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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
魔眼に宿りし竜の力 ~ワタシ魔法が使えません
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第十話 キャロルの狙い

 

「フム。今際(いまわ)の言葉ぐらいは受け取ってやらんでもないぞ?」

「ありがとう。でも、今はまだ必要ないかしら?」

「どうやらまだ理解していないようだな。貴様程度の格では我には歯が立たないと」

「いえ、しっかりと理解しているつもりよ」

「ならば何故まだ立ち向かう?」


 問い掛けに対して、地面を強く踏み躙るキャロルの構える杖は先端を白く光らせる。


「それが役割だから、よ」

「……ニンゲンは時には死に急ぎたがることもあるのが不可解だが、構わぬか。死ね」


 黒き精霊より放たれるどす黒い波動。


「はあっ!」


 キャロルより放出される白く輝く波動と衝突し、凄まじい爆発音を響かせた。

 思わず目を奪われるその様子をのんびりと眺めている暇はユニスにはない。頼まれた役割をこなさなければならない。


「今のうちに早く離れるわよ!」

「け、けど」

「なによ?」


 ジッとデロンを観察すると、どうにも膝が震えて立ち上がれない様子。


「なっさけないわね。いつもの威勢はどこにいったのよ」

「ん、んなこといったってよぉ」

「いいから早く立ちなさいっ!」


 ガンッとデロンの臀部を蹴り上げる。


「ってぇ!」

「あんたがこんなとこにいたらキャロル姉の邪魔になるでしょ!」

「だからって蹴ることねぇだろうがよッ!」

「なにいってんのよ。おかげで立てたじゃないの」

「へ?」


 確かに立ち上がっているデロン。まだ指先の微かな震えからして恐怖は残っているのだが、それでも身体は動かせるようになっていた。

 まじまじと身体を見回した後に戦いの動向へ視線を追っているユニスを見るデロン。


「あ、ありがと、な」


 鼻を擦りながら視線を落とすデロン。


「あぶないっ!」

「え? ぶふっ!」


 次の瞬間、デロンの顔面に訪れるとてつもない衝撃。鼻血を撒き散らしながら後方に弾け飛ぶ。


「ふぅ。危機一髪」


 安堵に息を漏らすユニス。


「なにしやがんだてめぇ!?」


 繰り出されていたのはユニスの裏拳。


「はぁ? アタシが突き飛ばさないとあんた今頃ああなってんのよ?」


 ユニスが指差すその先を見てデロンは顔を青くさせた。そこには太い木の幹に大きな穴が開いている。


「……にしたって他にもやり方が……ちょっと暴力的すぎだろおまえ」

「なんか言った?」

「…………いや、なんでもねぇ」


 その圧迫感のある笑みを見て思わず視線を逸らすのだが、それでも不思議と悪い気はしない。


(ほんと、良い女だよおまえは)


 こんな時だというのに、その凛々しい眼差しにデロンは釘付けとなる。


「ほら、ぼーっとしてないで早く離れるよ」


 デロンの手を引き、その場から距離を取った。


 流れ弾がユニス達の下へと飛んだことに胆を冷やしていたキャロルだったのだが、そもそも気を配っている余裕などない。キャロルと精霊の戦いが激化しているのがその証左。



「――…………はぁ、はぁ」

「どうした? もう終わりか?」

「…………」


 精霊術士は自身の魔力よりも大事なのは精霊との融和性。そして何よりも契約精霊の存在が最も大きい。

 そうした条件がある上に、ここに至るまでの体力の消費が著しい。それにそもそも、キャロルはまだ特定の精霊と契約を交わしているわけでもない。ないものねだりをしても仕方ないのだが、理想を言えば中位以上の精霊と契約を交わしていればこの局面を打開することも可能。しかしそれだとしてもそう易々とはいかない。


