第七話 自分勝手
西日が差す頃、街の入り口で不安気な顔を浮かべている三人の少年。
「あら? あの方たちは確か」
「んん? デロンの腰巾着だねぇ」
アイリスとユニスに見覚えがある少年たち。
「それは二人の知り合い?」
「ううん」「いいえ」
「…………あ、そ。じゃあ別に停まらなくていいね」
間髪入れずに返答をする様に、誰だか知らない少年たちを気の毒に思うニーナ。名前が挙がった以上、顔見知り以上なのは間違いないはず。
(まぁ二人がいいなら別にいっか)
手綱を握り直し、荷馬車を停めることなく街の中へ馬を歩かせた。
「お、おい」
「あ、ああ」
ユニス達に目線を送る三人なのだが、何か言いたげにしていても誰もはっきりと口を開かない。特にニーナに視線を向けては俯く始末。
(なんなのこいつら)
抑えていた苛立ちが込み上げて来た。
幾度も向けられていた母を蔑む視線。社交界で陰口を叩いていることを耳にするのも一度や二度では済まない。母に言いたくとも言えない、だからといって誰彼なしに愚痴れないもどかしさ。いつだってギガゴンが不満を見せながらも耳を傾けてくれたことにどれだけ救われてきたか。
(またお母さんをみてる。けど……)
ただし、若干の疑問もあるのは母へ向けられる視線がいつもとは違うこと。何か困惑している様子なのだが、いつも遠目からユニスやアイリスに聞こえるように声を発する時は決まって愛人や妾などといった言葉。
「お、おいっ!」
その中で一人の少年が意を決して口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「呼んでるけど?」
荷馬車は既に少年たちを通過している。
「停まる?」
「ですが、誰を呼んでるのかわかりませんので」
「うん。そうだねぇ」
ニーナの問いに対して少年たちに一切の関心を示さない二人。
「頼むから待ってくれって!」
無関心を決め込んでいるユニスとアイリスなのだが、しかし手綱を握っているのはニーナ。
「まぁ何を揉めてるのか知らないけど、とりあえず話して来たら?」
荷馬車を停め、片肘を着いて親指を後方に向ける。
その言葉にユニスとアイリスは顔を見合わせるのだが、母のことなどとは言えず溜息を吐きながら荷馬車から降りた。
「で? なに?」
あからさまに悪辣な態度を取るユニスに対して、三人の少年の内の一人、テュポという準男爵家の子が前に立つ。
「じ、じつはだな、デロンさんが朝から出掛けたきり、帰ってこないんだ」
消え入りそうな声で言葉にするのだが、全く以て要領を得ない。
「どっか出掛けただけなんでしょ?」
「「「…………」」」
「黙ってたらわからないじゃないっ!」
苛立ちからつい怒声を発してしまった。周囲を行き交う視線がユニス達へと集まる。
「ちょ、声が大きいって!」
「だったら早く用件を言いなさいって」
「そうですわ。わたくし達これから花猪を売りに行かなければならないですもの」
「……あの獲物、お前たちが?」
「まぁ、最後はお母さんにやってもらったけど」
再び顔を見合わせるテュポ達。次には頭を大きく下げた。
「頼む! デロンさんを探しに行ってくれ!」
「は?」
「で、デロンさんが帰って来ないのは、もしかしたらヤバいことになってるかもしれないんだ」
「なに言ってんの? あいつどこに行ってんのさ」
「そ、それは…………」
「黙ってたらわからないって言ってるでしょ!」
「頼むから大きな声だすなって」
「あんたさっきから頼んでばかりじゃない。それもまったくわけのわかんないことばっか言って」
「デロンさんが出掛けたのは…………エレクトラルの森、なんだ」
テュポの横に立つ色白の少年が口を開く。
「え?」
その言葉に耳を疑うのはアイリス。
「ど、どうしてあそこに? 今日は特にあそこに立ち入らないように御触れが出ているのを知らないはずないですわよね?」
