第八十九話 魔剣をその手に
――――数日後。
「おーい!」
「……あっ、あれって――」
学校を終えて帰ろうとしていると、門のところで手を振っている女性の姿が目に入って来た。
「ミライさん!」
「エレナ、ミライさんが来たってことは出来たのよ!」
「え、ええ……」
ミライの下に行くと、予想通りドルドがエレナの武器を打ち終わったという内容だった。
ミライが先に走って戻っていく中、ヨハン達は歩きながらドルドの鍛冶屋まで足を運ぶ。
「……やっぱり不安?」
時折不安気な表情を見せるエレナに問い掛けると、軽く笑い返された。
「そうですわね。不安がないと言えば嘘になります」
「……エレナ」
どう声を掛けて良いものか悩んでしまうのだが、モニカとレインが横に来る。
「大丈夫よ、エレナが認められないなら誰が認められるっていうのよ」
「そうそう、だったら俺なんていつまで経っても高ランクの魔剣を手に入れられないじゃねぇかよ」
「あんたは無理よ」
「おい、それ本気で言ってないか?」
「えっ?もちろん本気で言ってるわよ?」
「……ぐっ、覚えてろよ、いつか目にもの見せてやるからな!」
「はいはい、そのいつかがちゃんと来るように期待してるからね」
「ぜんっぜん期待してねぇじゃねぇかよ!」
「もうっ、やめときなって二人とも」
「――――ふ、ふふふっ」
「エレナ?」
ヨハンの横でエレナはほんの少し顔を下に向け、笑いを堪えきれなくなり声が漏れ出た。口元を隠すように手を持っていく。
「い、いえ、ありがとう、二人とも。気を遣わせてしまっていたみたいですわね」
「いいってことよ」
「気を遣ってなんかないわ。ただの事実を言っていただけよ?」
「ねぇモニカさん?今ので締めておいてくれた方が色々と丸く収まったのではないのですかねぇ?」
「え?でもそうするとレインが高ランクの魔剣を手に入れれるみたいな流れになるじゃない?それってどうなの?」
「いやいやいやそっちの方がどうなんだよ!」
小気味いいやり取りをしながら前を歩くモニカとレインを呆れながら見守る中、エレナははっきりと顔を上げ笑顔になっているのでその様子を見て安心する。
「そうですわね、今更悩んだところでどうにもならないですものね」
「そうだね。でも大丈夫だよ」
「ねぇヨハンさん」
「なに?」
問い掛けられたのでエレナの方に顔を向けると、上目遣いで見られていることにいくらかどぎまぎしてしまった。
「ど、どうしたの?」
問い掛けると、肩を掴まれエレナが小さく背伸びをする。
「――――責任、取って下さるのですよね?」
小さく耳打ちされた。
「えっ!?責任ってなんのこと!?」
一体何に対する責任をどう取らされるのだろうかと、脳内を目まぐるしく思考を回すのだが答えが見つからない。
「ご、ごめん。僕が何をしたのかわからないけど、僕に取れる責任だったらなんだって取るよ!」
「絶対ですわよ?」
「う、うん、だから何の責任か教えてもらえないかな?わからないのが申し訳ないけど」
困惑して問い掛けるヨハンに対して、エレナは意地悪く笑った。
「そんなのもちろんわたくしの薙刀のことですわ」
「えっ?」
「いくらサイクロプスを倒すためとはいえ、ヨハンさんの言う通りにしたことで壊れたのですから、もしその魔剣にわたくしが認められなかったとしたら今後わたくしに合う武器を見つけるのを手伝って下さる、という責任のことですわ」
その言葉を聞いて思わずキョトンとする。
「な、なんだ、そんなことか。そんなのもちろん当然じゃない! あー、良かったぁ。僕エレナに何かしたのかと必死に考えたよ」
ホッと安堵の息を吐いた。
「言質取りましたわよ?」
「えっ?そんなの言質を取らなくても大丈夫だよ?心配性だなぁ」
苦笑いしながら歩く中、横のエレナは小さく俯く。
