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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
魔眼に宿りし竜の力 ~ワタシ魔法が使えません
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第三話 競争相手

 

 ユニスとしても現在の生活に不満はない。父が辺境伯ということで生活が苦しくなることもない。むしろ間違いなく裕福。とはいえ、叩き上げの領主ということによる貴族間でのしがらみや嫌味はいくらか聞こえ、その子らであるユニスらにもその矛先が向けられもする。


「キャロル様はいつ見ても綺麗だよな」

「ああ。それになんといっても聖母といっても差し支えないぐらい優しいしな」


 しかしユニス以外の他の兄妹はそういった雑音を自ら消してしまえるだけの才能を生まれながらに持っていた。


 一番上の姉であるキャロル・カトレアは母親譲りの精霊術士として母の手伝いである精霊の住まう環境を維持するといったことで既に活躍の場を大きく広げている。その美貌も相まって求婚が絶えないのだと。

 二番目の長兄であるジェラール・カトレアは現在シグラム王都にある冒険者学校に在籍しているのだが、剣の腕前と身体能力の高さによってもう既に名声を轟かせるほどに名を挙げていた。次期剣聖の呼び声も高く、それに見合う程に意志の強さも鋼なのだと。

 母親の違うその二人の兄と姉なのだが、ユニスと顔を合わせればいつも優しくしてくれる。不満など何もなかった。


「ふぅ…………」


 片肘を着いて溜息を吐く。

 不満があると言えば、勉強が嫌いなことと、隣にいる子と比較されることぐらい。


「あら? ユニスさん? どこかわかりませんの?」


 領主邸での座学の時間。綺麗な金色の髪を耳にかき上げながらユニスの紙を覗き見る少女。


「べっつにぃ。わかるんだけど、わかんないってだけだから」

「…………なるほど。わかるのだけれど、わからないことがある。確かにそれは真理ですわね」

「…………そんなつもりで言ってないけど」


 その返しに小さく呟く。

 隣に座る子を嫌ったことはない。好きか嫌いかで言えば好き。だがその魔法の才能には正直嫉妬する。


「わたくしの顔に何かついていますの?」

「ううん。アイリスちゃんっていつも優しいし可愛いし、魔法も上手くって、全部凄いなぁって思ってるだけだよ? お嫁にするならアイリスちゃんがいいなぁ」


 ユニスの言葉にアイリスは一瞬目を丸くさせるのだが、次の瞬間にはボンっと顔を赤らめていた。


「そ、そんなことありませんわ。わ、わたたたくしはまだそのようなことを言われるほどではありませんもの。それにわたくしとゆ、ユニスさんではけっこんは」

「ふふふ。そうやって恥ずかしがるアイリスちゃんかわいい」

「も、もうっ! そんなこと言っていないで早く課題を終わらせますわよ!」


 頬の熱を感じるように手の平を頬に当てながら視線を机の課題へ向けるアイリスの横顔を眺めるユニス。


(べつに、アイリスちゃんが悪いわけじゃないし、ね)


 比較されることは嫌いだが、原因がアイリスにあるわけではない。むしろアイリスはアイリスでこの歳で重責を感じているのはユニスも知っていた。


(どっちも大変、かぁ)


 四番目の子であるアイリス・カトレアは第三夫人のエレナ・カトレアの子。

 ユニスとは同じ歳ではあるのだが、ユニスの方が早く生まれたことでユニスの妹である。

 アイリス・カトレアは幼少期から類い稀な魔法の才能を発揮しているのだが、神童として持て囃されるその期待値が高いことに重圧があるのだとふとした時に漏らしていたことがあった。

 そのアイリスとは対照的に魔法が使えないユニス。本来であれば不要な比較をされることにアイリスが責任を感じていることも知っている。


「――……そういえば、ユニスさんはご存知ですか?」


 僅かの時間の後に口を開いたアイリス。その表情は思案顔。


「なにを?」

「いえ、先日キャロルお姉様と話していた時に聞いた話なのですが、エレクトラㇽの森の魔素が再び活性化しているそうですわ」

「ふぅん、じゃあもしかしてそれをキャロル姉が鎮静化させるの?」

「ええ。カレン様がしてもいいのですが、キャロルお姉様の経験のために一任するそうですわ」

「そうなんだ。でもキャロル姉なら問題ないでしょ?」

「…………ええ。そうですわね」


 キャロル・カトレアの実力の高さは折り紙付き。それだというのに、何を心配しているのかと、ユニスには不思議でならなかった。


「どうかしたの?」

「いえ、杞憂に過ぎないですわ」

「それって?」

「聞いたことありませんか? わたくし達が生まれるよりも前、それこそキャロルお姉様が生まれる前のことを」


 そこまで言われてユニスも記憶を辿る。


(えっと……エレクトラㇽの森で起きたことといえば)


 このラスペル領を平定する前のこと。領主になりたてのヨハン・カトレア率いる一行が特に苦労したという場所のひとつ。森に濃度の濃い魔素が充満しており、凶暴な魔物が住み着いているのだと。


(でもカレンさんが鎮めたって)


