第八十六話 依頼の成否
モニカはドルドにエレナの武器を作って欲しいとしか伝えていなかった。
それは傍から見ればドルドの腕を聞きつけて鍛冶依頼を出すこれまでの者達と変わらない。
結果、それがドルドの不興を買うことになってしまっていたのだが、こうなると話が変わってくる。
エレナの薙刀、それほどの業物がそもそもどうしてそこまで損壊したのか、それはサイクロプスとの激闘があった末の損壊であった。
そしてその時に拾ったサイクロプスの魔石を皮切りにその立場は逆転する。今度はドルドの方が魔石に対して激しい興味を持っているのだ。
ドルドのしつこい程の懇願を受けて、エレナは多少の意地の悪さを見せながら仕方なしとばかりに魔石を手渡す。
エレナから受け取った魔石をドルドは、魔石を見た途端に大きく目を剥いて、様々な角度から目を凝らしジックリと眺めていった。
そして深く頷く。
「おおおッ! これは! これは! まさしくサイクロプスの魔石ではないか!? この滲み出る魔力!なんと素晴らしいことだ!! お主、どうしてサイクロプスの魔石なぞ持っておる!?」
ドルドが輝く様に目を見開きながらサイクロプスの魔石の入手経路について知りたがる。当然の疑問を受けるエレナは後ろ、ヨハン達を向いた。
「…………別に、話してもいいですわよね?」
同意を求めるのは一存で決めかねるから。だがヨハン達はそれで話が進みそうな気配を見せているのでそれぞれ小さく頷いた。
「あのですね。これは、このサイクロプスの魔石はこの間討伐したサイクロプスから生み出された魔石ですの」
「なッ!? お、お主?何を言っておるのだ?」
ドルドの反応は正常なものである。
サイクロプスと云えば書物にしか伝わっていない半ば伝説上の魔物、いや怪物だ。
伝説の中では下位に属するが、だとしてもそれに遭遇して無事に生き延びるどころか、討伐するなどいうことなどとんでもない偉業。
これまで多くの武器を様々な者に提供してきたドルドの頭の中を、多くの人物が巡り、それを成し遂げることが出来る者を指折り数えるのだが、そんな者は限られる。数えるほどしかいない。
それを目の前にいる子ども達でそれを成し遂げたというのだから。
半信半疑でエレナ達を見た。
「えっ?でも本当のことだよね?お兄ちゃん。 って言ってもまぁあたしは見ていただけだけど」
「いや、けどニーナも経験を積めば僕たちと一緒に戦えると思うけど?」
「あっ、ありがとう!その言葉嬉しい!」
笑顔でヨハンの腕に抱き着くニーナ。
他の面々を見ても嘘をついているという様子が一切見られない。
「…………く、詳しい話を聞いても良いかの?」
「ええ。もちろんですわ」
呆気に取られるドルド。
再度腰掛け、サイクロプスに関する一部始終を話して聞かせる。
「――――いや、済まない、先程の非礼を深く詫びよう。申し訳なかった。儂はまたお主等の力を見誤っておったようだな。それもかなり大きく…………」
ドルドは頭を深く下げた。
その言葉と態度には誠意が伝わってくる。
「話の内容に些か疑問はあるが、儂の知識の中とそれほど大きく差はない。だが、だとしても本音を言えば、にわかには信じられんし、今も半信半疑だ」
考え込みながら独り言のように呟くドルドはそこで顔を上げてヨハン達を見る。
魔石は机の中央に置かれていた。
ドルドは再び魔石に視線を落とす。
エレナ達に詳しく話を聞いたドルドは魔石に魅入られるように見つめながら口を開いた。
「しかしだな。それを裏付ける様に、ミライが似たような話を聞いて来ておる。この王都の中で実しやかな話だが、サイクロプスの討伐を子供達が成し遂げたという噂がある。だが、それを信じる者は誰もおらんだろう。この魔石を実際に目にしてそれを理解出来る者でなければな…………」
ヨハンたちが成し遂げたのはそれほどの偉業だった。
そして、その偉業を横でただ話を聞いていたミライも驚きすぎて目を丸くし、ポカンと口を開けている。
「それで、先程の非礼を詫びる代わりではないが、この魔石を使ってお主の武器を打たせてもらえぬか?」
ドルドは改めてエレナに向き直り、武器を打たせてほしいと言う。その眼は真剣そのもので、職人としての魂を感じさせるものだった。
「ええ、もちろんお願いしますわ。魔石の件は別にして元々そのつもりで来ていましたもの。それにわたくしも武具の目利きは多少できますわ。こうして見てもドルドさん程の鍛冶職人をわたくしは知りません」
エレナは雑多に置かれている武具に視線を配る。