「(わかっていませんわね。わたくしのこの身を任せて、この命を預けたのですから。それはヨハンさんだからこそできたのですわよ?)」
顔を上げてヨハンを見るエレナの表情は真剣さを孕んでいた。
「(この気持ちに対する答えをいつか聞かせてくださいませ。その時はその責任も取ってくださるのですよね?)」
「な、なに?そんな心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと探すのは手伝うし、そもそも僕はきっとエレナにピッタリ合うって信じているんだからね!」
慌てながら言葉にしていくヨハンの顔を見ながらエレナは小さく笑う。
「ありがとうございます。そうですわね」
「もう何やっての二人で!」
「おーい、はやくいこうぜー」
「うん! ほら行こエレナ」
「……はい!」
程なくしてドルドの鍛冶屋に着いた。
店の前にはミライとドルドが店の前で立っている。
「おお、待っておったぞ! 武器は出来ておる。ではお嬢ちゃん、覚悟はいいか?」
問い掛けられる内容の答えはもう出ているので迷わず答えた。
「はい、大丈夫ですわ!」
即答する。
この数日、ここに来るまでは悶々とさせられ、悩むこともあったのだが、しっかりとドルドの顔を見た。
「良い顔だ。ではこっちだ」
そうしてドルドに案内されるまま中に入る。
鍛冶場の隣に設けられている部屋に入り、床には雑多に置かれている物があちこちにある中、その中央には一本の柄の長い武器が立てられていた。
その存在感を主張する様に目を奪われるその薙刀。
以前とは刃の部分の形状が違うが、紛れもなくエレナの薙刀を原材料としたその薙刀はどこか不思議な神秘性を孕んでいた。
その刃の数は少し増えており、パルチザンに近いが大きく分類すれば薙刀に入る。
エレナはゆっくりとその薙刀に歩いて近付き、もう手の届くところまで近付いて立ち止まる。
「(…………不思議ですわね。こうして見ると息遣いが聞こえてきそうですわ)」
不安がないとはいっても部屋に入るまでは片隅に残っていた不安は拭いきれなかった。
だが、目の前の薙刀を目にした途端、不思議とそれまで持っていた不安は一つもない。
確信を持って言える。
この薙刀は自分の為に生み出されたものだと断言出来た。
「(スフィアもこんな気分だったのかしら?)」
そして、ゆっくりと手を伸ばしてそっと薙刀の柄を握る。
持ち上げ、感触を確かめようとするのだがもの凄く自然に手に馴染んだ。まるでずっと一緒に育ってきたかのような感覚さえ得る。
「どう?」
ヨハンが確認する様に口を開いたが問い掛けるまでもなくエレナの顔を見ればどうなのかはわかった。
「ええ、問題ありませんわ」
「魔剣の類は所持者にしかその感覚はわからんのだ。間違いないのだな?」
「ええ。なんと説明したらいいかわからないのですが、自然とこの薙刀と一緒にいれるといいますか…………」
「ふむ、間違いないようだな。 では生まれたばかりの魔剣だ。その武器に名前を付けてやってくれ」
ドルドに名付けるように言われ、薙刀を上から下までしっかりと見やり僅かに考え込む。
「名前…………ですか? そうですね…………この薙刀の名前は……シルザリ……『魔剣シルザリ』ですわ」
「良い名前じゃな」
「魔剣はその特性上、それぞれ独自の能力を持っておる。その能力について儂は詳しく語ってやれんのでな。自分の魔剣の能力は所持者が一番わかるだろう?」
「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございました!」
エレナは深々と頭を下げ、ドルドにお礼を述べた。
佇まいは礼節を重んじる王女の佇まいであり、その所作は見惚れるほど綺麗である。
こうしてエレナはその手に薙刀の魔剣『シルザリ』を手に入れた。