「ほんと、嫌になるわね」


 その理由として、目の前の精霊は少なくとも中位精霊以上としての格があるのだから。

 キャロルの周囲を漂う微精霊たち。


「わたしにできるのはあなた達から力を借りることぐらいしか…………」


 現時点で扱える魔法は微精霊の力を行使した精霊魔法。属性は多岐に渡るのだが、それでも威力や内容を問うのであれば精霊自体の格がモノを言う。


「あなた達が悪いわけではないのにね」


 周囲を漂う微精霊に謝罪の念を送る。

 自分の力がもどかしい。しかし泣き言を言っている暇もない。


「あとは…………」


 もう残された手段はそれこそ玉砕覚悟の手のみ。それでも通じるかどうか怪しい部分があった。しかしやるしかない。

 チラリと後方、ユニスとデロンが離れたことを確認すると、そのまま杖に視線を向ける。


「……コレはやりたくなかったけど」


 キャロルの杖には先端にいくらかの宝石が散りばめられていた。


「母様、ごめんなさい」


 ギュッと握る杖に目一杯の力を込める。


「やああああああっ!」


 次には、黒き精霊目掛けて一直線に駆けた。


「フンッ。魔法が効かないからといって肉弾戦に臨むか」


 愚行。実体を伴わない相手へ行われる肉弾戦といえば、魔力を宿した武具での直接攻撃のみ。

 しかしそんなやぶれかぶれの行いは脅威になり得ない。


「キャロル姉、何をするつもり!?」


 それはユニスにとっても衝撃的だった。身体能力で言えばキャロルよりもユニス自身の方が間違いなく上。そんなキャロルがどうしてそんな戦法を選んだのか。相手が一般人ならまだしも。

 お世辞にも体術に優れているとは言えない姉の行動に焦燥感が胸中を駆け巡ったのだが、すぐにそれを否定する。


「ちがう」


 一瞬、自暴自棄になったのかと考えたものの、あの聡明な姉がいくら窮地に立たされたからといってそんな方法を取るとはとても思えなかった。

 魔眼に魔力を通し、姉の行動の意味を探ろうと魔力の可視化を図る。


「はあっ!」

「ムダだ」


 ガンッと鈍い音と共に、キャロルの杖は大きく砕け散った。


「所詮この程度だったか。浅はかなことよ」

「きゃあ」


 至近距離で精霊の魔力弾の直撃を受ける。


「これで終わりにしよう。非力な人間よ」

「ふ……ふふ」


 地面に横たわるキャロルに腕を伸ばす精霊なのだが、顔を起こすキャロルは不敵な笑みを浮かべた。


「何が可笑しい? 死期が近いのを察して気でも触れたか?」

「ふふふ。おかしいに決まってるわ。だってあなたにわたしの考えが読まれなかったもの」

「なに?」

「この森がどういうところなのか、あなたが知らないはずはないわよね?」

「なにが言いたい?」


 この地がどういう場所なのかと云うことは、この場に居合わせている誰もが知っている。

 魔素が発生・停滞する場であり、充満した結果、魔物の発生や招き寄せることがあった。しかもそれだけでなく、人間が濃度の濃い魔素を直接吸うということは害でしかない。

 そのため、それらを浄化して精霊地としているのが現状。


(こやつ、何を言っている?)


