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第九十 話 閑話 ヨハンとニーナ

 

 とある日の学生寮の談話室にて。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」


 突然ニーナにキラキラした顔で話し掛けられた。


「どうしたのニーナ?」


「次の休み王都の中を案内してよ!!」


 突然提案されポカンとなってしまう。


「王都を? 別にいいよ。でも僕もそんなに詳しいわけじゃないし、そうだなぁ…………」


 そうしてニーナの格好に視線を向けたことで思いつく。


「じゃあ去年僕たちが買いに行った服屋があるんだけど、そこに行ってニーナの服を買おうか?」

「えっ?うーん、服かぁ…………別にいいかな?」

「ほら、ニーナ可愛いんだから王都で売ってる可愛い服もきっと似合うよ!」


 ニーナは服に興味がないのか、そういったオシャレの為に服を購入するということがないということをエレナとモニカから聞いていた。


「……まぁお兄ちゃんがそういうなら」


 渋々承諾するのだが、横で黙って聞いていたモニカとエレナはそのやりとりをキッと睨んでいる始末。しかし介入する理由が見当たらない。


「(このままいけば次俺どうなるの?)」


 とレインは口元をヒクヒクさせ、我が身に降り注ぐ災難の心配をしていた。




 ――――当日。


「じゃあお兄ちゃん行こっか」


 ニーナとヨハンは東地区の服屋を目指し歩く。

 初めて顔を合わせた頃は話し方もいくらか硬かったのだが、ヨハンをお兄ちゃん認定してからはすぐに話し方も砕けた。


 その道中、店に着くまで歩きながらニーナの身の上話に終始する。


「どう?王都は慣れた?」

「えっ?うーん、まぁ? 最初はあまりにも大きくてどうしたらいいかわからなかったけど、街の人も良い人ばっかりだし」


 考え込みながら言葉にしていった。


「そうだね、僕も最初に来た時は街の人に色々教えてもらって助けられたよ。そういえばニーナの育ったところってどういうところなの?」


 ふとニーナの育ったところがどういうところか気になる。

 父アトムとニーナの父が勝手に約束したことでニーナは今ヨハンと共にいるのだが、そもそもどういうところで育ったのか。


 ニーナは別にヨハンの下に来なくても生きていける強さはあったのだが、父が言ったことをただ守ってヨハンのところに来ただけ。


「あー、あたしの育ったのは東の端にあるセラの町。海に面した綺麗な町なんだけど、正確にはそのセラの町の外れにある家なの。一番近くがセラの町だから説明する時はセラの町ってなるの」


「へぇ、そうなんだ。それで?周りには誰か助けてくれる人はいなかったの?」


「助けてくれる人……? うーん、いなかったかなぁ?近くには誰も住んでいなかったし。まぁ助けが必要なかったっていうのもあるかな。さすがに小さいときのことはあんまり覚えてないけど、気付いたらいつも森の中で遊んでたなぁ」


 生まれ育ったところを懐古するように遠くを見つめながら話す。


「森の中?それって魔物は?」


「もちろん出るよ。けど、一度も危ない目にあったことはないよ?」


「そうなんだ…………すごいね」


「えっ?そう?えへへ」


 褒められたことで嬉しそうにはにかむニーナなのだが、事も無げに話すこと自体が物凄いことで、ニーナの育った環境は特殊だった。


 魔物の出る森の中で子どもが一人で遊んでいるなど、その手にかけてくれと言っているようなもの。もちろん魔物はそれを目にすると一目散に襲い掛かるが、常にその魔物を返り討ちにしていたのだというのだから。


 これまでに聞いた話だと、ニーナの父は普段家を空けていることが多いのだと。

 冒険者として活動しているのだから当たり前と言えば当たり前。幼い頃はそうではなかったらしいのだが、ここ数年は数日から数か月に一度家に帰って来る程度なのだという。


 ヨハン達も知る通り、ある時を境にぱったりと帰ってこなくなったのだ。だが、ニーナはそれを特に気に掛けていない。普段からほとんど顔を会わせなかったし、それに会う度に自分に何かあればイリナ村のアトムの下に行けと言われていた。


