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第 七百十三話 聖剣

 

「それにしても、まさかこんなところでティアと契約を交わすなんてね」

「ボクだって意外だったよ。それもこれも神の御導き、といったところなんじゃない?」

「何をバカなこと言ってるのよ」


 神の存在の真偽に関してはどうでもいい。それを精霊王であるセレティアナが口にすることがおちゃらけているようにしか思えない。

 そうして溜息を吐きながらも手の平を重ね合わせる二人。次に浮かべるのは互いに笑顔。


「我、カレン・エルネライは此度の契約に於いて、セレティアナと生涯の契約を交わす」


 格のある精霊との契約に必要な誓言を唱え始めた。


「生きとし生ける万物よ。汝の魂を我と一つに、偉大なる精霊の王たる御霊(みたま)現世(うつしよ)に留め、今ここに祝福の光を与えたまえ」


 言い終えるとすぐに先程の制約をゆっくりと、一つひとつ心の中で念じる。立ち昇っていた光が徐々に収束していった。

 僅かの時間を要して光が完全に消失すると、重ね合わされていた手の平が離され契約を無事に終える。


「じゃあ、ボクはまだこの子の命を繋いでいないといけないから後はよろしくね」

「ええ。ありがとうティア。またせたね、ヨハン」


 先程までの弱々しい顔を見せていたカレンはもういない。真っ直ぐにヨハンの身体に両腕を回す。


「受け取って。わたしと、ティアの力を」


 直後、凄まじい魔力の波動がヨハンへと流れ込んだ。

 七星剣の最後の魔石が大きく光り輝き、他の六つの魔石も呼応するようにして七色の光を放つ。


「うん。受け取ったよ、確かに。なんだか懐かしいな、ティアの力」


 シトラスとの戦いの時に得た感覚と類似する感覚。あの時もセレティアナの助力を得ていた。


「ありがとうみんな」


 目を合わせる仲間達の顔を目にして、しっかりと頷き合った。

 すぐさま身体の向きを変えるその先には、憧れる英雄たちの後ろ姿。


「ふん。ようやく準備が整ったというところか」


 上方から見下ろしていたシルビアは、髑髏を模った杖を上へと掲げる。


「ならば、ワシも最後に手を貸してやらんでもない」


 髑髏の目が輝き、杖の先端がパリッと音を鳴らした。


「天神雷槍」


 クーナが生み出していた重力魔方陣へ向け、一直線へ落下するのは轟雷。

 猛々しい破裂音を伴う雷は、重力を生み出していた魔法陣をも破壊する。


「なっ!?」


 魔法陣を破壊された反動、突然の衝撃を受けるクーナが後方へ弾け飛んだ。


「てててっ。ありがとラウル」

「どういたしまして。それにしてもまったく。あの人はいつも無茶ばかりするな」


 クーナを受け止めながら、思わず嘆息するラウル。


「でも、ようやく隙を見せたわよ」


 何もここまでただただ戦況を見届けていただけではないシルビアは、ここ一番で即座に魔法を生み出せるように膨大な魔力を練り上げていた。

 そうして放たれた強大な魔法はベラルの土の障壁を破り、落雷を受けることとなる。


「ぐっ……ま、まだ甘いわよぉ!」


 生み出す闇の衣によりダメージを軽減させることになるのだが、それでも帯電によって痺れたことで思うように動けない。


「今じゃ小僧!」

「今よヨハンくん!」

「いけっヨハンッ!」

「やっちゃいな!」


 同時に声を発するシルビア達。振り返る先は最上の信頼を抱く仲間(アトム)の息子へ。


「ありがとう……ございます!」


 その隙を逃すことのないヨハンはグッと地面を踏み込み、前方へと視線を向けていた。


(あれ?)


 そうして突如として不思議な感覚に襲われる。まるで周囲の時の流れが遅くなるような。しかし錯覚ではないと感じるのは、反比例するようにして思考が著しく加速している。

 思考だけが加速していく中、視界に映るのは憧れを抱くラウル達英雄の後ろ姿。


(え?)


 だが明らかに先程よりも人数が増えていた。


(父……さん?)


