第九十五話 帰郷
そうして程なくして案内されたのは門が構えた走り回れるほどの庭がある大きな建物。
「ここがモニカの家?おっきいんだね!」
「なんか恥ずかしいわね、自分の家をじっと見られるなんて。もうみんな入っちゃって!」
一方的に見られることに恥ずかしくなったモニカは皆を中に入るように促す。
街の主要である運送業を担っているモニカの家は裕福な家庭であった。
中に入るとパタパタ足音が聞こえてきた。
「お帰りなさいませヨシュア様――――とモニカ様!?それにそちらの方達は…………」
目の前にやって来たエプロン姿のメイド服を着た老婆はモニカの姿を確認して目を見開く。
「ただいま、マリアン。ちょっと授業の遠征でレナトに帰って来たのよ。紹介するわね。 こっちがレインでこの子がエレナ。それで彼がヨハン。みんな私の仲間なの」
笑顔でヨハン達を紹介するモニカ。ヨハン達は軽く会釈をする。
「おぉおぉっ、ご学友まで連れて…………――――こうしちゃおれん!ヘレン様を呼んできます!」
マリアンは感慨深げにしたあと、一目散に奥に消えて行った。
「ったく、マリアンさんはモニカのこととなると落ち着きがないな」
ヨシュアは呆れながらマリアンの後ろ姿を見送り、しばらくすると長い黒髪を垂らした女性を引っ張ってくる。
「ちょっと、マリアン。いきなりどうしたのよ?」
「いいから奥様!早くこちらへ!」
「もうっ、なによ一体」
「あら、あなた今日は早かったのね」
黒髪の若い女性はヨシュアの姿を確認するなり、声を掛ける。
そうしてモニカの姿を見つけるや否や驚きの表情を浮かべるのだが、すぐに落ち着いた表情を取り戻した。
「なるほど、そういうことね。 おかえりなさい」
「ただいま、お母さん」
モニカとモニカの母ヘレンは静かに見つめ合う。
「まぁこんなところでなんだ。腰を落ち着けて話そうか」
「すぐに紅茶の用意をしますので」
「ああ、ありがとう」
「なぁ、モニカの母ちゃんかなり若いよな」
「そうだね、ヨシュアさんもね」
そんな印象を抱くのはモニカのような子どもがいるような年齢にはとても見えないぐらいに若く見える。
「(父さんと母さんと同じぐらいかな?)」
だが自分に置き換えると、ヨハンの父と母であるアトムとエリザも村では同じように若いと評されていた。
そうして応接間に案内され、部屋の中央にあるソファーに腰を落ち着けた。
街一番の商人ともあって、置かれている家具はそれなりの品質がある印象を受けるのだが、綺麗に整えられた家具の配置であり、必要以上の装飾品は置かれていないのは控えめな印象を受ける。
「ごめんなさい、こんなにお客さんが来るなんて思ってなかったから大したおかまいできなくて」
ヘレンは困り顔ながらも笑顔で申し訳なさそうにヨハン達に謝罪をしたのはもてなしのこと。
「いえ、とんでもないです。急に来た僕たちが悪いので」
「あら?できた子ね。それに落ち着きもあるみたいだし。 ねぇモニカ、この子旦那にもらっちゃえばいいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと!お母さん急に何を言ってるの!!ごめんヨハン、お母さんが変なこと言っちゃって」
慌てて手を振りヘレンとヨハンを交互に見やるモニカ。
「いや、大丈夫だよ。 ヘレンさん、いつもモニカには色々と助けてもらっています」
「あらあら?ほんとに出来た子ね。やっぱりこの子を――」
「お母さん!もういいから!」
「うふふっ、冗談じゃない。モニカの旦那にする子はあなたより強い子じゃないとね。まぁそんな子おいそれといないもんねぇ」
「お、お母さんってばぁ……」
冗談半分に口にしたヘレンを横目にモニカは恥ずかしそうに苦笑いするのだが、レインは考える。
「(お母さん、残念ながらその条件は今のところクリアしてますぜ)」
微妙にエレナに睨まれているので余計なことは口にせず、そのままレインも軽く自己紹介をする。
