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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
魔眼に宿りし竜の力 ~ワタシ魔法が使えません
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第十一話 失意の向こう側

 

「ぐっ……」

「どうした? 力が弱まっているぞ?」


 しかし、肝心のキャロル自身の魔力が底を尽きかけていることを、ユニスの眼にはそれがはっきりと視認できていた。


「フム。ここまでのようだな」


 魔法陣から腕を出す黒き精霊はキャロルへと伸ばす。


「中々粘ったがキサマ程度の格ではこの辺りが限界だ。死ね」

「っ!」


 キャロル目掛けて魔力弾が放たれた。


「だめえええええぇぇぇぇっ!」


 万事休すのキャロルの視界に飛び込んで来る人影。

 思わず目を疑うその光景。飛び込んできた人影は魔力弾の直撃を受けて弾け飛んでいく。


「あっ……」


 まるで信じられない。

 地面を転がっていく愛しい妹をただただ目で追うだけ。


「ゆ、にす?」


 守らなければならない存在が、自身を守るために立ち塞がった。


「あ……ああ…………」

「邪魔が入ったか」

「…………あ……あぁ…………」


 無様。こんなにも自分の不甲斐なさを悔いたことはない。


「しかし次はもう防げまい」


 割れた石碑の辺りへ吹き飛んだ小さな人間は既に立ちあがれない様子。しかしピクリと指を動かしたことで、まだ息はあるのだと安堵する。


「…………あなた…………自分が何をしたのか、わかっているの?」

「む?」


 静かに響くキャロルの声。つい先程まで魔力が底を尽き、枯れかけていたのだが、周囲の微精霊が集まり始めていた。

 魔力の低下と共に微精霊との繋がりを失いつつあったのだが、まるで真逆。かつてない程の威圧感を生み出していた。


「わたしの……」


 その姿は、まるで微精霊を従える女王かの如く。


「わたしの全てを賭けてでも、あなたを倒すッ!」


 煌々と光を放ち立ち上がる精霊術士。


「ど、どこにそんな力が!?」


 魔法陣にも再び力が戻る。

 黒き精霊には納得のできないその状態なのだが、理由はわかっていた。


「ぐっ、忌々しい」


 魔力の肩代わり。それを成しているのは周囲の微精霊なのだと。

 しかし通常と異なるのは、相乗的にその効果を底上げしているのがキャロルの呼びかけに微精霊が応えているためだと黒き精霊は知覚している。


「まさかこれだけの格を持ち合わせていようとは」


 見誤っていた。

 特定の精霊と契約している気配がない、取るに足らない存在なのだと。

 しかし否。これは微精霊から愛されているからこそ。このような状態ともなれば、下手をすると矮小な微精霊という存在が将たる精霊術士に呼応し、上位精霊へと昇格してしまう恐れすらあった。


「だが!」


 ならばこれ以上の力を付ける前にケリをつけてしまえばいい。


「ぬおおおおおおオッ!」

「はあああああああッ!」


 巻き起こる魔力の渦。その余波で周囲の木々が大きく揺れる。



「うぅっ……――」


 意識を朦朧とさせるユニス。

 背中は大きく焦げており、本来であれば激痛を伴うのだが、もう既に痛みなのか何なのかよくわからなくなっている奇妙な感覚。


『大丈夫じゃないかな?』


 そんな中で頭の中に響く声。親しみのある父の声。


『ユニスはなにか不思議な感じがするね』

『不思議な感じがするってどういうこと?』

『うーん、なんていうのかな? ニーナみたいな感じなんだけど、ニーナよりももっと深い感じ、かな?』

『あたしみたいだけどあたしよりも深い?』

『うん。魔法が使えないのもそのせいかも。たぶんだけど、竜人族の力に関係していると思うんだ。上手く説明できなくてごめんね』

『いいよ。でもあなたがそう言うなら、そうなんだろうね』

『ユニスに説明した方がいいかな? 気にしてるみたいだし』

『いや、いらないよ? こういうのは自分の力で乗り越えるものだし。お父さんがあたしにやったみたいにね』

『そっか。リシュエルさんから聞く限りだと、竜人族にもしきたりがあるみたいだしね』

『中途半端に守ってるアレね』

『時代の移り変わりがあるのは仕方ないよ。でもうんわかった。ユニスにまた何かあったらいつでも教えて』

『うん』


 いつそのやり取りがあったのかわからない。記憶の遠い向こう側。記憶と呼んでいいのかすらわからない。


(なんだろ)