 どこか見慣れた後ろ姿。

 間違いなく父の姿に違いはないのだが、ヨハンの知る父の姿よりもどこか年若くも思えるその後ろ姿は振り返ることはない。

 現在の姿とその後ろ姿を、まるで残像かのようにして重ね合わせてしまう。


(母さん?)


 その横に寄り添うように立つ金色の長い髪。それが母の姿なのだということをはっきりと認識していた。


(そっか。そういうことか)


 思わず笑みがこぼれる。どうして両親の残像を目にすることとなったのか理解した。


(これが、僕が目指して来た高み、なんだね)


 これから向かう先であの英雄達と肩を並べるのだと。


(でも僕は……)


 ただ、いくら肩を並べるとはいえ、たった一つだけその英雄達とは異なることがある。それは、背後にいる仲間達の存在に他ならない。

 ギュッと力強く手の中に握られるモニカの愛剣。鞘から抜き放たれようとするその剣は今まさに眩いばかりの光を七つ放った。


(みんなと一緒にあの人たちと肩を並べるんだ)


 まるで虹色の如き光を放つ七星剣を片手に、ヨハンは英雄たちの横を駆け抜ける。

 そして父と母の残像を通り過ぎる際、その残像は小さく口角を上げていた。


『いってこい』

『いってらっしゃい』


 はっきりと、そう声を掛けてもらい背中を押してもらう。


「いってきます」


 ゆっくりと、それでいて疾風の如く振るわれる剣。剣身は透き通るような光を帯びていった。

 真っ直ぐにベラルへと振るわれる剣は、闇の衣を引き裂く。


「せ、精霊王様……アレはまさか」

「ああ。その通りだよ」


 驚愕に目を見開いているウンディーネ。その理由はヨハンが生み出した一撃によって。


(まさか聖剣を生み出すとはね。流石にボクも驚いたよ)


 感嘆の息を漏らしながらクリスティーナの身体を通してヨハンの動きを見ているセレティアナ。

 魔剣と同じようにして、特殊な能力を宿す剣である聖剣は武具として確かに存在する。だがそれは現世に存在する物的産物のことであって、精霊が認識する聖剣とはまた別物。むしろ聖剣と呼ばれる武具は遥か遠い昔、神話の時代の武具を模して造られたもの。

 セレティアナとウンディーネしか知覚できないヨハンのその剣は、その神話に登場する、神によって生み出された剣に他ならない。


 眼前に立ち塞がる巨体、ベラルが生み出したゴーレムを両断する。ラウルであっても傷をつけることが困難な程の強度なのだが、輝く剣身を浴びせればゴーレムはその身体を土へと還るようにして砕けていった。

 その様子に驚愕するベラルは闇の羽をいくつも飛ばすのだが、ヨハンの身体に触れると蒸発する様にして消滅する。


「な、なにが」


 起きているのか全く理解できなかった。これまで見て来た少年とは別人に見える程。

 次の攻撃を繰り出そうとするのだがもう時すでに遅し。眼前に迫るヨハンは大きく剣を振り下ろしている。


「これで終わりにしよう。全部」

「ぐ……はっ…………――――」


 そのままベラルを通り過ぎ、その背後に立つヨハンはゆっくりと剣を鞘へと納める。

 既に七つの光は消失していた。


「――……な、なぜ?」


 手応え十分。間違いない。

 闇の衣を引き裂かれるベラルは意識を失いながら、前のめりに倒れる。


「ふぅ…………」


 大きく息を吐きながら、振り返る先には駆け寄って来る仲間の姿。

 笑顔や泣き顔、様々な顔を見届けながら、ヨハンは笑みを見せた。


「終わったよ。みんな」


 確実に魔王の魂が消失したのだと。それは遠くで深く頷いているクリスティーナの身体を依り代にしているセレティアナの笑顔にしてもそうなのだが、何よりこの手の中にはっきりと魔王の魂を斬ったのだという感覚が残っている。


「みんなのおかげで」


 大きく崩壊した天井から差し込む一筋の光を受ける中、駆け寄る仲間達によって囲まれていた。

 まだいくらかの懸念事項があるにはあるのだが、それでも長く、長く続いたパルスタット神聖国に於ける激闘が幕を下ろすこととなる。



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