
……ついでに言うと、こういう風に言えば丸く収まるよって兄が教えてくれた言葉だ。わたしの目が赤くなってしまったことに気付いて、ハンカチで冷やしたりもしたけれど結局少しだけマシになったくらいだもの。
まぁ、正直今思い出しても怖い。もう二度と川を覗き込んだりしません。
そしてわたしを抱きしめている姉の腕がプルプルと震えているのがわかった。え、どうしたの?
「なんて……なんて……っ」
「おねえさま……?」
「なんてっ、愛らしいんでしょうっ!」
耳元で叫ばれてびっくりした。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、「あなたが無事で本当に良かった……」と囁かれる。心配を掛けてごめんなさい。
それにしても本当に愛されているなぁ、『ラヴィニア』。
十分くらい抱きしめられて、満足したのか抱きしめる力を緩めてわたしを抱き上げた。
「ラヴィ、今日はなにをして遊びましょうか。せっかくだから外で遊ぶ?」
……姉の言う外で遊ぶって、確実に剣術の稽古のことなんだよね……。いやでも待てよ? あの方にお礼を言うには隣国に行かなきゃいけない。隣国に行くためには馬車に乗ったりもするけれど、魔物とか盗賊に遭遇したら……。
自分の身を守るために、剣術を覚えるのも手かもしれない。
「はい、おねえさまっ! 外で遊びたいです!」
「あらあら、やる気に満ち溢れていますねラヴィ。ではお外に行く前に動きやすい格好に着替えていきましょうね」
アメーリエも部屋に入れてもらって、姉のお下がりを着てから子ども用の剣を持って中庭に向かう。
中庭には花壇があってとても綺麗だ。花の名前はよく知らないけれど……。中庭の奥に訓練場があって、さらに奥には休憩場もある。姉はよくここでじいやに剣術を習っているらしい。そこでふと、疑問に思った。
どうして、姉は剣術に磨きを掛けているのだろうか、と。
そう思ってじっと姉を見ると、姉は首を傾げた。自分の剣を持って、にこやかに笑うとこう宣言した。
「それじゃあ基本の型からね。わたくしも付き合うから。――構え!」
最初は優しい声だったけれど、最後はとても力強い声だった。姉に教わっていた構えをすると、ちらりと彼女に視線を向ける。
「ラヴィはまだ五歳だから、三十回で終わろうね。――いち!」
「はいっ」
姉の掛け声に合わせて素振りをする。少しでも構えが崩れると、すかさず姉が姿勢を整える。結局最後のほうはへろへろで型らしい型になってなかったと思う。
「――三十!」
素振りを終えると汗がすごかった。姉はポケットからハンカチを取り出すとわたしの顔から流れている汗を優しく拭いていく。
「休憩しましょう。エーファ、アレをお願い」
「かしこまりました、ユリアお嬢さま」
エーファはぺこりと頭を下げると休憩所に向かう。それから五分もしないうちに戻ってきて、手にはなにか飲み物を持っていた。グラスに注いでわたしと姉に渡してくれる。わたしはそれをこくりと飲む。
「とてもおいしいです!」
「ふふ、良かった」
レモンの酸味とはちみつの甘さがちょうどいい。喉も乾いていから余計においしく感じてしまう。甘酸っぱいレモネードに癒される……。飲み干してグラスをどうしようかと悩んでいたら、アメーリエがわたしの手からグラスを取ってくれた。
「ありがとう」
「いいえ、ラヴィニアお嬢さま、キレイな型でしたよ」
ずっと見ていたらしい。姉に比べれば全然なんだけどね、わたし。
あ、そういえば……。
「おねえさま」
「なにかしら、ラヴィ?」
「おねえさまは、どうして剣術を……?」
わたしの質問が意外だったのか、姉はパチパチと目を瞬かせて、それからふっと肩の力を抜いて頬に手を添えて恍惚した表情でこう言った。
「わたくし、騎士になりたいの」
「…………え?」
今、なんて言った? 騎士?
伯爵家令嬢が騎士になりたい……?
「もちろんこの国では無理よ。この国では騎士は男にしかなれないから。でもね、隣国のディルクス王国では、女性も騎士になれるのよ」
「ディルクス王国?」
「ええ、この国の南にあるの。わたくしはそこで騎士になるつもり。みんなには内緒よ?」
わたしは大きくうなずいた。
それにしても驚いた。姉にそんな夢があったなんて……。……まだ八歳なのに、将来の夢を見つけてるってすごいな。
わたし、そのくらいの年齢の頃なにしてたっけ? 夢なんて持っていなかったような気がする。
キラキラと輝くほどの微笑みを浮かべながら夢を語る少女の姿は、とても印象に残った。そして、同時に姉が十六歳になったら隣国の公爵家に嫁ぐことを知っているわたしは、どうすればいいのだろう……?
「あら、どうしたの、ラヴィ。そんなに難しそうな顔をして」
「……えっと、おねえさまが隣国に行っちゃうのはさびしいなって……」
「ラヴィったら……! なんて可愛いの……っ!」
身悶えるようにぷるぷると小刻みに震える姉に、エーファもアメーリエも慈愛の含んだ眼差しを向けていた。……末っ子だからってこんなに愛されていていいのだろうか、わたし。
「さて、そろそろ戻りましょうか。夕食の時間になる前に、汗を流しましょう。エーファ、アメーリエ、用意をお願い」
「かしこまりました」
「さ、行きましょう、ラヴィ」
差し出された手を取って、きゅっと掴む。兄の手よりは小さいけれど、やはり温かな手だ。ただ、剣術を学んでいるからか少し固い気がする。
屋敷に戻るとすでにお風呂が用意されていた。姉と一緒に入って汗を流す。……しかし、洗われることに慣れなきゃダメなのかー……。
髪を洗われるのは気持ちいいけれど、身体を洗われるのは恥ずかしい。自分で洗いたい……!
しっかりと洗われて、しっかりと髪を乾かしてもらって、しっかりと着替えさせてもらって……。いいのかなーってくらい。いやまぁ、それがアメーリエたち侍女の仕事と言えばそうなんだけど……。
夕食の時間までまだ時間があったので、姉と一緒に冒険物の本を読んだ。姉はこの冒険物の本で騎士になりたいという夢を持ったらしい。
それから一時間後、夕食に呼ばれて食堂に向かった。もちろん、姉と手をつないで。