第八話 野外実習
冒険者学校に入学して1ヵ月が経った頃、初の野外授業が行われる。
それまでは基本的な魔法の基礎知識の座学や魔物の特性などの講義が多くあった。
王都から出て南に5キロほど歩いたところにある草原。その周囲に鬱蒼とした森があり、反対側の遠くには王都が見え、更にその奥には連なる山が立ち並んでいた。
引率する教師は全員で六人。戦士系の中年の男二人と魔法使い系の成年男二人と女二人。
「えー、本日は学年合同の授業で初の野外授業だ。これから4人パーティーで森の中に入って魔物退治をしてもらう」
中年の戦士風の教師が全体に響き渡る大きな声で話し掛ける。
「いきなりこんなのなんて大丈夫かな?」
一部の学生が不安そうにひそひそと話をしていた。
「心配なのはわかるが、そもそもここの森は初級低ランクの魔物しか出現しない。それに俺たち教師がお前たちの学生証の魔力を随時感じ取り所在の確認をしている。具体的にはウルフだな。あとは少し猪なんかが出るが個体数はそれほど多くはない」
そう言われると学生たちに安堵の表情が広がる。
ウルフは獣系の魔物の中でも特にランクが低いのだから。
「そこでだ、お前たちにはそのウルフの討伐を行い、牙と毛皮の採取をしてくるんだ。それらの戦利品の報酬は各パーティーで分配して良いことにしている。時間は3時間、あとはパーティーで各自調整しろ」
教師が話し終えると学生達はそれぞれざわざわと話し出す。必要なものはなにかと確認をしていた。
「やっと実践的なのが来たな。入学してからずっと座りっぱなしで早く体を動かせないかと思ってたんだ」
「あら、レインは怖くないのかしら?」
「怖いことあるか!俺もそれなりにやれるってところ見せてやろうじゃねぇの」
「ふふっ、楽しみにしていますわね」
「モニカだけじゃなくエレナまでぇー」
レインが項垂れる様子をモニカとエレナは笑う。
「こりゃー入学式の汚名返上しねぇとな!」
「楽しみだね!」
だが、レインに限らずヨハンもわくわくしていた。
なにせこれまで魔法の基礎知識と戦闘の基礎訓練のみ。実家で両親に鍛えられていた頃に比べれば遥かに物足りなさを感じていたのだから。
「ではパーティー分けは済んだようだな、準備が出来たパーティーから出発して良いぞ。あぁ、それと森の中に食料や薬草になる野草もあるからついでに採集して来い。中には毒草もあって取って来ても良いが、くれぐれも口にはするなよ!」
そんなことを言われながらパーティー毎に森の中に入って行く。
そこにはゴンザを先頭に歩くパーティーもあり、どうやら子分が一人増えたようだ。偉そうに指示を出している。
「私たちもそろそろ行きましょうか?」
「そうだね、じゃあ行こうか」
ヨハン・モニカ・レイン・エレナの四人も森の中に入って行った。
――――森の中は静かだった。時々鳥の囀る声が聞こえるが、それ以外は風で揺れる葉っぱの音のみ。
「静かですわね」
「そうね。こんな静かな森に魔物が出るのね」
「いくら魔物で最弱のウルフだとしても油断するなよ」
「あなたこそ油断して怪我なんかしないでよ?」
「ウルフなんかに遅れは取らねえよ!」
ウルフは数匹で群れることはあるが、それでもまだ動物である猪の方が厄介なのだ。
ただし、ウルフは魔物特有である証の魔石を体内に有している。魔石は魔物の体内から取れるのが大半で他には魔力の素となる魔素の濃度の濃いダンジョンや洞窟内から稀に採れることもあるが、それらは魔石の質も良くかなり高価なものもある。
ヨハン達が実習をするこの森の魔素は薄いが、広範囲に充満しており、魔物の発生源にもなっている。そのため、こうしてウルフなんかの魔物が発生し、こういった低ランクの魔物の出現場所は初級冒険者の討伐練習場所となっているのであった。
今回のウルフ討伐も冒険者学校の毎年の行事なのである。
「――――レイン、そっち!」
「ほいきた、任せとけ」
モニカの声に反応したレインは飛び出してきたウルフを軽やかに剣で斬る。
「それにしても思っていた以上に多いですわね?」
エレナが疑問に思うのもそのはず。
ウルフが出現したのは森の中に入って30分程歩いた後、一匹目が出てからはそこかしこから飛び出してくる。かれこれ30分ほど討伐しているが、一向に収まる気配が見られない。
「これ、こんなに出て来るものなの?」
「わからないけど、でも全然強くないよ」
ヨハンが飛び出してきたウルフをまた一匹斬って落とす。
「だが確かにいくらなんでも多過ぎる。他のやつらは大丈夫か?」
魔物の中でも最弱といえど、ひっきりなしに現れて襲い掛かられれば命を落としかねない。
「(他の子達か……。一度戻った方がいいのかな?)」
ヨハンが見る限り、モニカもエレナも、それにレインも問題ないのは見てわかるのだが、普通の学生にとっては一度にこれだけ襲われるとなると、徐々に体力がなくなり思考力が低下して冷静さを失うだろう。
「きりがないですわね。一度戻って先生たちに状況の確認をした方がいいかしら?」
「そうかもしれないね」
丁度エレナもヨハンと同じことを考えていた様子だった。
「いやでもこれで戻って落第点とかつけられたらどうするんだよ」
「そうも言ってられないよ。やっぱり一度戻ろう」
「ちっ、しょうがねぇな」
結局話し合った結果、教師のいるところに戻ろうと歩き出したところ――――。
「うわあぁぁぁぁ」
「くそっ、どうなってやがんだ!」
遠くから叫び声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「わからないけど、いくよ!」
即座に反応して叫び声が聞こえた所に一斉に駆け出す。