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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード エルフの里
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幼き日の約束

 

 時を遡ることおよそ十五年前。

 この年は、千年を誇るシグラム王国としても後に歴史的な汚点を残すことなった年。

 広く知れ渡ったその汚点とは、『エルフの里襲撃事件』として記録されるその出来事が起きたこと。


 先代シグラム国王の側近によって里の情報が外部へ漏洩し、それが国家転覆を目論む輩と共謀していた魔道具研究所へと渡ったことで、人種【エルフ】である希少性と特殊性に加えて、その有する高い魔力を手に入れようと出兵されていた。

 古き時より停戦協定が結ばれているエルフに対して今さら危害を加えようとすることがあるはずもないといった先入観を利用され、秘密裏に行動を起こされたことで国家としての初動が大きく遅れてしまうこととなる。


(あれだけのことが起きたのなら…………)


 その騒動に関する出来事を思い出すマリン。


(お父様もあまり口にはしたがらなかったですが)


 内政大臣を務めるマリンの父マックス・スカーレット公爵。当時は凄惨な事件だったのだと僅かに口にしたことがあった。その内容の一部始終はマリンも歴史書や記録書を閲覧して知っている。


(たしか、お祖父様はこの一年後に退位したのでしたわね)


 この事件をきっかけにしてシグラム王国では国王の代替わりが行われ、現在のローファス王が即位していた。


「そして、現在の長であるクーナ様と、あの子の母は親友でした」


 事件の数年後には当時の里長が亡くなり、その娘であるクーナが長を継いでいる。


「あの子の母親、レイナは病弱でして」


 調子の良い日は外でいくらか過ごす事もできたが、基本的には療養のために屋内で過ごす事が多かった。


「外の世界に憧れを抱くことは、恐らくレイナにとっては自然なことだったのでしょう。それを、クーナ様が叶えてくださいました」


 空を見つめるセブ。遠い日の娘の記憶を思い返す。



 ◆



「――…………ねぇクーナ」

「なに?」


 小さな湖の畔に座る二人のエルフの少女。


「外の世界って、どんなだろうね?」

「さぁ? あたしもわかんないよ」

「そっか。そうだよね」


 それほど大きくはない里の書庫には人間の世界に関する記述がある本がいくつもあった。

 エルフによって書かれた種族の歴史書は勿論なのだが、人間によって製本された物も外からいくらか持ち込まれている。

 生まれつき身体の弱いレイナはそういった本を読みながら過ごすことが日課。そうしていくつも想像を巡らせていた。


「ねぇ、興味湧かない?」


 これまで何度となく想像力を働かせて人間の世界についてあれこれ考えていたのだが、所詮想像の域を出ない。想いが溢れて来ては、どんな光景が広がっているのかと考えても、外に出て実際に目にすることは適わない。


「うーーん、どうだろうねぇ。正直あたしはどうでも良いかなぁ?」

「クーナはそう言うよね。でも良いなぁ、クーナは」

「なにが?」

「だって、私もクーナみたいに身体が丈夫で、何より強かったら、外に行くのを許してもらえるじゃない?」

「そりゃそうだけど。でも、レイナにはちょっと無理じゃない?」

「わかってるわ。言ってみただけよ」


 エルフの里の掟の一つ。里の外に出る為には、決められた条件である外の世界で生きられる強さを必要とする。


「にしても相変わらずあなたはズバズバと言ってくるわね」

「その方がレイナも嬉しいでしょ」

「それはそうだけど」


 小さく息を吐くレイナ。


(ほんと、あなたのそういうところが好きなのよ)


 気を遣わない間柄の心地良さ。初めて会った時から変わらないその態度。


「でも考えてみてクーナ。世界樹様って、あんなにも綺麗じゃない?」

「様って付けるのレイナだけだけどね」

「そこはいいの。でね、世界樹様は、あんなにも綺麗な景色を私たちに見せてくれるのよ」

「べつにあたしはそんなのあんまり気にしたことないけどさ」

「クーナらしいね」


 小さく笑うレイナ。


「それでね、世界樹様が見せてくれるような景色が、外の世界にはきっといっぱいあると思うの。私たちが知らない世界がいっぱい広がっているのよ」

「まぁ、そりゃそうだろうとは思うけどさ」

「だから、だからね、もし、もしの話だけど、私がもし元気な身体だったら、それでいて、クーナみたいに強かったら、外の世界をいぃーっぱい見て回りたいなぁって思うのよ」


 遠くを見つめながら、羨望の眼差しを持って言葉に替えるレイナ。


(レイナ…………――)


