第九十一話 閑話 とある日の暴走
「ねぇお兄ちゃん?お兄ちゃんって、彼女っているの?」
唐突にそれは訪れた。
発言の主はニーナである。
空気を読まないこの発言は寮の談話室にて一瞬でヨハン以外の全員を凍り付かせた。
ヨハン以外とはもちろん、モニカにエレナ……そしてレインである。
モニカとエレナはこの話題に今までも触れたくても触れられないでいた。
ヨハン自身が鈍感なのもあるが、現在は学生で同じパーティー。ともすれば気まずくなる可能性もある。
他にも、エレナは王女であったり、ヨハンの両親が大陸最強冒険者パーティーのメンバーであったり、特殊な事情を抱えているのでこの件は今すぐにでも早急に取り組まなければならない問題でもないために先送りにしていたのだった。
可能な限り外堀からじわじわと埋めていく作業をしていっているモニカとエレナの二人ではあるのだが、いかんせんヨハンが鈍感過ぎる。
もっと踏み込んでもいいのかもしれないが、その勇気もない。
そういう意味ではサナの方がやりやすいのかもしれないというのは別の問題。
そして、レインだ。
レインはこの問題がややこしく拗れてしまう可能性に危機感を覚えていた。
同じパーティーとして色恋沙汰は冒険者には付きものなのかもしれないが、これもまたこのパーティーのメンツが特殊過ぎるからおいそれと変更なんてできやしない。
とりあえず当面は不干渉を決め込んでおり、成り行きに任せるようにしていた。
そんなこんなの間柄に、空気を読まない爆弾が突如として投下されたのであった。
「えっと、彼女って?」
「彼女っていえば彼女だよ!付き合っている、お・ん・な・の・子!」
「(こいつ何言ってやがんだ!?だめだ、早く止めないと!モニカは?エレナは?)」
レインが素知らぬ顔でモニカとエレナの方に目をやると、モニカは剣を拭いていて、エレナはのんびりと本を読んでいた。
「(絶対聞き耳立ててるだろ!?)」
レインは激しく突っ込む。
「それで?どうなの?」
「そういう女の子はいないよ」
「欲しくないの?」
「別にいいかなー。第一、付き合うっていうのも僕にはよくわからないし」
「モニカお姉ちゃんは?お姉ちゃん可愛いじゃない!」
ニーナはヨハンの顔を見ながら後ろのモニカを指差す。
この瞬間いつもの三人は硬直した。
凍り付いたとかそんなレベルではない。石になるほどの衝撃だ。ピシッとした音が聞こえてくる気がしなくもない。
「モニカ? モニカは可愛いと思うよ? あの初めて森で会った時も、ミノタウロスを一撃で倒して…………あの森に差し込んだ光に照らされるモニカの姿は綺麗だったなぁ」
ヨハンは初めてモニカの顔をちゃんと見た時の事を思い出していた。
「(ニーナちゃん、ナイス!)」
モニカは心の中で渾身の力で親指を立てていた。
「じゃあモニカお姉ちゃんでいいんじゃない?」
「(ちょ、ちょっとニーナちゃん、それは聞きすぎだよ!ああっ!でも答えを聞きたくないような聞きたいような…………)」
「えっ?モニカ?モニカは仲間だよ」
ガビーーーン!
「(そうだよね、ヨハンならそう言うと思ってたわ)」
心の中のモニカが項垂れる。対してエレナの表情が明るくなる。
「じゃあじゃあエレナさんは?エレナさん綺麗でしょ?なんてったって王女様だもんね!」
ニーナは続いてエレナを指差した。
「エレナは綺麗だよね。 王宮で初めて王女としてのエレナを見たときは透き通る様なその美しさには引き込まれたなぁ。 佇まいも流石の一言だし」
ヨハンは初めてドレスを着たエレナを見た時の事を思い出す。
「(そんな、ヨハンさんったら!美しいだなんて!――あっ、でももしかしてこの流れは!? ダメ! ダメよニーナちゃん!それ以上聞いたら!)」
エレナは心の中で照れるのだが、すぐにニーナが次に口にする言葉を予見して制止の言葉を探そうとするのだがすぐには見つからない。。
「じゃあエレナさんだね!」
「えっ!?エレナも仲間だよ?」
ガーーーーーン!
