第七十五話 奇襲作戦
それは人攫い集団からすれば予想もし得ない奇襲作戦だった。
「な、なんだッ!?」
ヨハン達は、より多くの人数を即座に戦闘不能にしなければならない。
人攫い達がいる炭鉱の広場には道が二つあった。
一つはモニカとニーナが見張っている出入り口に繋がる道で、もう一つは炭鉱の奥に進む道。
つまり、たった今ヨハン達が突入した側の道だった。
そこにいた二人の見張り番の男が驚いた表情をするのだが、すぐ脇を走り抜けるヨハンとエレナによって一瞬にして白目を剥いて倒れる。
暗い炭鉱内を速やかに駆け抜け、明るく照らされた広場にそれは突然訪れた。
目の前には何人もの男達が視界に入る。
広場を見渡しすぐに状況を理解することに努め、ザっと見渡してみても広場には三十人以上の男達がいたのだが、いくらか場所が点在して固まっていた。
「レイン!」
「あいよ!」
「エレナ!」
「任せて下さいませ!」
そして即座に判断する。
ヨハンは広場に差し掛かったその瞬間に人攫い集団の配置を見てレインとエレナに声を掛けた。
レインもエレナも、何を指示されなくとも意図する内容はヨハンの視線を向く方向で伝わる。
レインは広場の奥、出入り口に向かう側に一直線に走って行き、配置されていた男三人を即座に斬り伏せる。
続いてエレナは袋が多くまとめて置かれていた場所にいる集団をその手に持つ薙刀で横薙ぎに振り払い、まとめて十人ほど吹き飛ばした。
そして子どもたちが捕らえられているだろう袋を背にして堂々と立つ。
ヨハンは中央で飲み食いしている集団の中央に切り込み、呆気に取られている男達を即座に薙ぎ倒していった。
そして机の上に立ち、周囲を観察する様に全体を見回す。
突然の襲撃に人攫いたちは逃げるどころか呆然としてその場に立ちすくんだ。
手に持つ肉の刺さったフォークを地面に落としカランと音を立てる。
数瞬の静寂の後、男達は自分達に起こった状況の理解をした。
襲撃に遭ったのだということを。
「――な、なんだてめぇら!?」
「どっから来やがったッ!?」
声を掛けるのだが、その声は信じられないものを見ているかの様に出している。
「い、今、奥から来たんじゃなかったか?」
「あの魔物を潜り抜けてか!?」
「っつか、そもそもこいつらまだ子どもじゃねぇか?」
どう見ても目の前に立っている者が自分達を遥かに下回る年齢に見えた。
「けど、見ただろ?今の速さ…………」
驚き立ち上がった人攫いたちは突然の状況に口々に口を開くのだが中には数人冷静な者もいて、ヨハン達が尋常ではない速さでその場を制圧したことを察する。
広場の入り口をレインが。荷物の周辺をエレナが。中央をヨハンが。
圧倒的な速さでこれを成した。
そこでエレナは肩越しに視線だけ背後を見た後に全体を見渡して口を開く。
「……さて、あなた方にはここで捕まって頂きますわ」
動き出す者がいないか確認してすぐ近くにある背後の袋に手を伸ばして袋の口を持った。
「理由は言われなくてもわかりますわよね?」
エレナは麻袋の口を開く。
袋の口から顔を出したのは幼い女の子で、気立ての良さそうな様子が窺えた。
「はぁ、本当にくだらないですわ。憎たらしい程に」
予想通り袋の中には子どもがいる。
意識を朦朧とさせた子どもで、袋の数は全部で十あった。つまり十人の子どもが捕らえられている。
「大人しく捕まって下さった方が痛い思いをしなくて済みますわよ?」
底冷えするような冷徹な眼差しと声を持って人攫い集団に声を掛けた。
エレナの言葉を受けてヨハン達が何をしにここに来たのかを察する。
「て、てめぇら!こんな子どもなんて殺っちまえ!!」
人攫いの一人が声を発し、男達がハッとなってナイフや剣を持ちヨハンとエレナに襲い掛かる。
「お、おおおおおおぉッ、死ねやぁぁぁぁぁ!」
「こんなガキどもにビビんなッ!」
その数八人。
「あーぁ、やめといた方が良いって言われたのにな」
レインは呆れながら余裕でその状況を見守る。
レインの予想通り、力の差は歴然であった。
ヨハン達に襲い掛かった男達はバタバタとすぐにその場に倒れこむことになる。
残りは二十人程度といったところ。
「……ぐぅ、こ、こいつらめちゃくちゃ強い…………」
最初に言葉を発した男が額から汗を流すのは、どう見ても尋常ではない速さで仲間達が倒されたから。
「さて、もう無駄な抵抗はしないでくださいませ」
エレナが口を侮蔑の眼差しを向けながら周囲に声を掛け、男達は怯んだまま動けないでいる。
奥のソファーが置かれた場所から一人がスクッと立ち上がりヨハン達がいる中央に向かって歩いて来た。
パチパチパチパチと男は拍手をしているその余裕の表情を浮かべている黒髪の長髪男を、エレナは眉をひそめて見る。
男に続いて三人が立ち上がり、続いて歩いていた。
「オルフォード!?」
その長髪の男はオルフォードと呼ばれ、ニコリと笑みを浮かべる。
その男は盗賊然とした風体の人攫いが多い中、およそ人攫いとは思えないほどの綺麗な服に身を包み、スマートな佇まいを見せていた。




