第七十八話 サイクロプス(前編)
夜空に燦々と輝く月を中心にして、周囲にある数多の星々が廃鉱となった炭鉱を照らし出す。
「グォオオオオオオオッ!」
自然の光が照らすその幻想的な空間にはおよそ人間の体躯の十倍以上はある大きさで褐色の肌をした単眼巨人、サイクロプスが片手に棍棒を持って吠えていた。
そして、その炭鉱の入り口にオルフォード・ハングバルムがいる。
手にはサイクロプスを呼び出したであろう笛を持っており、狂気の笑みを浮かべて、その目は血走っていた。
最初に見せていた余裕の一切が見られない。
オルフォード伯爵は決してヨハン達を子供だからと侮っていたわけではない。
だが側近の男達は信がおける実力者のはずなのにそれらをいとも容易く倒されたことでオルフォード伯爵の余裕をなくさせてしまった。
そしてオルフォード伯爵は高笑いする。
「ハァーハッハッハッハッハッハ!サイクロプスよ!壊せ、壊せ!壊し尽くしてしまえ!こうなってはもう後には引けん。全てを……全てを破壊してしまうのだ!」
「グォオオオオオ!」
オルフォードはサイクロプスに指示を出すとサイクロプスは上空に顔を向けて激しい咆哮を放った。
「ここで食い止めるんだ!」
「ええ!」
下から声が聞こえたので地面を向くと破壊の対象、ヨハン達が各々の武器を構えている。
「さて、これだけの巨体だ。生半可な攻撃は効かないかな?」
「サイクロプスは確かに伝説に近い存在ではありますが、その身体の構造には弱点があります」
「弱点?」
「ええ。書物によると、あの体皮は頑丈過ぎて刃を通さないのですが、あの単眼、あれはそれほど頑丈ではありませんわ。それに物理攻撃以上に魔法がそれなりに効果はあるはずですわ。魔法でかき回しながらなんとか隙を作ってあの単眼に総攻撃をしかけますわよ!」
エレナが陣頭指揮を執り、単眼巨人サイクロプスの攻略方法について伝えた。
「よし、わかった!」
「りょーかい!」
「任せて!」
初めて見る魔物、いや、とてつもない怪物に対してその威圧感を受けながらもキズナは冷静に戦況を見極める。
「グオオオオオオッ――」
「来るよっ!」
サイクロプスは棍棒を大きく振り上げたと思えばすぐにヨハン達目掛けて振り下ろした。
ドゴォオオンと轟音を立てて地面は激しい土煙を立てるのだがそこにはヨハン達の姿はない。
ヨハン達は四方に散開しながら土煙を潜り抜けるようにしてその場を飛び出した。
そうしてそれぞれサイクロプスを四方から包囲する。
「グゥウウウ――」
サイクロプスは首を回し周囲を見ながらギロリと単眼で睨みつけたあとに正面付近を見た。
ヨハン達の動きを見てすぐさま各個撃破に即座に切り替えた様子でまず眼前に立ったヨハンに向けその棍棒を振りかぶる。
大きく振り下ろされるその棍棒と腕の動きは十分に視認できた。
ヨハンは地面を踏み抜いて即座に横っ飛びで躱すのだがサイクロプスの動きに驚愕する。
「――えっ!?」
先程同様ドゴンと再び激しく地面を叩くのだが、先程と違うのは、サイクロプスは地面に叩きつけた棍棒をそのまま勢いよく横薙ぎに振り払った。
「みんな!跳んで!」
「あぶなっ!」
「ちっ!」
「はっ!」
自身を中心に円形に薙ぎ払われた棍棒は物凄い轟音を立てて四方を囲んでいたエレナ達をも巻き込もうとする。
ヨハンの掛け声に同調するように跳躍して即座にその場から全員が飛び退いた。
大きく距離を取り直す。
「こいつ、今の動き考えてやりやがったのか?」
「わからないけど、本能だろうとなんだろうとあれは厄介だわ」
サイクロプスは自身にもたらされる脅威への対処をするだけ。
巨体で動きのそれほど速くはないサイクロプスにとって背後に回られることなど常なのであり、本能でそれを排除しようとする。
「仕方ねぇ、こりゃあ遠くから魔法を当てていくしかねぇな」
「僕が陽動であいつの周囲を動き回るから、みんなお願い!」
モニカ達が頷いたと同時にヨハンは闘気を身に纏い、サイクロプスに駆け出した。
その動きを察知したサイクロプスはギロリと単眼を回して攻撃対象をヨハンに特定して反撃する。
ヨハンは近付きサイクロプスが振り下ろす棍棒を躱し足元に踏み込んで魔力を手の平に集中させた。
「くらえっ!」
と至近距離で火魔法を放つ。
ドゴンと爆音を上げるが、体皮に煤焦げた様子を見せるだけでそのダメージは軽微な様子だった。
サイクロプスは単眼を回して地面を見下ろし、ヨハン目掛け両腕を挟み込むように動かすのだが、ドン!パン!シュッ!と足元に魔法を受けて微かに身体をグラつかせる。
「一度だけで終わらないわ!」
「同じところを狙い続けるわよ!」
だが、そこにレインとモニカとエレナが左右から飛び込み代わる代わる魔法を打ち込んでいく。
レインが火の玉を、エレナは水の塊を、モニカは風の刃を次々に放った。
「グッ…………グウウゥウ」
サイクロプスは単眼を左右に目まぐるしく回される。
「な、なんだというのだあいつら!?サイクロプスが翻弄されているだとッ!?」
炭鉱の入り口から戦況を見ているオルフォードは目の前で起きている光景に衝撃を隠せないでいた。
「まさか…………これほど強いとは……」
グッと奥歯を噛み締め、右手に握るサイクロプスを呼び出した笛を握る手に力が入った。




