第七十一話 建国祭での一幕(前編)
数日後、ヨハン達はその建国祭を楽しむべく街の中、南地区に繰り出していた。
この日は王都中が盛り上がっている。
いくつもの通りに露店がそこかしこに開かれていて、切り分けられた果物や焼き菓子などの食べ物を中心に売られており、人通りも多くごった返していた。
道行く人たちは笑顔で過ごしている。
そんな中、ニーナの右手はヨハンと繋がれており、左手はモニカと繋がれていた。
レインとエレナはその後ろを歩いている。
「ねぇ!ヨハンお兄ちゃん!モニカお姉ちゃん!すごいよ!すっごいよ!あたしこんなに凄いの見たことない!」
ニーナは王都の盛り上がりを見て、この調子でずっと興奮しっぱなしだった。
それもそうだろう。
ニーナはいくら強くても田舎育ちの十二歳の少女。
初めて訪れた王都で、それも建国祭ともなれば今まで見たどんな祭りよりも煌びやかに見えているだろう。
「あっ!アレ美味しそう!」
ヨハンとモニカから手を離し、目に留まった露店、切り肉を焼いて串に刺している店に走って行くニーナ。
「おじさーん!これ美味しそうですねぇ!」
「ん、お嬢ちゃん嬉しいこと言ってくれるねぇ。ほら試食だよ」
「うぅん!やっぱり美味しぃー!」
両頬を擦りながら舌鼓を打つ。
「おじさん、これ五つくーださい!」
「一人でそんなに食べるのかいっ!?」
「ううん、お兄ちゃんとお姉ちゃん達の分!」
「ほぅ、兄妹の良いお嬢ちゃんだ。よしっ、じゃあちょっとだけサービスしてやろう!ちょっと待ってな!」
「やった!ありがと!」
店の前で両腕を折りカウンターに乗せ、焼き上がり串に通されるのを嬉しそうに見ながら待つ姿はとても楽しそうだった。
「ニーナが楽しんでくれて良かったよ。僕たちも去年この規模のお祭りにはびっくりしたよね」
「ええ。けど、いくらなんでもあんなにはしゃいでいないわよ」
ニーナの後ろ姿を見ながらモニカは呆れてしまう。
「ふふっ、そんなことないですわ」
「ああ。お前ら二人共、田舎者丸出しではしゃいでたぞ?」
「うそっ!?」
それに対してエレナとレインはそんなに変わらないと笑っていた。
「はい、じゃあみんなの分です!」
「ありがと」
嬉しそうに串焼肉を持って来る姿を見て満足する。
「じゃあ次はどれにしようかなー?」
「えっ?まだなにか食べるの?」
「うん、だって食後のデザートを食べないとダメでしょお兄ちゃん」
「わかったよ、じゃああそこの砂糖菓子店に行ってみる?」
「さっすがお兄ちゃん!」
苦笑いして呆れながらも早速甘やかしにかかるヨハンの姿を見てそれぞれ思いを抱いた。
「(ヨハンさん、もうかなり受け入れていますわね)」
「(ヨハン、妹が欲しかったのかしら?)」
「(おいヨハン、あとあと面倒くさいことだけはするなよ?)」
そんな建国祭をみんなで楽しんでしばらく経った頃、建物の二階で休みがてら王都が盛り上がっているのを眺めていた時それを目にする。
最初に気付いたのはエレナだった。
「ちょっと皆さん、あれを見てくださいませ」
街が盛り上がりを見せるその中で、それは集団で人目を誤魔化すように人気のない路地に駆け込んでいった。
その中の一人が大きな荷物、麻袋を肩に担いでいる姿が視界に入って来る。
「あっちなにがあったっけ?」
「特に何もない裏路地のはずよ」
「明らかに怪しいよな」
「行きますわよ」
視認したその集団の怪しさをニーナ以外全員がそれに同意する。
行方を確認するために即座に立ち上がり後を追いかける。
「えっ?なになに!?どうしたんですかみなさん急に――」
わけもわからないニーナはキョロキョロとして慌てて追いかけた。
人気のない路地を、麻袋を担ぎ素早く駆け抜ける男達七人。
先頭を毛の薄い男が走っていた。
「へへへっ、相変わらずこういう時は仕事が楽だぜ」
「ほんとだよな。いつもこうしてくれると助かるんだけどな」
高笑いを上げる男達。
「おっと……しっ!誰かいるぞ?」
「気付かれるなよ」
「すいません、ちょっと教えて欲しいことがありますの」
路地を抜けたところで追い付いたヨハン達はその集団の眼前に立つ。
先頭にはエレナが立っていた。
「どうしたんだい?お嬢ちゃんたち。迷子にでもなったのかい?」
「いえ、そういうわけではないのです」
「ならどうしたんだい?」
禿げ頭の男は不思議そうに問い掛ける。
そこで後ろの男が禿げ頭の男に小さく話し掛けた。
「どうしますか?殺っちまいますか?それとも――」
「そんなに焦るな。子どもだが人数が多い。一人でも逃げられて通報でもされれば後々厄介かもしれん」
「気にし過ぎではないですかねぇ。まぁ了解」
直後、禿げ頭の男は険しい表情を一変させて笑顔になる。
「ん?どうしたんだい?」
「その袋の中を見せて頂いてもよろしいでしょうか?何もないようでしたら見せて頂けますわよね?」
エレナも笑顔ではあるのだが毅然とした表情を崩さない態度で問い掛ける。
どこか不気味なエレナの表情は男達の表情を硬くさせた。
「ねぇ、エレナさんはどうしたの?」
「いいから。見ていればわかるよ」
後ろで疑問符を浮かべるニーナはヨハンの耳元へ小声で尋ねるのだが、返って来た言葉では全く理解ができていない。
集団はその麻袋を見せることなく、それぞれが顔を見合わせて大声で笑い合った。
その笑い声はどうみても品がない。
「おい、どうするよこの子達?」
「んなもん決まってらぁ、こいつらコレの中身を知ってて俺たちを追ってきたんだろうな。となるともう一つしかねぇ!」
先頭の禿げ男が隣にいた男たちにどうしようかと聞かれるが、禿げ男は悩むこともなく即答した。
「いいんですかい?」
「ああ、モチロンだ。 野郎は殺して嬢ちゃんたちは連れて帰る。それによく考えるとこんな上玉揃いそうそうお目にかかれねぇもんな」
男達はエレナ達をジックリと見る。
「…………確かに」
禿げ男の言葉を聞いた男達はエレナ達を見回し、涎を垂らしそうにしてはすすった。
懐に手を入れ手にナイフを取り出したり、短剣抜き構える。
「女にはなるべく傷はつけるなよ!?」
禿げ頭の言葉を聞いた男達は下品な笑顔を浮かべた。
「もちろんじゃないですか。これからいーっぱい傷をつけられるんですから!」
「ひゃっほおう!」
直後、有無を言わさずにヨハン達に男たちは襲い掛かる。




