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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード エルフの里
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セブの追憶

 

「――――……そうして、外に出る許可を貰ったクーナ様は、帰ってくるたびに娘へ外の世界のことを話して聞かせたのです」


 セブはレインとマリンにナナシーの母親であるレイナのことを教える。その中には、レイナの教えがなければクーナは里を出る為の試験を突破できなかっただろうという話も含まれていた。


「レイナは、儂から見ても、本当にクーナ様のお話をそれはそれは楽しそうに聞いていました」


 懐古するセブの様子を見ながらレインとマリンは小さく頷き合う。


「けどよ」

「ええ。ですが、それだけでは終わらなかったのですわね?」

「その通りです。その後、レイナは幼馴染のカリフと結婚し、子を産んだのがナナシーになります。ナナシーの名は、レイナとクーナ様からナの字をそれぞれもらい、付けられております」

「へぇ。そうなんだ」


 名前の由来を初めて聞くレインは、ナナシーの知らない一面を知れたことで少しの嬉しさがあったのだが、同時に過ったのはその母親のこと。

 事件のせいで、人間の侵攻のせいで命を落としているのだと。


「……じゃあ、もしかして、ナナシーが人間の世界に興味があるのって」

「ええ。ここまでの話で大方お察しかとは思いますが、母親のことを知ったからです」


 ナナシーの母レイナが亡くなった詳しい経緯を知ることはなかったが、それでも興味を抱くには十分だった。母が夢見た外の世界へと。


 里への襲撃によってレイナとカリフが命を落とした後、生まれて間もないナナシーを育てなければならかったセブ。

 そしてセブが子育てで行き届かない部分は長になる前のクーナに手伝ってもらっていた。

 長になって以降もまるで母親代わりのようにしてクーナに育てられたナナシーは、幼い頃より十分に外の世界に出るだけの力を持ち合わせていた。

 その実力の高さが、それはまるで亡き母親の願いを叶えるかの如くであったのだと、少なくともクーナにはそう思えてならなかったと以前セブに話していた。


「しかし結果としてそうなっただけであって、元々ナナシーは母のことを知るよりも前に人間の世界にある程度は興味を持っておりました。それが母のことを知るきっかけともなりましたが、順番が逆だったに過ぎないのです」


 どちらにせよ繋がりのあるその点はいずれ知る事となったのだと。

 クーナもレイナのことは敢えて教えるつもりはなかったのだが、レイナを知る他のエルフから知らされ、そうして結果的にクーナも話さないわけにはいかなかった。

 ただ、クーナとしても事細かに話してはいない。そもそもクーナ自身、悔やんでも悔やみきれない自責の念に駆られているのだから。


「お互い色々と感じ入ることもあるのでしょうな。あの子はクーナ様に遠慮を見せておりますが、内心では感謝していることでしょう」


 そうして人間の世界に興味を持ったナナシーなのだが、幼くして里を出ることを反対する大人は大勢いた。しかしその反対を押し切ってナナシーの背中を後押ししたのがクーナである。


「まさに天才、というしかありませんわ」

「実際俺らも初めて会った時はぼこぼこにされたしな」

「…………にしてもそれだけのことがあれば、復讐、などは考えないのですわね」

「お、おい! なんてこと言うんだよ! ナナシーに限ってそんなこと考えるわけねぇだろうがよ!」

「そんなに慌てなくてもよろしいですのに。あくまでも可能性の話ですわよ。いいですのレイン。普通、それだけの事件が起きて、復讐を考えないはずがありませんわ。いえ、少しだけ違いますわね。仮に復讐とまではいかなくとも、少なくとも人間に対して嫌悪感や敵対心といった負の感情を抱く、と言った方が適切かしら」