 そして、アトムにはニーナの一つ年上のヨハンという男の子がいると聞かされて、その際にはヨハンが自分にとって兄になるのだと。


 普通であればそんなことを言われてもそれを実行することなど困難だ。だが、ニーナは一人でイリナ村に辿り着いた。


 しかし、そこにはアトムもヨハンの姿もなかった。


 村人より聞いた話だと、アトムは旅に出て所在が掴めない。息子のヨハンは王都の冒険者学校にいると教えられた。


 そうなると向かう先は必然的にヨハンの下になる


 そうして今ニーナはヨハンと一緒にいる。


「(ニーナのお父さんってどんな人なんだろう?)」


 隣を笑顔で歩くニーナを見て問い掛けるのを我慢したのは、ニーナの父親を知っている自分の父、アトムに聞けばそれで済むかと考える。


「でもそれって寂しくはなかったの?」


「寂しい?うーん、わかんない。それが普通だったもん。けど、ここに来てお兄ちゃんに会って、学校でも友達が出来て……もしかしたら、そういうのを知っていたらあの時寂しさっていうのを感じていたかもしれないかなぁ?」


「その気持ち、僕もわかるな。僕も村に友達がいなかったからずっと一人で剣や魔法の練習ばっかりしていたよ。王都に来て本当に良かったと思うよ」


 そうして聞いた話には共感できる部分もあった。そもそもの疑問を抱かないのだから。


 知らないならそれが当たり前になる。知ることによる当たり前。知らないから気にならない。知っているからこそ気になる。

 逆にそれがなくなる時の喪失感もまた同時に生まれてしまうのだが、そこに至るのは失って初めて気付くこともある。



 そんな話をしていると王都で一番をキャッチフレーズにしている店に着いた。


「あれ?新しいのばっかりだな」


 中に入ると、以前とは並んでいる服のデザインが変わっている。

 その時々の流行に合わせている程入れ替わりが激しいみたいだという印象を受ける。


「じゃあニーナ、選んで来たら?」

「えー!?あたしわかんないよ!お兄ちゃんが選んでよ!」


 ニーナ自身も服の良し悪しなどわからない。これまでは身軽に動けることができれば良いことだけが衣類に対する基準だった。


「何かお探しでしょうか?」


「あっ、すいませんこの子に似合う服を見繕ってもらえませんか?」


 困っていたところで店員に話し掛けられたので妙案を思い付く。


「彼女さんへのプレゼントですね。ではこちらへどうぞ」


 ニーナを連れて店の奥へと行った。


「いや、妹……?なんだけど。妹……妹かぁ。まぁいっか」


 と一人呟いていた。



 しばらくすると、店員に連れられ、ニーナが歩いて来る。

 その服装は今までニーナが来ていた服とはまた違った。


 ピンクの髪に似合う。膝までの白のソックスに白のシャツ、赤を基調とした少しフリルのついたスカート。そのニーナがもじもじしていた。ニーナにしては珍しい表情。


「とても可愛く仕上がりました」

「な、なんだか恥ずかしいよぉ。足下すーすーするし……」


 微妙に内股になってしまうニーナ。


「そんなことないよ、良く似合ってる。じゃあ店員さん、これ下さい」


「ありがとうございます」


 そうしてそれまで着ていた服を紙袋に入れてもらい、新しい服はニーナへの入学祝いとしてプレゼントする。



 買い物を終えた次は、レインに紹介してもらった飲食店に入っていく。

 店の味にはニーナも満足したようで舌鼓を打っていた。


 食事を終えたあと、帰り道を歩きながら話すのはモニカとの模擬戦の時の話。


「そういえばニーナはどうしてあの時モニカに悪態ついてたの?」


 疑問に思うのは今とその時のニーナの態度の違い。


「えっ?それはお父さんがこの世界は強さが全てだってよく言っていたから…………」


「それだけ?」

「そうだよ?」


 これもまた単純に父の受け売りだった。

 ニーナは父に言われたことをすぐに信じてしまうのは育った環境がそうだったのだから仕方がないことなのだろう。


 シェバンニが気にしていたのはこういったところ。それは今後王都で過ごして学んでいく。

 そこでふと疑問が浮かんだ。


「じゃあモニカ達を弱いって言ってたのは?」