遅かった。
「(…………いえ……ええ、ええ。わかっていましたとも。答えは知っていましたけれども、いざ、こう……口にされると中々堪えますわね)」
エレナは必死に自分を保つことに精一杯になる。
「じゃあ誰か他に可愛い子とかいないの?」
「可愛い子?可愛い子かぁ……あっ、そういえば可愛い子っていえば、サナは可愛いよね」
「誰!?サナって誰!?」
「そっか、ニーナは知らなかったね。サナは同じ二学年の女の子だよ。黒髪で背が小さくて目が大きぃ――」
「黒髪の背が小さくて目が大きい人だね!わかった!連れてくる!」
ニーナは一直線に談話室を跳び出した。
「「「(((おいこら、ちょっとまてーい!!!)))」」」
三人が全力で止めようとするが声には出せない。
「(今前を走っているあの子、可愛いなぁ。私もあれぐらい可愛かったら――……って、あれ?何?こっちに来る??)」
サナが寮内を歩いていたら前からピンクの髪の女の子がサナに向かって走って来た。
「えっと、あなたがサナさんですか?」
「そう、だけど……あなたは?」
サナは初対面の女の子に名前を言われ、わけもわからず肯定する。
「あたしはニーナ!ヨハンお兄ちゃんの妹です!」
「えぇーーっ!!ヨハン君の妹!?」
目の前にいる美少女がヨハンの妹だなんて初耳だった。
「(ヨハン君、こんな可愛い妹なんていたのね!)」
「すいません、ちょっと来て下さい!」
「えっ?ちょ――」
ニーナはサナの手をがっしり掴んで引っ張り走る。
その勢いはサナがギリギリ付いていける程の速さだった。
「お兄ちゃん!連れてきたよ」
「やぁサナ。なんかニーナがごめんね!」
「――はぁ、はぁ。 い、いいよ、はぁ、はぁ。 ヨ、ヨハン君、はぁ、はぁ、ふぅ。 ヨハン君にこんな可愛い妹がいたのね」
膝に手を着きなんとか顔を上げるサナは平静を装い笑う。
「それで、このサナさんがお兄ちゃんの彼女ね!?」
「(えええぇぇぇぇぇえぇぇぇえっ!! 突然何言っているのこの子?何?馬鹿なの!?もしかしてバカなんじゃないの!?)」
突然の発言にサナは目を見開いてヨハンとニーナを見た。
「え? サナは…………友達だよ?」
「――あっ……」
その瞬間サナはモニカとエレナの二人と目が合うのだが、その目はどこか憐れみと悲しみを帯びた目に見えるようだった。
「もうっ!じゃあ他に誰がいるのよ!」
「他って言われても、僕が知っている女の子?? うーん、でもあれは先輩だしね。 それにあとはあの子ぐらいかなぁ。でもあの子は王都にはいないしなぁ…………」
「「「(((まさか!?)))」」」
その言葉だけで誰のことなのか三人は連想する。
「スフィアさんも綺麗だよ?それにナナシーも可愛かったなぁ」
「「「(((やっぱりっ!)))」」」
「その人達は今どこに!?」
「えっ!?今は騎士団に入ってるよ。ほらニーナもこの前会ったじゃないか。 ただナナシーは王様に聞かないとちょっと――」
「――ちょっと行ってく―――」
「「「ちょいまてーい!!」」」
部屋を跳び出そうとするニーナの腕をモニカとエレナとレインががっしりと掴んだ。
「えっと、何ですか皆さん急に?」
「いい加減にしなさい!」
「いい加減になさい!」
「いい加減にしろ!」
声を揃えてニーナを叱る。
「……ふぇ?」
唐突にわけもわからず叱られたニーナはえぐえぐと涙ぐんだ。
そこにヨハンがスタスタと歩いて来てニーナの頭を優しく撫でる。
「どうしたのニーナ?急にそんなことを言いだして…………。あっ、わかった!僕がお兄ちゃんになったばっかりだから彼女がいたらほっとかれるって寂しくなって心配したんだね。大丈夫だよ。将来のことはわからないけど、今はニーナのお兄ちゃんだからさ」
「お兄ちゃん!!」
涙ぐみながらニーナはヨハンに抱き着く。
「よしよし」
「「「(((おい!!!)))」」」
三人は強烈な突っ込みをした。
「(あれー?私なんでここに連れて来られたの?それにこれは何?私は何を見せられてるの?)」
サナは指をくわえながらわけもわからずその様子をただただ見ていることしかできなかった。