十年前ならいざ知らず、もう三度目ともなる本日は魔素の浄化の為に立入禁止になっていた。魔素が悪化して瘴気に当てられ異常を来す可能性がある。
何より、その場所で誰が何をしているのかということはユニスとアイリスが誰よりも一番よく知っていた。
「デロンさんはお前の鼻を明かすために行ったんだ」
「どうしてそんなことを」
「俺のせいなんだ。あそこには強力な魔石があるって言ったら、デロンさん、それを取りに行くって…………」
俯き加減に呟く様に困惑を示すアイリス。
「帰ろう、アイリスちゃん」
「え? ですが」
グイっとアイリスの腕を引っ張るユニス。
「だってそれなら別にあいつが死んだって自己責任でしょ」
「お、おま」
「デロンさんがどうしてあの森に行ったと思ってるんだよ! お前の鼻をあかすためだろ!」
「そんなことアタシ知らないし。尚更自分のせいじゃん」
「……ユニスさん」
「なに? アタシが悪いっていうの? 何を言われたってどっちにしろアタシには何もできないって」
「いや、だから、お前の母ちゃんに頼んで」
その言葉を耳にした途端、苛立ちが最大に達する。
「勝手なこと言わないでよ! 都合の良い時ばかり押し付けて来て! なに? こっちが辺境伯だからって、領地や領民の安全を守るために行動を起こさないといけないの? それは確かにそうだよ! そういう立場だってあるよ! だから常日頃お父さんやお母さん、それに今日だってキャロル姉は危険を顧みずにそこに行ってるんじゃないの!? それをさも当然とばかりに尻拭いをしろって!? バッカじゃないの!?」
「ちょ、ちょっとユニスさん、痛いですわ」
強引にアイリスの腕を引っ張っていくユニス。捲し立てられたテュポ達は何も言い返せずにただただ黙っているだけしかできなかった。
「なぁんか怒ってたねユニス」
「…………べつに、怒ってないよ。ただムカついただけ」
「まぁ、あなた達の問題に首を突っ込むつもりはないから好きにしたらいいんじゃない? 若い頃は失敗もするもんね。あたしだってそうだったし」
「うん。だから失敗して反省したらいいんだよ、あいつらも」
「反省できる状態だったらいいんだけどねぇ。死んじゃったら反省できないからさ」
「なにを当たり前のことを」
「そっか。じゃあ出発するよ」
「…………うん」
そうして荷台に乗り込むと再び動き出す荷馬車。
「ね、ねぇユニスさん、あんなに冷たいこと言わなくたって良かったんじゃ?」
「どうしてよ? デロンが勝手にやってるだけでしょ?」
思い出すだけで腹立たしい。だいたい、明かす鼻など生憎と持ち合わせていない。今日だって大切なアイリスを危険に曝してしまった。
「じゃあアイリスちゃんはデロンの救援に向かって、他の誰かが巻き添えを喰らって危険な目に遭ってもいいって言うの? 下手したら二次被害で死んじゃうかもしれないんだよ? それでいいの?」
「そんなことは言わないですけど、ですが、ほらわたくし達も、さっきあんなに危険な目に遭って、それこそニーナさんがいなければどうなってたか。さきほどニーナさんも申しました通り、失敗してしまうのも仕方ないって、いつもわたくしの母も言っていますし」
「う…………うぅん…………」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
(でも……だって…………)
微かな迷いを抱いてしまうのだが、発した言葉に間違いもない。
そうして解体屋に花猪を売りに行って邸宅へと帰ってきた。
「じゃああたしは他に用事あるから行くね」
母の後ろ姿を見送る際、隣のアイリスはユニスとニーナを交互に見やっていた。
「……それではユニスさん」
「……うん」
「わたくしは少しだけキャロル姉様の動きを調べてみますわ。何か役に立てるかもしれませんので」
「……ほっとけばいいのよあんな奴」
そうしてアイリスも帰っていく。