 最終的にはカレン・カトレアが精霊の力を用いて浄化を図ったのだという。

 となれば、思い当たることと言えば一つしかない。


「もしかして、精霊石のこと?」

「……ええ」


 アイリスが杞憂だと言ったのはこの辺りのことに起因していた。

 僅かに思案に耽るユニス。


(でもティアっちは大丈夫って言ってたけどなぁ)


 カレンの契約精霊であるセレティアナ。聞くところによると大精霊らしいのだが詳細は教えてもらえない。見た目は妖精かと見紛う程に小さな存在なのだが、内包する魔力量が尋常ではないことをユニスは知っている。使い慣れていないが、魔力を視通せる魔眼でぼんやりと把握できていた。


 エレクトラㇽの森に供えられた精霊石。目的は自然発生する濃度の濃い魔素を精霊が使役する魔素へと浄化させる仕組み。


(心配性だなぁ、アイリスちゃんは)


 五年周期で行う浄化は従来キャロルの母カレンが行っていたのだが、つまりは今回キャロルが単独で行うことへの不安。


(アタシにすればどっちにしろ凄いけどね)


 キャロル程ではないとはいえ、アイリス自身の精霊力も相当に高い。アイリスの母であるエレナ・カトレアも武芸百般であり魔法全般を扱えるという万能型。


「あーあ、アタシも遺伝してくれてたらよかったのに」

「え?」

「あっ、ううん。なんでもないの。とにかく、キャロル姉の心配をアタシたちがしたってしょうがないって」

「それはそうかもしれないですが」

「だったらちゃっちゃと終わらせて遊びにいーこおっと。よーし、覚悟してよね」


 卓上の課題に目線を走らせるユニス。勢いよく羽ペンを走らせる。

 その横顔を見つめるアイリスは小さく息を吐く。


(遺伝……ですか。でしたらユニスさん、ほんとうどうして魔法を使えないのかしら?)


 不思議でならなかった。

 アイリスから見れば、ユニスの肉体的な能力は間違いなく母から遺伝されたもの。魔力も恐らく多少の大小はあれども遺伝されているはず。


「なにやってるのアイリスちゃん。課題終わらないとおやつもらえないよ? あっ、わかった。アイリスちゃん優しいからわざと課題を終わらせないでアタシに全部くれるつもりなんだ」

「な、なに言ってますの!? そんなわけないですわよ! わたくしのおやつはわたくしが食べますわ!」

「えー? けちーっ」

「どこがけちですのどこが! だいたいユニスさん遊びに行くって言ってたではありませんの」

「そんなのおやつ食べてから遊びに行くに決まってるじゃない」

「…………」


 あっけらかんと言い放つ様に目を丸くさせるアイリス。


「……わかりましたわ。ではこうしましょう。わたくしが先に課題を終えたら、ユニスさんの分のおやつは全部わたくしがいただく、そういうことで」

「えっ!?」

「では勝負ですわよ!」

「ちょ、ちょ、まってよ! アタシまだ勝負するって言ってない」

「ほらほら、早く取り掛かりませんとわたくしが勝ちますわよ」

「だ、だからずるいって!」


 とはいうが、まるで手を止める様子のないアイリス。


「むーぅ、いいもん! アタシがアイリスちゃんの分も全部もらうからね!」


 急いで課題に取り掛かる。

 結果、予定よりも早く課題を終える二人。



「――……あら? お二人とももう課題を終えたのですか?」


 廊下を走る姿に驚く使用人姿の女性。


「うん。だからアイシャさんおやつちょうだい! アイリスちゃんの分と!」

「わたくしが先に終わりましたのよ!」

「アタシが先だって!」


 いがみ合う二人の様子を見ながら、使用人の女性は笑みを漏らした。


「ふふ。その様子だと、何か勝負していたみたいですね。ですがうーん、困りましたねぇ。こんなに早く来るとは思ってなかったからまだご用意できていないの。これから作るつもりだったから」

「ええぇっ」

「そうですね。でしたら、お二人ともせっかくですのでご一緒に作りますか?」

「「するっ!」」


 満面の笑みを浮かべるユニスとアイリス。


「やたっ。アイシャさんとお料理だ」

「楽しみですわね」


 街で菓子店を営むアイシャ。その腕前は王家御用達。元々ヨハン・カトレアとは古い付き合いがあったらしく、領地経営する際に一緒に使用人として従事しているのだと。

 そうしてアイシャに教わりながら、楽しく三人でおやつ会を終える。



「……くっそぉ。舐めやがって」

「そういえばデロンさん」

「んだよ?」

「いえ、ちょっと聞いた話なんすけど、エレクトラㇽの森にはすっげぇ力がある魔石があるみたいなんすよね」

「だからなんだってんだ?」

「いえ、それがあればあの生意気なユニスもデロンさんになびくんじゃないかと」

「テュポ。てめぇ」

「あっ、いや、デロンさんならそんな必要ないっすね」

「どうしてそれをもっと早く言わねぇんだッ!」

「え? は?」

「あのヤロウ。待ってやがれ」


 デロンの脳裏を過る先日の会話。


「強大な力を持つ魔石、か。もしかしたら賢者の石かもな」


 ニヤリと笑みを浮かべていた。



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