 しかしそれは虚弱なレイナでは、どれだけ努力をしようとも到底叶う事のない願い。レイナ自身だけでなく、クーナも、レイナを知る他のエルフも、その誰もがその事実をわかっていた。あくまでもただの願望なのだと。


「――…………よしっ!」


 その親友の横顔を眺めるクーナは決心する。


「どうしたの?」

「いいから見てて」


 そう言いながらクーナが魔力を練り上げると、すぐさまふわっと自身の身体を浮かび上がらせた。生み出された風が辺りの草を大きく靡かせ、レイナは風を感じながら顔に手の平を持っていく。


「ふふ。本当に凄いよねクーナは。それだけの魔法を扱えるの、素直に羨ましいわ」

「でしょ」


 卓越した魔力操作。まだ年若いクーナはエルフの中でも最上位に位置する風魔法の使い手。歴代でも類をみない程の才能。

 レイナも羨ましさを覚えるのだが正直に嫉妬はない。自身の境遇を受け入れているというのもあるが、そもそもクーナの才能は嫉妬を超える程。その様な域ではない。


「こんなのできるのあたしぐらいだし」


 そのままレイナの視界に映るクーナは、浮かび上がらせた身体をゆっくりと前方へ動かす。そうして湖の上を、まるで地面の上で踊るかのようにして動き回った。


「決めたよあたし」

「え?」


 水上で背中越しに声を発すクーナ。

 瞬時に魔法の威力を高めるクーナの足下の水は、幾つもの波紋を生み出しながら徐々にぴちゃぴちゃと跳ね上がる。


「決めたって、何を?」

「あたしがレイナの代わりに外の世界を見て回るわっ! それで、見てきたことをレイナに直接教えてあげる!」

「でも、そんなことあなたにしてもらうわけにはいかないわよ」

「遠慮しないで!」


 爆発する様な魔力を込めるクーナはその場から射出するようにパンッと勢いよく跳ねあがった。盛大な水飛沫が舞い上がる。


「きゃっ」


 離れた場所にいるレイナまで飛び散る水飛沫。


「ちょ、ちょっとクーナ! 冷たいじゃない!」


 苦言を呈した直後にはレイナの目の前へ笑顔で着地するクーナ。


「あはは。いいじゃないちょっとぐらい濡れたって。今日は暑いぐらいだから丁度良いよ」

「もうっ! ほんといい加減なんだから! そういう問題じゃないし!」


 悪びれる様子もなく、悪戯顔をする親友を見てレイナは深く大きなため息を吐いていた。

 しかし、ため息の理由は先程の悪戯に対してではない。その行為の直前にかけられた言葉に対して。


「…………本当に、いいの?」


 上目遣いに、先程の言葉を確認する。

 しかしとは言ったものの、それも形式上確認したようなものであり、確認などする必要はなかった。


「当たり前じゃない!」


 誰よりもこの親友のことを理解しているのはレイナ自身。


「あたしは一度こうと決めたら必ず成し遂げる鋼の意志を持っているのよ! だから、楽しみにしてて!」


 予想通りの返答と笑顔。言葉などなくとも、この笑顔が答え。

 目の前のこの親友は、確かに普段はいい加減でだらしがないけれど、レイナに対して嘘をついたことは一度もない。


(私……には、ね)


 ただし、他のエルフの大人へは嘘を吐くことはあるが。


「……うん。ありがと、クーナ。クーナの話、楽しみにしてるわ」

「まかせてよ」

「死なないでよ?」

「当たり前じゃない。心配してくれるんだね」

「だって、クーナが帰って来ないと、せっかくのお土産話が聞けなくなっちゃうじゃない」

「そっち!?」

「ふ、ふふっ」

「あはは。って、けっこう冷えてきたね。そろそろ帰ろっか」

「ほんとよ。クーナのせいで私は寒いわよ」

「まぁまぁ」


 すっと差し出されるクーナの腕を掴みながら立ち上がるレイナ。


「さぁて。それじゃあ出発するまでに色々と教えておかないとね」

「え? 教えるって、もしかしてあたしに?」

「当然でしょ? ただの戦闘試験だけでなく、学術的なことも選考会では確認されるわよ?」

「げぇ!? や、やっぱやめとこうかな」

「…………はぁ。さっき言ってた鋼の意志はどこにいったのよどこに」

「でへっ」


 その笑みを見て、レイナは苦笑いするしかなかった。


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