 だからといってそれが何だというのか。その蓄積した魔素の影響によって自身が生まれている。


「わからない? だったらもう一つヒントを出してあげるわ。よぉく周りを見てみなさい」


 言われるがままに精霊は周囲を見回すのだが何もない。あるのは激しい戦闘によって倒壊した木々や抉り取られた地面。あとは壊れた杖。


「酔狂か。キサマが砕いた武器以外何もないではないか」

「なによ。だったらわかってるじゃない。それが狙いよ」

「!?」


 瞬間、精霊はキャロルが何をしたのか理解した。

 キャロルはグッと上方に拳を掲げている。


 キャロルと黒き精霊の戦況は離れた場所から見ているデロンには理解できない。


「お、おい! お前の姉ちゃんやべえじゃねぇかよ!」


 武器まで壊れたことで打つ手がなくなったと思い、慌てふためいていた。

 しかしユニスは違う。姉の狙いが何なのかを正確に汲み取るため、(つぶさ)に観察している。


「…………」

「おいってば!」

「うるさいッ!」


 怒声が響いた。


「だいたい誰のせいでこんなことになってると思ってるのよッ!? 黙って見てなさい!!」

「お、おぅ……」


 イライラが募る。せっかくまとまりかけた思考がデロンのせいで阻害された。

 ユニスの魔眼に映るのは、二人の状況以外他にもある。


(もしかして、わざと?)


 飛び散ったキャロルの杖の欠片。四方に飛び散っているのだが、それらはどれも魔力を灯していた。


「あっ!?」


 そして持ち得る知識を全て動員してキャロルの狙いに辿り着く。それは黒き精霊が察知したのと同じ瞬間。


精霊円陣(エレメントサークル)っ!」


 前方へ腕を大きく振り下ろすキャロルが発する声。


「しまっ――」


 た、と精霊が思ったのだが既に遅し。飛び散った杖の欠片から立ち昇る光の柱。


「ぐおおおおおおおお」


 苦悶の声を上げる。


「へ?」


 その瞬間を目撃するデロンには何が起きたのか理解できなかった。


「……魔法陣よ」

「まほうじん?」

「見てわからない? キャロル姉は魔力を通じてアイツを閉じ込めたのよ」


 魔法陣を用いる柔軟な思考には感服せずにはいられない。確かに効果的。

 事実その通り、黒き精霊は苦しみもがいているのだから。

 しかし本当に感服しているのはそこではない。


「…………」


 凄まじい発想。それを成すためには技能以外にも様々な要素を必要とした。

 溜息がでる。


(ほんと、凄いよ。お姉ちゃん)


 肉体的には非力なはずの姉が、体術を絡めた近距離戦を仕掛けるその勇気に。

 あれだけ大事にしていた、母カレンからもらったという、愛用していた杖を砕かなければならなかったその覚悟に。

 それだけでなく、その大事な杖を砕いたとしても、魔法陣が上手くできる保証などない。間違いなく不確実。

 そして、仮に出来たとしても、相手にそれを悟られれば待つのは死だけだという現実に。微精霊の力を溜め込む時間を稼ぐためにわざわざ会話をけしかけて。


 これは賭け。成功度がどれぐらいなのかはユニスには計れない。

 何より凄いのは、賭けだとわかった上で不敵さを生み出す度胸と実践力。


「敵わないや」


 年齢差があるのだから当然とは思っていたのだが、それでもこんなにも力の差があるのだと思うと、嫉妬を越えて呆れるしかない。


「すげぇじゃねえかよ!」

「……そうだね」

「なんだよ。姉ちゃんが勝とうとしてるのに嬉しくねぇのかよ?」

「嬉しいに決まってるじゃない。でも……」


 そう言いかけたところで口を(つぐ)む。思わず口に仕掛けたのは弱音。姉が優勢だということに間違いはない。だから内心で抱く程度の小さな予感でしかない。しかし、いったいどうしてデロンに弱音を吐こうとしたのか。悪い予感が片隅に残り続ける。

 このまま姉が勝てばそれで良い。


「でもなんだよ?」

「なんでもない」

「んだ?」


 自身の性根に嫌気が差したところ、不意に飛び込んで来る光景。


「だめっ!」

「へ?」


 瞬発的に駆け出すユニス。


「お、おいっ!」


 手を伸ばすデロン、まるで届かない速さでユニスは駆けだしていた。


「なんだよあいつ。そんなに嬉しいのかよ」


 しかしデロンの考えとは真逆。ユニスは焦燥感に駆られている。


(お姉ちゃん! お姉ちゃん! おねえちゃん!)


 確かに魔方陣に黒き精霊は封じ込めた。形勢を逆転させることにキャロルは成功している。



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