「――えっと、レインくんに…………エレナちゃん、ね。 いつもモニカと仲良くしてくれてありがとうね」
マリアンに紅茶を並べられる中、一通りの挨拶を終えた。
「じゃあせっかくだから学校の話でも聞かせてもらおうかなー」
「あっ、じゃあこんな話なんかどうかな――――」
モニカが楽しそうにヘレンに冒険者学校の話を聞かせる。
もちろん一部話せないことがあるのは自分達の裏の活動やヨハンの両親のことにエレナが王女などといったこと。
「ふふっ。モニカが楽しそうで良かったわ。 でも入学前はあんなに行くのを渋っていたのに……。 ね?お母さんの言った通りだったでしょう?」
意地悪く笑うヘレンにモニカが頬を膨らませた。
「それは……そうね。思っていたよりも楽しんでるわ」
そこでモニカは母を鋭く見る。
「だけどっ!だけどッ! あの時の気持ちは嘘じゃないわよ!」
口にするのは、冒険者学校に入学する前の話。街を出たくないと訴えた時のこと。
「大丈夫。わかってるわ。私を誰だと思ってるの?私はモニカのお母さんよ?誰よりもモニカのことをわかっているのだから」
ヘレンは薄く笑い、その表情は慈しんでモニカを見る。
「あの、ずっと思ってたんすけど、モニカのお母さんてめっちゃ若いんすね。姉妹でも通じますよ!」
「あら嬉しい。けど女性に歳の話をしちゃダメよ?これは覚えておきなさい」
ヘレンはレインの額を指先でツンと押すと、途端に照れが込み上げてくる。
「レイン?まさかお母さん相手に変なこと考えてないよね?」
「バ、バッカじゃねぇの!?」
「あらあら?お母さん恥ずかしいわ」
「おいおい、子どもを相手に何を言ってるんだ」
口数少なく眺めていることが多かったヨシュアはそこで立ち上がった。
「いつまでも話していたいところだが、私はそろそろ仕事に戻るよ。明日の予定も組まないといけないのでね」
「あっ、うん、ごめんねお父さん」
「いいさ。街にいる間はゆっくりしていくといい」
「それと、ヘレン?」
「なに?」
「…………」
「大丈夫よ、わかってるわ」
「……なら良い」
ヨシュアは手を振り部屋を出て行く。
「さて、と。私もあんまりのんびりしていられないかな。いっぱいお話をしてお母さんも楽しかったわ。それで?あなたたち明日の予定は?」
ヘレンも立ち上がった。
「えっと、九時に街の門のところに来るように言われています。そのあとはちょっと指示を受けることになると思うけど?」
「そっか、じゃあ七時ぐらいで間に合うかな?」
「えっ?」
にやりと笑うヘレンはモニカ達全員を見渡している。
そこでモニカはヘレンの言葉の意図を読み取り、唖然とした。
「……お母さん、もしかして……するの?」
「ええ、もちろんよ。せっかくモニカに会えたのだから当然でしょ?でも今日はモニカも疲れてるでしょうし、時間的にもう遅いから明日にしようかなって。良かったらお友達も一緒にするわよ?」
母子で何かをわかり合っているので疑問符ばかりが浮かぶ。
「ねぇ、モニカ?何をしますの?」
エレナの問いかけに苦笑いをするモニカ。
「あー、えっとね…………お母さんと私の模擬戦?みたいな?」
「あっ……そうですの……」
頬をぽりぽりと掻くモニカは母の発言の意図を自分との模擬戦の時間合わせであるということを話した。
つまり、先程の時間提示は模擬戦を行う時間だということ。
「確かモニカってお母さんから色々教えてもらったって言ってたよ」
「……そうか。だがこれぐらいなら許容範囲内だよ」
「えっ?」
「いや、こっちの話だ。お前には理解出来ん話だ」
「んー?なんのこと?」
小首を傾げるヨハンの横でレインは思う。
不意討ちをされるわけでもなく事前に模擬戦をするということを聞かされただけでも何故だか多少良心的に思えた。
色々と唐突に起きる出来事に比べたらこれぐらいでは驚かないことに対して、少し感覚が麻痺しているのだろうかともレインは考える。




