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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード エルフの里
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世界樹

 

 さしたる大きな問題が起きることなく、一行はエルフの里の入口へと到着する。

 途中から徒歩で向かった場所は深い森の中。


「えっと、確かこれに魔力を流せばいいんだったね」

「ええ」


 ヨハンが手の中に握るのは、以前訪れた時に手渡された青い宝石。里の結界を解除して里に入るためのその魔道具へと魔力を流し込んだ。

 宝石は一際大きな光を発し、収まると次に目の前に広がる景色はこれまでとは一変している。初めてその光景を目にする者はあまりにも様変わりした風景に呆気に取られていた。


 その様子を見るクーナがにんまりと笑みを浮かべて前へ歩を進め、ナナシーと一緒に振り返るなり小さく出迎えるための所作をする。


「みなさま、ようこそおいでくださいました」

「ここがエルフの里です」


 その様子にレインが鼻の下を伸ばし、マリンが不機嫌な態度を見せていたところ、ヨハンは二人の奥に見える光景に目を奪われた。驚きを隠せない。


「あれって……」


 しかしそれはヨハンだけでなくモニカやエレナにしても同様。その場所を二度目に訪れる者にしてみれば圧巻の光景だった。

 その顔を見てクーナはニコッと微笑む。


「ええ。あれが世界樹の本来の輝きね」


 遠くから差し込んで来る圧倒的な光量。以前訪れた時とは桁違い。まだ里の入口だというのに、遠く見える世界樹が煌々と輝いているのをはっきりと見て取れた。


「…………やっぱり」

「モニカ?」


 呆気に取られていたところで隣に立つモニカが複雑そうな表情を浮かべながら胸元を押さえている。


「やっぱりって、どうかした?」

「あっ、ううん。違うの。実は私、あの時、ここに来た時なにか変な感じがしたの。あの時はそれが何なのかわからなかったからちょっと気になった程度ですぐにそのことを忘れちゃってたのだけど、今思い返せばそれが何だったのかということがはっきりとわかるわ」

「それって…………」


 胸元を押さえているモニカのその言葉から察せられる内容で思い当たることは一つしかない。その全ての道筋をこれまで実際にヨハンは目にしてきていた。


「大丈夫だよ。もう、心配ないから」


 小さく声を掛けると、モニカは一瞬だけハッとするのだが、すぐに笑みを浮かべる。


「ありがと」


 互いに何についてかを確認し合ったわけではないのだが、暗黙で意思の疎通は行えていた。


(全部、全部終わったんだ)


 そうして改めて思い出すのは過去視の時のシグの最後の視線。その意味について。

 気のせいかもしれないが、確かにあの時目が合った。そんな気がしただけなのかもしれないのだが、こうして考えると、自分達の血を引く子孫を、エレナを、そしてモニカを守ってほしいのだと、そう託されたのだと思いたい。


(そうだよね、シグ)


 モニカが先程口にした言葉の意味、胸元の違和感は魔王の器のことに他ならない。まだ器として魔王因子が芽吹き始めたその時に、根本的な原因でもある世界樹に影響を受けたことで違和感を得ていたのだろうと。だがそれらはもう解決している。


 実際ヨハンが考えるその通りであり、さらに今現在は世界樹からまた違った感覚を得ているのだろう、と。


(…………スレイ…………)


 もう一つ加えるのは、話に聞いたパルスタット神聖国に戦いでのスレイとの邂逅も恐らく影響を与えている可能性もあるのだろう、と。


「じゃあいこっか」

「……うん」


 それが大きく違ってはいないと推測できるのは、モニカが浮かべるその笑みが答え。


「では参りましょう」


 そうしてクーナを先頭にして里の中を歩いていく。

 途中里の中を歩いていると、エルフの人たちからいくらか好奇の視線を浴びるのだが、それは魔王討伐やエルフの里の存続に大きく貢献したアトムたちの子が訪れているという噂が既に広まっていることで悪感情は見当たらない。


