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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
魔眼に宿りし竜の力 ~ワタシ魔法が使えません
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第二話 ユニス・カトレア

 

 陽が大きく傾き始めた頃、ユニスは街の中を歩いている。


「ててて。モニカさんも治癒魔法ぐらいかけてくれたらいいのに」


 魔法がそれほど得意ではないモニカなのだが、治癒魔法だけは特別得意なのだともっぱらの評判。実際、大怪我した兵や冒険者が時々モニカの治癒魔法を受けに屋敷へ訪れる程。


「けち」


 頬を膨らませて不満を漏らした。

 それもそのはず。ユニスの身体は生傷だらけ。毎度のことなのだが、傷の治療を行わなかったのは敢えてのことなのだと。その理由自体もユニスは知っている。

 他の者に対してもそうなのだが、モニカの鍛錬の方針は傷を負う痛みを身をもって知っておくべきなのだと。戦いで傷を負ったとしても、いつだって治癒魔法があるわけではない。加えて、治癒魔法があるからといって無謀な行動に出ないことも必要な思考。不要な傷を負うこともない。


「アタシも使えたらいいのだけど」


 治癒魔法は魔法の中でも高等魔法。魔法を使えないユニスには治癒魔法を使いたいというのも過ぎた希望なのだが、そもそもユニスの異母兄妹で治癒魔法が使える者は同じような事態で隠れて自身の傷を癒していることをユニスは知っていた。

 自分自身に施すには効果が低くなるのは必定とはいっても、こんな時こそ魔法が使えないことが殊更もどかしい。


「おや? 誰かと思えば、そこにいるのはユニスじゃねぇか」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえて来たのだが振り返ることはない。むしろ邪魔。


「なに無視してんだよっ!」


 ガッと肩を掴まれ、強引に振り向かされる。

 そこにはユニスより少しだけ背の高い男が立っていた。少年といっても差し支えない。


「別に無視してないよ。あんたに興味がないだけ」

「っ! それを無視してるってんだよ!」


 視線を合わせることなく、肩に置かれた手を振り払う。


「そう。それで? 何の用?」


 足を止めて会話を交わしたくもない。

 目の前の男、デロンはこれまで何度となくこうしてユニスに声を掛けて来ていた。


(なんでこいついつもかまってくるんだろ)


 歳はユニスと同じ十歳なのだが、無碍(むげ)に出来ないのもデロンが貴族の子息であるため。


「またひどい面してるねぇ。怪我してるじゃねぇかよ」

「アンタには関係ないって」


 貴族とはいっても子爵家であることからして、辺境伯であるユニスの父ヨハンとは大きく位が異なっている。

 だが、デロンは事あるごとにユニスにある言葉を掛けていた。


「ったく、愛人の子は大変だなおい」

「…………」


 だからデロンと話をしたくなかった。いつだって堂々と罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐いてくるのだから。


「なんだよその目は。事実じゃねぇかよ。お前の母ちゃん第四夫人っても、平民だってんだからよぉ」


 実際事実その通り。返す言葉もない。

 ユニスの父ヨハンはユニスからしても本当に良い父親。妻と子に分け隔てない愛情を注いでいるのは子どもながらにしっかりと感じられた。母たちの仲の良さを見てもそれらは十分に窺い知れる。辺境伯という高位な地位であることからして多忙なことは勿論なのだが、ヨハンにはもう一つの肩書がある。


 本当に類い稀な功績を残した者にしか与えられない称号である【英雄】を冠していた。


 どういった経緯でそう呼ばれることとなったのかユニスは詳しく知らない。

 だが聞き及んでいる限り、幼い頃より国を跨いで活躍したその成果として、第一夫人に当時カサンド帝国の皇女であったカレン・エルネライを、第二夫人にシグラム王国の王女であるモニカ・スカーレットを、第三夫人に同じくシグラム王国の王女であり、後にパルスタット神聖国の教皇の下へと養子入りした元光の聖女であったエレナ・スカーレットを娶っているのだと。


(確かに凄い人たちなんだよねぇ)


 直接話している分にはそうは思わないのだが、公務に就いている姿や面会に来る人達を見ていると本物なのだということはよくわかる。


(アタシには関係ないけど)


 とはいえそもそも興味もない。

 ユニスの母親である第四夫人であるニーナは家名もない平民。今でこそニーナ・カトレアとして幅広く活動しているが、元は名うての冒険者であったのだと。

 それがどうして第四夫人として嫁いだのか、聞いている限りでは父と母のその親、ユニスからすれば祖父たちが婚約を交わしたからなのだと聞かされている。


「で、なに?」


 デロンのせいで抱かなくても良い劣等感を思い出しながら、鋭く睨みつけるのだが、デロンは臆さない。


「ハッ! お前も嫁の貰い手がいるだろ? だ、だからよぉ、お、オレがなってやるって」

「は?」

(めかけ)の子だってことならオレは気にしねぇしな」


 全く以て何を言っているのか理解できなかった。どうしてこれだけ上から目線で自信満々で言えるのかわからない。


「…………はぁ」


 大きく吐き出す息。溜め息。

 わかっていることはデロンがアホだということだけ。


「はいはい、そうですか。それは良かったですね」

「お、おまえそんな態度をしてられるのも今の内だけだからな!」

「さっきから何言ってんの?」

「し、知ってんだからな。お前が魔法を使えないことで悩んでるってことをよ。オレはこう見えても魔法の才能があるんだぞ!? 家庭教師にも褒められたんだからな! ぅっ!」


 そこまで言い終えたところでユニスと目が合うデロンは思わずたじろぐ。


「だからなに?」


 先程までの視線の鋭さとは打って変わる、突き刺さるような眼光。まるで今すぐにも斬りかかられそうな程の殺気を伴っていた。


「それが何だっていうのさ。賢者の石でも手に入れようものなら能力ぐらいは認めてやらないこともないけど、でもたとえあんたが賢者の石を手に入れたとしてもそれとこれとは話は別だけどね」

「ふん。何が賢者の石だ。あんな眉唾ものの話。そもそもお前はオレに頭が上がらなくなるって言いたかっただけだ! しっかりと考えとけよッ! ふ、フンッ!」


 鼻を鳴らしてどすどすとデロンはその場を後にする。


「なに言ってんのあいつ。死ねばいいのに」


 ただでさえ傷心の傷口をさらに抉られた気分。それもよりにもよってデロンなんかに。


「ふぅ。あんな奴のこと考えてたって仕方ないから早く遊びにいこっと」


 午後から街の子と遊ぶ約束をしていたユニスは足早で駆けて行った。



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