 竜人族という単語も微かに聞き覚えがある程度。それをいつ聞いたのかも、知ったのかもわからない。ただ、なんとなくアイリスと一緒に勉強した時にそのような単語があった気がしなくもない。思考が上手くまとまらない。


「――――……うぅ…………」


 混濁する思考の中、唯一わかっているのは悔しさだけ。


「くそぉ……くそぉ!」


 こんなにも、こんなにも力がないのかと、悔しさが込み上げてくる。

 地面に倒れ伏したまま、微かに動いた指を、悔しさを表すようにしてゆっくりと土を握りしめた。


「そんなに悲しい気持ちにならなくたっていいよ」

「え?」


 また幻聴かと思ったのだが、はっきりと認識できるその声。


「だ、れ?」


 どこから聞こえて来るのかと思えば、薄っすらと光を放っている右の手。

 ゆっくりと手の平を開けると、そこには土に紛れている光る石。


「せいれい……せき?」


 どうしてそう思ったのか。ただの直感。

 その石が、石碑と同じ石だったことで自然とその答えに行き着いている。


「キミは十分な力を宿しているよ。その小さな身体に」

「そんな、こと……言ったって」


 魔法も使えなければ特別な何かがあるわけでもない。

 親姉妹(おやきょうだい)――――身近である人物達と比較しても何もない。


「わからないのだね。キミの価値を。ならいいさ、今はわからなくとも」

「…………」


 意識が混濁したまま、ゆっくりと立ち上がるユニス。石を握りしめたまま、ぼーっと前方を眺める。

 少し離れた場所では、姉と精霊が死力を尽くしてせめぎ合いをしているところ。


「ねぇ」

「なんだい?」

「あんた、精霊なの?」

「ああそうだね」

「アイツみたいに悪い感じはしないけど?」


 この場に意思ある精霊が生まれるなどあり得ない。あるとすれば黒き精霊のような存在。


「それはそうだよ。あの子はボクと違って、魔素に侵された精霊だからね」

「じゃああんたはその逆ってこと?」

「うーん、そんなに単純な話じゃないけど、まぁ簡単に説明するとそんなとこ、かな?」

「そっか」

「納得したかい?」

「わかんないよ。だけど、いまはそんなことどうだっていいよ」

「ならキミはそんな今を、どうしたい?」


 問い掛けの意図が全くわからない。しかしどうするもこうするも、やりたいことはたった一つ。


「アタシに力を貸して。お姉ちゃんを助けたいの」


 たとえ小さな石であろうとも、人間と会話をすることができる精霊ともなればそれなりの格があるということ。それぐらいはわかる。魔法が使えないからこそ、精霊術に関してはそれなりに座学で真剣に勉強してきた。

 だったら、この精霊に力を借りられれば姉の助けになることも可能なはず。


「それはできない相談だね」

「……そっか」


 ただし、返って来た答えは予想通り。


「そのままのキミではボクを扱いきれない。それは覆すことのできない事実だから」

「今さらそんなことに期待してないって。でもあのさ、さっきは言ったよね。アタシに力があるって」

「言ったことは言ったけど、ソレとコレとは別の話だよ?」

「わかった。ちんたら考えるのもめんどくさいし、だったら無理矢理扱えばいいってことだね」

「え?」


 大きく口を開けるユニスは精霊石を口の中に放り込んだ。



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