「ぐ、そ、そりゃそうかもしれないけどよぉ……」


 チラリとセブの顔を見るレイン。僅かに視線が合うセブは小さく顔を振る。


「確かにそういったことを考える者も当時はいたことも事実です。何人もの命を失いましたので。しかし、それを抑止したのがクーナ様と、里を救って下さったスフィンクスの皆様になります。無論、現国王もその内の一人にはなりますが」


 直接的に関係のない話なのでセブはレイン達へ詳しい経緯まで話さなかったが、戦後の事後処理としてセブも含めて奔走することになったのだと。


「ほんにあの方たちには、感謝をしてもしきれません。本当に、助けられましたので。ただ、それらとあの子は直接的に関係しておりません。あの子が復讐心を持たないのは、人間と懇意にしているクーナ様に育てられたというだけでなく、まだ生まれたばかりの赤子だったというのもあるのでしょうね。実際禍根は残っておりまするに、元々の性格とそういった要因があるのかと」


 そうしてセブは僅かに思案する。


(だがあの時、クーナ様は確かに……)


 レインとマリンにそう伝えたものの、脳裏に過るのは全くの正反対の事。とても人間に友好的な姿ではなかった。当時を思い出すだけで身震いする。


(……紛うことなく)


 感情の表出。

 クーナが先陣を切って復讐に走ってもおかしくはなかった。それ程の怒りを見せていた。


(いや)


 しかし過る考えにすぐに首を振る。

 憎悪に身を焦がした娘の親友が確かにその時にはいたのだが、今では立派に里長を務めている。所詮今となっては過ぎたこと。


『セブさん! レイナが! レイナが!』


 とはいっても、連想するようにして思い出されるそれは、今でもはっきりと覚えているクーナの悲壮感に包まれた顔。


『ごめんなさい、ごめんなさいあたし………………』


 あれだけ悲しみに打ちひしがれている姿をみれば、あの子には成す術がなかったのだと思わずにはいられない。その証拠に、その後侵攻して来た人間を討伐するクーナの姿はまるで鬼神を想起させた。あの天真爛漫な娘の親友が。


 あれだけの事件の当事者ともなればその後は人間嫌いになるかと思っていたのだが、その必要が杞憂で済んだのは事件の後に身近な人間――スフィンクスとは良好な関係を続けていたことからしてもそうであり、現在の長としてのクーナの振る舞いがその答え。


(……いかんいかん。儂が考えても詮無きこと)


 セブとしても娘を失った忘れることのできない事件なのだが、もう過去のことなのだと。いくらか割り切ってもいる。


(あのクーナがああして立ち直ったのだ。儂もいつまでも引き摺ってはおれまい。それにあの子がその影響を受けるのも致し方なし)


 どちらにせよ、遅かれ早かれナナシーは外の世界に対して興味を抱いていた。母の憧れた世界がどんなものなのか、人間の世界がどういうものなのか。


「話はわかりましたわ。つまり、あなたがそれに反対した、と」

「その通りでございます。当時は儂も怖かったのです。再び失うかと思うと」


 顔を見合わせるレインとマリンもその気持ちはわからないでもない。

 ただでさえ人間の身勝手で娘を亡くしているのだから、この上孫まで失うかもしれないという恐怖心に襲われるのも仕方ないのだと。


「そっか。だいたいわかったっす。ありがとうございます。辛い話を聞かせてもらって」

「いえいえ。あの子と懇意にして頂いているお方たちです。何も話さずに終わるより、こうして話す機会があったことに感謝いたします」


 深々と頭を下げるセブ。


「どうか、これからもあの子のこと、よろしくお願いします」

「ああ。任せとけって!」

「ふぅ。仕方ありませんわね。話を聞いた以上、わたくしもやぶさかではありませんわ」


 顔を上げるセブはレインとマリンへと笑いかける。


「それで、あの子を探しているのでしたな。でしたらあの子は恐らくあそこにいると思いますので、迎えに行ってあげてください」


 そうしてセブから聞かされた小さな湖へとレインをマリンは向かうこととなった。


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