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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
魔眼に宿りし竜の力 ~ワタシ魔法が使えません
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第九話 後押し

 

「せぇのっ!」


 ギンッと金属音が響くと、ピシッと石碑に(ひび)が入った。


「おっ?」


 僅かに反応があったことでデロンは表情を綻ばせる。


「なるほどね。さすがはすげぇ力がある魔石だな。ようやくかよ。つまりこの変なやつに傷をつければいいのか」


 何度となく打ち付けていたナイフは刃こぼれしてしまっていたのだが、偶然刻まれた精霊文字のところに当たったところで反応があった。


「よぉし、もうちょっとだ」

「あなた! そこでなにしてるの!?」


 最後の仕上げだとばかりに大きく振りかぶったところで不意に響く女性の声。


「え?」


 声に反応するのと同時に振り下ろされるナイフは精霊文字の一部を削り取る。

 次の瞬間、石碑――精霊石からはどす黒い瘴気が噴出した。


「いけない! 早く鎮めないと!」


 慌てて駆けだすキャロル。

 デロンを押しのけ、精霊石に手を当てる。


「これは!?」


 瘴気を通じて流れ込んで来るのは悪しき波動。


「間に合って!」


 精霊石の荒ぶる魔力に対して、キャロルは包み込むように魔力を放った。

 瘴気は精霊石へと押し戻されていく。


「あともう少し」


 なんとか間に合うかもしれないと安堵しかけたその瞬間、押し留めていた瘴気が破裂する様に噴き出した。


「きゃっ!」


 バチンッと弾かれる。


「なんて……ことなの…………」


 顔を上げるその先には、黒い瘴気が先程よりも激しく噴き出していた。



 ◆



 眼下には薄暗い森が広がっており、ギガゴンの背に乗るユニスは目を凝らして森を大きく見渡している。


「どうだ? 視えるか?」

「うん、なんとなくだけど」

「そうか。ならばどこに向かえばいい」

「…………あそこ」


 ユニスが指差す方角、森には五つの大きな光が点在していた。


(たぶん、これは魔方陣)


 これまで知り得た情報から判断するにそう考えられる。

 キャロルが精霊術を行使して浄化を図っていたことにより、今日はいつもよりも魔力反応をよく捉えられていた。

 エレクトラㇽの森に広がっている光は全部で五つ。それらを繋ぎ合わせると五芒星が描かれる。座学でアイリスから教えられていた。魔法が使えなくとも、魔道具や魔方陣を用いて魔法と同じような特性を持たせることも可能なのだと。

 普段は勉強が苦手なのだが、そのことだけはよく覚えていた。


 加えてもう一つ。ユニスの眼球の奥にある魔力。特殊な目――魔眼とも云われるその眼で魔力を可視化する。


(あそこだけ、おかしい)


 五芒星を形成する内の四つは白い光。しかし一つだけ黒い光が溢れていた。


「嫌な予感がする。ギガゴンはやく!」


 胸中を駆け巡る不安。目にした途端、得も言われぬ恐ろしさを孕んでいた。

 そうしてユニスが指定した付近を滑空するギガゴン。


「この辺りか」

「うん。ありがと!」


 高度と速度を下げたところでそっと立ち上がるユニス。


「どうするつもりだ?」

「こう、するのよ!」


 パッとその場で跳躍する。

 ギガゴンの背からフワッと浮かび上がった。


「じゃあまたあとでね!」


 手を振り、笑顔で落下していく。


「フゥ。まったく無茶をしおる」


 旋回しながらユニスの落ちる先を見届けると、ギガゴンが向かう先は夜空へ。


「やはり血は争えん、ということだな」


 これまで何度となく見届けて来た英雄の所業。そして、その快活な様はまるで出会った頃のニーナを想起させた。


「不要やもしれぬが、一応報告だけでもしておこうか」


 夜空に浮かぶのは一隻の船。そこには英雄が乗船している。


「――……あた、あたたたた」


 バキバキと木の枝を折りながら地面へと落下するユニス。


「っつぅ。ったぁ…………」


 お尻を擦りながらしかめっ面になる。


「えっと」


 のんびりとしている暇はない。


「……あっち」


 方向を確認するなり、一目散に駆け出す。


(なに? この嫌な感じ?)


 キャロルの下へ行ったところで使命の邪魔になるかもしれない。しかし、どうにも足を向かわさずにはいられなかった。


「デロンは、いない」


 一応来たついでに視線を左右に振る。

 広大な森の中でそもそも簡単に見つけられるとも思っていない。本音を言えば野垂れ死んでいたところで自己責任。どうでもいい。


「……ほんと、なにしに来てるんだろって話だね」


 独り言を呟いたところで虚しくなった。

 そうして茂みの中を抜けると、少しばかりの広場に出る。


「え?」


 目の前の光景に驚愕した。


「あれ、なに?」


 眼前には黒い瘴気がまるで人型を成すかのようにしてキャロルの前に立ち塞がっている。


「キャロルちゃん!」


 駆け出す先のキャロルはひどく疲労を滲ませていた。


「キャロルちゃんがあんななになるなんて」


 あのいつだって聡明で、無邪気で、可愛らしくて、人気者で、時にはその関係が煩わしくて、その才能に嫉妬して、しかし、しかしそれでも活躍を耳にすると嬉しくて、尊敬できて、誰よりも、誰よりも憧れを以て見ていたのは自分自身なのだと。