「ここに来てより、置かれているどの武具を見てもドルドさんの腕がその信頼に足るものだと確信できますので。本来ならこちらから正式にお願いしなければならないものですし」
「ふむ。嬉しいことを言ってくれおるの。では、しばらく…………そうだの、一週間程度時間をもらえぬか?」
「ええ、わかりました。よろしくお願いしますわ」
だが、ドルドにはもう一つ確認しておかなければいけないことがあった。
ドルドの目つきが鋭くなり、エレナを見定めるようにジッと見据える。
「お主、確かエレナといったの?これほど純度の高い魔石を使って武具を打つということがどういうことかわかっておるのか?」
小さくだが芯の通った問い掛け。
「(ん?)」
問い掛けに対してエレナは問題ないとばかりに堂々と薄く笑うのだが、ヨハンはドルドの問い掛けの意図がわからない。
「ええ。もちろんですわ。つまり、成功すればそのほとんどが魔力を含むということですわね?」
「そうだ。すなわちそれは例に漏れず魔剣となる」
「そして、その魔剣はその持ち主を選ぶ、ということですわね」
「(――あっ、そういうことか)」
お互いに確認し合い、そこまで聞いてヨハンも納得した。
いや、納得までは出来ずにいる。果たしてそれでいいものなのかと疑問が残るもはもしかしたらの仮定の話。
「そうだ。つまり儂は魔剣を打つ。だからお主がその所持者となれるかはわからぬぞ?」
そこまで聞いてエレナは一度瞼を閉じて、すぐに開く。再度ドルドを見る目は真剣さを孕んでいた。
「覚悟しておりますわ。それと、その魔石で打つのに、この薙刀を原材料にしてもらえませんか?」
魔石を素材に武具を打つ。それは武具自体に魔力を含ませるということ。
そして出来上がった武具、魔剣と呼ばれるその魔具は持ち主を選ぶ。
例えドルドがエレナの為を思って打ったとはいえ、魔剣自体がエレナを選ぶかどうかはわからない。
だが、エレナに迷いはなかった。
「本当にいいの?」
モニカが確認するが、エレナは首を振る。
「これが最善な気がしますわ」
と、一言だけ答えた。
ヨハンもレインも黙って見ているのはエレナの気持ちを尊重してのこと。
「(へぇ、なるほど。今度お兄ちゃんに魔剣のことも教えてもーらおっと)」
ニーナは初めて耳にするその鍛冶知識をしっかりとその頭に叩き込んでいた。
こういうことを自然にできることがニーナの強さの一端でもある。
「本当にいいのだな?」
「ええ」
「では、それは儂が預かろう」
エレナがドルドに薙刀を手渡すと、ドルドはシュッと布を取り払い、先程とは違いじっくりと薙刀を見やる。
「これは……ほうほう、やはりこいつはかなりの業物だな。これほどの業物がここまでボロボロになるなどとは、サイクロプスのその頑強さを証明するというものだな」
ドルドはエレナの薙刀を吟味し、その感想を口にしてエレナを見た。
「そしてこれを扱いサイクロプスを倒したというお主の力量も、な」
「お褒めに預かりまして。ですがわたくしだけではありませんわ。仲間がいてくれたからこそですもの」
「どうやら慢心もしておらんようだの。色々と読み違えておったわ」
ドルドに対して王女然とした微笑みを向ける。
その表情を見てドルドはどこか既視感を覚えた。
「……ん? お主……」
「どうかしましたか?」
ドルドが不思議そうにエレナを見るものなので、エレナも疑問符を浮かべ小首を傾げる。
「いや、お主とは前にどこかで会ったことがあるかの?」
「いえ?今日が初めてだと思いますわ?」
「……ふむ、そうか、気のせいか。 いや、すまない。勘違いのようだな」
「? ええ」
そうしてドルドにエレナの薙刀とサイクロプスの魔石を預けることになり、その日はそれ以上出来る事はなかったので店を後にした。
打ち終わったあとの連絡はミライから来る事になっているのだが、心配事が一つ残る。
それは、魔剣として生まれたその武器が果たして本当にエレナを持ち主として認めるかどうかだった。
「大丈夫だよ、きっと大丈夫」
それでも帰り道、僅かに考え込む様子を見せているエレナを見て恐らくそのことを考えているのだろうと思ったので声を掛けたのだが、ヨハンには確信があった。
「ありがとうございます。だといいのですが……」
根拠のない確信だったので掛ける言葉は気休め程度のものにしかならない。
そして、武器が打ち終わる連絡を待つよりも先に王宮からの呼び出されることになる。
三日後、王宮から呼び出されたその用件は、オルフォード・ハングバルムへの聞き取りの同席を行うというものだった。