「やあっ! かっこいい!」


 それどころか、むしろ人間に興味のあるエルフの女性からは黄色い声援を浴びる始末。


「いたたたたた」


 結果、レインが再び鼻の下を伸ばしていたところで嫉妬したマリンに脇腹を(つね)られてしまっていた。



 ◆



 案内されるまま向かった先は世界樹。

 広々とした広場で雄大に(そび)える巨木は、キラキラと生命力を漲らせる葉を数えられない程に輝かせている。

 圧倒的なまでのその存在感には言葉などいらない。思いつく言葉を口にしたとしても、どんな言葉であってもこの場に於いては陳腐に思えるほど。それ程にその輝きは何よりも美しかった。


(本当に……すごい)


 以前見た時の輝きが落ちているのだという言葉には嘘偽りはなく、それどころか過去視で見た、この世界樹が芽吹いた時よりも遥かに輝きは大きく思える。

 その世界樹を、一同はただただじっと見惚れるだけ。


「……アスラ様?」


 そんな中で不意に疑問を浮かべるのはクリスティーナ。隣に立つアスラが涙を流していた。


「あの、どうかされましたか?」


 どうして涙を流しているのか、その理由が全く理解できない。


「クリス。私は今、神の奇跡に感謝をしています」

「え?」


 一体全体どういうことなのかと疑問を重ねているところ、これまで色味をなくしていたアスラの眼球がほんの僅かだが薄っすらと黒味が帯びている。


「完全に光を失っていたこの眼ですが、少しだけ、本当に少しだけですが、微かに光が見えます」

「え!? それは本当ですかアスラ様!?」

「ええ。とはいえ、あなたの顔もはっきりと見えない程度ですが」


 そっとクリスティーナの頬へと手を伸ばすアスラ。見えるのはぼやっとした輪郭。しかし伸ばした手の平には確かな頬の感触と体温。


「しかし、またこうしてあなたを感じることができました」


 パルスタットの騒動に於いて、魔眼と視力を引き換えに魔王の魂を他者に移すことに成功していた。それ以来アスラは光を失っている。

 そんな状態だというのに、訪れた里の世界樹の神々しい輝きはアスラの瞼にもはっきりとその輝きを認識させる程だった。

 それだけでも視力を失ったアスラにすれば十分感動的な出来事。実際的にアスラが視力の回復を認識したのは、導かれるようにして手探りのようにそっと世界樹に触れた後のこと。

 淀みのない魔力が体内に流れ込んできたのを知覚している。


「アスラ様……」


 笑みを浮かべるアスラの前で、あまりの出来事にクリスティーナは感涙していた。

 自然の生命をありありと感じさせる存在である世界樹は、その樹液だけでも重傷者の治癒さえ可能にさせるという話。

 ただ、それはヨハン達が以前経験したように、スフィアが受けたような外傷などの外的要因に限定される。そもそも自然に発生する病や老衰には効果がないと聞かされていた。

 とはいえ、クリスティーナが世界樹へ一縷の望みを抱いていたのもまた事実。しかし期待は薄かったのだが。


「偉大なる神の思し召しに感謝致します」


 手を組み合わせ、神の奇跡に感謝を示すアスラとクリスティーナ。

 二人にすれば今回の訪問の目的は外交。だがそれ以上に里を訪れたことに意味が生まれることとなった。


「まだ本調子じゃないみたいだけど、良かったね」

「ええ」


 その様子を見守るヨハンとカレン。本当に嬉しそうにしているクリスの様子を見ていると自然と笑みがこぼれる。



「――――では皆様。世界樹はご堪能いただけましたか?」


 ある程度の時間をみたクーナが全体へと声を掛ける。


「名残惜しいですが、今日のところはこれまでで。もちろん里に居る間はいつだって見に来られますのでいつでもどうぞご覧ください。それに夜は夜で光量は落ちますが、ですがそれもまた違う風情を感じさせますよ」


 四六時中輝いているわけではない世界樹。その原理がどうなっているのか興味も湧くのだが。

 ヨハンがそんなことを考えていると、クーナは里の中心部へと向かって歩き始める。


「ここエルフの里は、なにもこの世界樹だけが見どころではございません。せっかく来られたのですから、存分に里を満喫していってください。あなた達も前はゆっくりとできなかったでしょう?」


 にこりとヨハン達へ笑みを向けるクーナ。

 そうして次に連れられた先は里の中でも開けた場所だった。


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