「くっ!」


 はっきりと自覚している。向き合うべきは己なのだと。しかし右往左往する心の弱さ。


「キャロルちゃん!」


 その自慢の姉が、目の前では見たことがない程にボロボロの窮地に陥っていた。


「お、おま」

「キャロルちゃん!」


 倒れ伏しているキャロルに駆け寄るユニスへデロンが声を掛けるのだがユニスは無視する。今はデロンに構っている暇など一切ない。


「あ、あ……れ? ゆ、にす……ちゃん?」

「何があったの!?」

「へ、へへ。しっぱい……しちゃった」


 信じられない。いくらこれまで【精霊女王カレン】が行っていた精霊石の浄化とはいえ、カレンに追随する力を身に付けているのではないかと評されるキャロルが失敗するなどと。同時に、大変な作業だとは聞いてはいたが、あのカレンがキャロルにできないことをさせるとも思えない。


「お、おれのせいだ」


 消え入りそうな声が耳に入って来た。


「なにをしたデロンっ!」

「うぐっ」


 殺気が籠った眼差しで睨まれると思わずデロンは怯む。


「そういきり立つな小娘」


 反対側、耳に飛び込んで来る声。


「あ、あいつが……あいつがやったんだ」


 恐怖に顔面を歪めるデロンが指差す先、振り返るそこには瘴気の塊。


「あなた、だれ?」

「我にそれを問うか。我は名などない。ただこの地に宿る精霊。それのみだ」

「精……霊?」


 そう言われ、ジッと観察するようにして見つめていると、なんとなく理解した。カレンの契約精霊であるセレティアナや、四大精霊であるウンディーネとどこか通ずるところがある。


(あそこから出て来た?)


 精霊と名乗った存在のその奥に見える罅割れた石碑。漏れ出ている瘴気と精霊の魔力が似ていた。


「……ユニスちゃん、下がってて」


 ぐぐっと起き上がるキャロルは杖を握り直す。


「キャロルちゃん、大丈夫なの!?」

「まぁ、大丈夫じゃないのだけど、でもこれはわたしの仕事だから」

「……うん、わかった。あのさ、ねぇ、アタシにできることない?」


 偉そうに何かができるわけではない。いたところで邪魔になるだけかもしれない。しかしそれでも力になれる何かがあれば力を貸したい。


「そう……ね」


 チラリとデロンに視線を送るキャロル。


「できればその子を連れて、遠く離れててくれれば嬉しいかなぁ」

「え?」


 そんなことを聞いたわけではない。しかしグッと奥歯を噛みしめるのは、それぐらいしか手伝えることがないのだという無力さ。


「……わかった」

「ありがとう、ユニスちゃん。助かるわぁ」

「…………うん、頑張って」

「まっかせて。せっかくここまで来てくれたユニスちゃんにみっともないところ見せられないもの。自慢のお姉ちゃんが大活躍するところ、しっかり見ていてね!」

「…………――」


 泥で汚れた衣服、傷だらけの地肌、隠そうとしているが明らかに疲労を感じさせる顔。それでも気丈に強がる様には見ていられないのだが、ここで返すのは不安気な表情ではない。

 笑顔、ただそれだけで良い。


「――……ほんとだよ。下手なことしてたらカレンさんに言いつけるからね」

「やぁっ! それは絶対にだめっ! 母様にこんな失態がバレたらどんな目に遭うか」

「はははっ。だよね。だから、だからさ、強くて頼りがいのある、いつも通りのキャロルちゃんを見せてね」

「あいあいー」


 そう言い、前へ歩を進めるキャロル。振り返ることのないその表情には笑顔がこぼれる。


「ありがと。ユニス」


 そのまま妹へ感謝の念を抱き、同時に湧き上がって来る感情。


「頑張って。お姉ちゃん」


 小さく呟かれる精一杯の声援。振り絞った力を貸すことへの答え。未熟で戦う力を持たない自分にはこれぐらいしかできない。


「ちゃんと、見てるから」


 あんなことしか言えない自身の力不足を痛感しながらも、それでもその後ろ姿をしっかりと見届けた。


「ふふ。それにしてもまったく。強くて頼りがいのあるいつも通りのわたし、か」


 杖を握る指に力が入る。


「いつからあの子あんなにしっかりした子になったのかしら。にしても、ほんと、お姉ちゃんはたいへんだぁ」


 いったいどれだけの評価をされているのだろうか。あの年頃の自分と重ね合わせるのだが、あんなにも行動する力があったか疑問が浮かぶ。


「どれだけ高貴な身分にあろうとも、英雄であろうとも、本質的な部分は他の人と何も変わらない、か」


 以前成人の日に母たちから聞かされた言葉がキャロルの脳裏に甦った。

 自戒の念も込められているのだが、その言葉は常に胸に刻み続けて来た。


「母様も、こんな気持ちだったのかな?」


 母の場合はもっと大変だったのだろうということは想像に難くない。なにせカサンド帝国の皇女だったのだから。

 父とのその馴れ初めを以前恥ずかし気に口にしていたことを思い出す。


「さぁて。しっかりと頼りになるお姉ちゃんだってところを見せないと、ね」


 湧き上がって来る力。真っ直ぐに杖の先端を黒き精霊へと向けた。


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