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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード エルフの里
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道往く馬車

 

 辺境伯の爵位を賜ることとなった衝撃的な舞台である論功行賞から約二か月後。

 シグラム王都から西へ数十キロ離れた場所では三台の馬車が街道を走っている。


「それにしても、もう二年以上前なのよね」


 先頭を走る馬車で手綱を握るヨハンの横で片肘を立てて小さく呟くモニカ。

 懐かしそうに思い返すのは、今回の遠征の目的地がエルフの里なのだから。


「サイバルも帰れれば良かったのだけど」

「仕方ないわ。仕事があるもの」


 同じ馬車に乗り合わせているナナシーとカレン。

 一時帰省とはいえ、ナナシーが里へ帰るためにと、サイバルがその分屋敷に残って仕事をしている。全員で行きたいとナナシーが言った時のイルマニの無言の笑みで震えあがっていたのは誰よりもサイバルだった。

 そうして向かうこととなった遠征なのだが、今回エルフの里へ初めて行く者も大勢いる。


 二台目の馬車ではラウルが手綱を握っており、隣に座るのは里長であるクーナ。


「ニーナちゃんも初めて行くのよね?」

「そうなんです」


 その馬車の中ではサナとニーナがどんな場所なのかと想像を巡らせわくわくとしていた。


(まったく。どうしてわたくしがエルフと一緒なのよ)


 同じ馬車に乗り合わせているマリンもそれこそ里を訪問する期待感は他と同じなのだが、唯一不満を抱いているのはレインが同じ馬車に乗っていないこと。パルスタット神聖国から帰国して以降、外聞を気にせず何度となく言い寄っているのだが一向に振り向いてくれない。


(ここでなんとかきっかけを掴まないと)


 どうにかして二人きりになれないかと画策していた。


「俺もあれ以降来てはいないからな」


 他にも今回の遠征を懐かしんでいるのはラウルにしても同じ。エルフの里へは十五年前の里への襲撃事件の時に手を貸して以来訪れていない。


「思ったのだが、クーナさんもきちんと里長をしているのだな」

「なによその言い方。ばかにしてるでしょ」

「いや、感心してるんだよ。結構本気で」


 ラウルの横に座るクーナがその顔をじっと覗き込む。


「ほんとにぃ?」


 先日シグラム王都へエルフの里よりクーナと共に使者が来訪していた。用件は輝きを落としていた世界樹に変化が見られたということ。といっても元の輝きを取り戻しているのだということなのだが。そのため、王国としてその確認に赴くというのが今回の遠征の任務。

 二年半前と同様、王家としての正式な依頼。


(立場が変われば人も変わるものだからな)


 冒険者としての顔とカサンド帝国の皇族としての立場があるのはラウルにしても同じ。

 実際ラウルから見てもクーナのその振る舞い、王都を訪れた際のクーナの態度や使者に対する応対などに関しては、以前のクーナを知っていればこその感心の一言。里長として見事なもの。


「本当に私たちもご一緒してよろしいのでしょうか?」

「もちろんですわ」


 そうしてガラガラと走る三台目の馬車には来賓者を乗せていた。

 エレナも賓客の歓待をするために同じ馬車に乗り合わせており、その馬車の手綱を握っているのは護衛として同伴している王立騎士団第一中隊長のアーサー・ランスレイ。


「きみも無理にこちらに来なくとも良かったのだよ?」

「いーや、護衛は立派な任務だ」


 アーサーも思わず呆れてしまうのは隣に座るレインの態度。


(あいつこんな時でも遠慮しねぇもんな)


 前の馬車を見ながら小さくため息を吐くレイン。


「そんなにマリン様に困っているのかい?」

「困ってるってもんじゃねぇけどな」

「……ははは。まぁだったら護衛の任を全うしてくれればいいさ。結構な御仁なのだしね」


 軽く背後に視線を送るアーサーのその馬車に乗り合わせているのはパルスタット神聖国より来訪している賓客。水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンと光の聖女アスラ・リリー・ライラックだった。

 世界樹の変化をパルスタットに報告したところ、同席するために派遣されて来たのがこの二人。


「テト様も来ることが出来れば良かったのですが」

「それは無理というものです。あの方は教皇として国を離れることができませんので」

「……そう、ですよね」

「それこそ、イリーナの方は良かったのですか?」

「はい。イリーナも来たかったはずですが、私のことを気遣ってくれまして」


 思わず複雑な表情を浮かべるクリス。混血とはいえ、風の聖女イリーナ・デル・デオドールはエルフの血を引く者。純血のみのエルフの里に興味がないはずがない。

 今回元々はそのイリーナが赴くはずだったのだが、聖都パルストーンの復興に向けて休むことなく働き続けているクリスティーナへ労いと休暇の意味も含めてイリーナがクリスティーナを推挙していた。


「そうですね。役立たずの私と違い、クリスは休む必要がありますよ」

「…………そんなこと」


 アスラの言葉を否定しようとしたのだが、上手く言葉を選びきれない。クリスティーナがそれ以上言葉を発せなかったのは、アスラの現状がそうさせている。

 光の聖女アスラ・リリー・ライラックは、現在も地位こそ光の聖女のままでいるが、それもエレナが卒業後に聖女として赴任するまでの間の暫定的なもの。

 視力と共に能力の大半を失ったアスラなのだが、土の聖女と同時に光の聖女までもが空位ともなれば、ただでさえ混乱している国を余計に乱すことになりかねない。アスラは役立たずと自虐的に言ったものの、その存在だけで国民の信望は依然として大きい。


「まだ気にしているのですか?」

「え?」


 迷いを見せるクリスティーナの気遣いを見透かすアスラの問いかけ。


「私の眼のことは気にすることのないように伝えているでしょう。騒動に加担した責任は取らねばなりません。他に手立てがなかった以上、これもまた必要な犠牲でした」

「……まったく。あなたには敵いません」

「それはこちらのセリフですよ。実際私はあなたを失うことすら必要な犠牲としていたのですから。そんな私に対して恨み言の一つ言うことなく、こうして同じ任に就き、聖女としての責務を果たすあなたの姿を見れば頭が上がりません」

「もったいないお言葉。ですが、これもまた神のお導きがあればこそ。それにこうして私は無事に生きておりますので」

「そうですね。神の奇跡に感謝しましょう」

「はい」


 その一連の会話を見届けているエレナは、パルスタット神聖国に於いて如何に聖女としての責務が大きいのかを、次は自身が担わなければならないのだと痛感する。


(今は、わたくしの責任を果たしませんと)


 そうした様々な感情を抱きながら、ガラガラと馬車は街道を駆けて行った。


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