「もう、その話ばっかり!あたしはお姉ちゃんより弱いわよ!」


 微妙にぷんすか怒って拗ねる。


「いやいや、それはまだわからないよ?ニーナも十分強かったし、魔法があればまた結果が違ったかもしれないしね」

「本当?」


 ニーナはこの件を反省していた。

 悪態をついた結果負けたのだから。ヨハンの慰めが本当かどうか上目遣いで確認する。


「もちろん」


 力強く返事をしたことでニーナはその顔を綻ばせて喜んだ。


 これもまた育った環境が影響していたのは、ニーナは父以外に負けたことがなかった。

 その圧倒的な力量は入学式でも十二分に証明されている。


「いや、でも僕が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。『何を根拠に』モニカの強さを判断したのかなって」


 外見だけの判断にしてはあそこまでの断言できるのだろうか。


「ああ、そういうこと?それならあたしは見ればなんとなくだけど、その人の魔力量がなんとなくわかるの。具体的にどれぐらいって言われたら困るからあくまでもなんとなくってぐらいなんだけど」


 加えて、ニーナはその目に特殊な力を持っていた。


「えっ?それって凄いことだよね!そんなことわかるんだ!?確かそういうのって聞いたことがあるよ。魔眼っていうんじゃないのかな?」


 ニーナはあっけらかんと答えるのだが、そんなものを誰しもが持っているわけではない。


「呼び方なんて知らないけど?まぁだからね、お姉ちゃんの魔力量があたしより低かったからついそう判断したの。今までがそうだったから…………。結果は見ての通りでございました」


 眼で見てわかる。それはギルド長アルバと同じ貴重な眼であった。


「でも、勝敗は戦い方一つで変わってくるよ?」


 しかし、戦いは魔力量が全てでもないのは、これもまたこれからニーナが学んでいくこと。


「そういう意味ではこの間のお兄ちゃんとエレナさんのサイクロプスとの戦いも凄かったよ!あれはさすがにあたしもびっくりした!みなさん凄かったなぁ」


「いやぁ、あれでもかなり危なかったけどね。ちょっといくらかは賭けの部分もあったんだ」

「そうなの?」

「まぁ結果的に上手くいって良かったよ」


 ニーナはその戦い振りにもひどく感銘を受けていたのだが、実際はヨハンが軽く口にするほど簡単な戦いではない。


 ヨハンも単独では勝てなかったほどで、エレナ達仲間の力がなければ現在の力ではどうすることもできないほどの差があった。


「(まだまだ力不足だな。もっと強くならないと)」


 一人考え込むのだが、そんなヨハンをニーナは憧憬の眼差しで見ていたのであった。



 そうこう話していると寮に帰って来る。


 寮の談話室ではモニカとエレナとレインが話をしていた。


「おっ!?お帰り、どうだった?」

「うん、可愛い服が買えたよ。ほらっ」


 ヨハンの後ろでは恥ずかしそうにしているニーナがいる。その姿はもじもじとしており、レインはゴクッと息を呑む程に可愛らしかった。


 ニーナは改めてその服装を見られることに羞恥心を抱く。


 笑顔で答えると、エレナもまた笑顔で立ち上がり、ヨハンに微笑む。


「それは良かったですわね。ニーナも可愛いですわよ」


「あ、ありがとうございます」


「ではヨハンさん、今度はわたくしと二人で買い物に行きませんか?」


「あっ、エレナ!ず、る……ぃ」


 モニカも慌てて立ち上がり制止しようと声を発するのだが、エレナは首だけ回し、モニカを見る。

 その顔が示している意図をすぐに理解したモニカは発しようとした言葉をすぐに萎めた。


 エレナの笑顔の理由、それは前に抜け駆けして二人で出掛けたことを差していたのだから。


「ということでお願いしますわね」


「えっ?うん、もちろんいいよ?」


 エレナの笑顔にヨハンもまた笑顔で応える。


「(よし、今回は何もなし!)」


 レインはそのやり取りを黙って見届けた。

 微妙にエレナの約束事が気にはなるのだが、今は今日を無事に乗り切れたことに安堵の息を漏らしてホッとしていた。



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