第 七百十 話 七星剣
「かはっ……」
突然の衝撃に苦悶の声を上げるベラル。常人であれば確実にひしゃげている。
その証拠に、圧倒的なまでの硬度を誇っていたゴーレムがピシピシと音を立てていた。
「ふ、二人とも、今はダメよ」
「わかっているさ。俺も潰れたくないからな」
重力魔法は範囲魔法であるが故に味方をも巻き込む。
「俺がすることは、クーナさんを守ることだよ」
瞬時にクーナの前に立つラウルは白剣を正面に構えていた。
「こ、のッ!」
黒き翼から放たれるのは魔力が宿りし羽。それが幾つも。
「ふっ! はっ!」
重力魔法の術者であるクーナへと放たれたのだが、クーナの前に立つラウルの高速の剣捌きにて黒き羽は切り払われる。
「へ、へへ。ラウルに守られるのも悪く、ないわね」
「そんなこと言ってる余裕があれば大丈夫そうだな」
「強がりに、決まってるじゃないっ! ヘレンっ!」
「はいっ!」
次に魔力を込めているのはヘレン。
軽く後方に宙返りして距離を取ると、全体を大きく見渡した。
「はああっ!」
ふわっと倒壊した瓦礫をいくつも浮かび上がらせ、ぎゅりぎゅりと先端を鋭利な形状に変えていく。
「やぁッ!」
そのまま上空の魔方陣よりも高く飛ばした。
「土の弾丸」
降り注ぐ幾つもの鋭利な土魔法は、重力を生み出している魔方陣を通過するとその速度を加速度的に上げる。狙う先はベラルへ。
「グ、ガ」
ゴーレムの腕がベラルを守るようにして腕を持ち上げるのだが、土の弾丸が一点突破で腕を何度も撃ちつけると、小さな穴を穿った。
「な、舐めないでほしいわねぇ」
ぎりっと歯を鳴らすベラル。そもそも土魔法の専売特許は誰なのかと。
地面より隆起するいくつもの土の膜が何層にも跨りベラルを覆いつくす。
ゴーレムの腕を突破した土の塊は、ゴガガッと激しい音を上げながら土の膜に着弾するのみであり、ベラルへと直撃することはなかった。敢え無く粉砕してしまう。
「どうやらこのまま時間稼ぎはできそうか?」
「そぅ……ね。あたしとしては早くして欲しいけど」
後方で何らかの準備に入っているヨハン達。何をするつもりなのかはわからないが、彼らはもう守られるべき立場ではない。
◆
本当にそんなことができるのだろうか。
両の掌を見つめながら、疑問を抱いているのはヨハン。
「大丈夫よ。ヨハンならできるわ」
「ええ。足りない部分はわたくし達で補いますので」
両隣に立つモニカとエレナにそっと手を握られる。
「連れて来たわ」
カレンによって連れられてくるのはナナシーとレインにニーナ。
「な、なぁ。俺もかよ? 正直俺もう立ってるのもしんどいぐらいなんだ」
わけもわからずこの場に呼ばれているレイン。問い掛けられるヨハンもわからない。
恐る恐るレインの視線はアスラへと向かっていた。
「そうですね。魔力量であれば間違いなくバニシュの方に分があるのですが、ここで大事なのは波長ですよ」
「って、言われてもよぉ」
「なーにびびってるの。大丈夫よ。ちゃんとレインも強くなってるから自信を持ちなさい」
レインとは対照的に、どこか目を輝かせているのはナナシー。
「それにレインの場合はニーナちゃんの補助的なものでしょ?」
「そうだけどよぉ……。っつかエレナは大丈夫なのかよ。土魔法って得意だったっけか?」
「心配ありませんわ。わたくし、シグのおかげで今魔法が得意になっていますもの」
「シグ? 何言ってんだ?」
自信満々のエレナはいつものことなのだが、発言の意味が尚理解できない。シグという名前に聞き覚えはあるのだが、レインには思い出せない。
「じゃあみんな、やるよ」
丁度思い出したところで、周囲を見渡しながら声を掛けるヨハン。
「お願いねヨハン」
「うん」
鞘ごとモニカより手渡されるのは、ドルドが打ちし祝剣である七星剣。
鞘に七つの魔石が埋め込まれたその剣は、これまでモニカが愛用してきた剣。初めて手にするその剣はモニカの手に馴染むはず。しかしその柄は不思議とヨハンの手にもどこか馴染むようにして収まる。
「はじめるね」
鞘に納めたまま、ゆっくりと闘気を流し込んだ。
直後、宝飾された七つの魔石の内の一つが黄色く光を宿す。
「じゃ、じゃあいくよ、ヨハンくん」
背中に手を当てられるのはサナの手。ブレスレットが青く輝き、サナの魔力がヨハンの中へと流し込まれていった。
「サナの魔力って、こんなに温かかったんだね」
「そ、そう?」
「うん。サナの気持ちが伝わって来るよ」
「えっ!?」
恥ずかし気に顔を逸らすサナ。
(わ、わたたたたしの気持ちが伝わるって)
心中穏やかではない。まだ気持ちは伝えていない。
「ん? どうかした?」
「べ、別になんでもないよ! はいおしまい!」
慌てて後方へと下がるサナ。入れ替わるようにしてエレナがヨハンの背に手を当てる。ヨハンの手にある鞘は二つ目の光、魔石は淀みのない静かな青の光を宿していた。
「どうぞヨハンさん。受け取ってくださいませ」
「うん、ありがとう。エレナのは、静かだけど、力強いね」
流れ込んで来るエレナの魔力。堂々としており、それでいてどこか雄々しい。
元々、多様な魔力を扱えるエレナは魔法の素養が十分。それに加えて、シグとの邂逅を経てかつてない程に魔力の扱いが洗練されている。
「終わりましたわ」
「うん」
エレナの魔力――土属性を受け取り、流転するようにして鞘へと送り込んだ。灯す色は力強い橙色。
「次はあたし達だね。ちゃんとやってよレインさん」
「ま、任せとけっての!」
次に手を当てるのはニーナとレイン。流し込むのは火属性。
「ニーナのは激しい炎で、レインのは優しい火だね」
「どゆこと?」
「決まってんだろ。ニーナのはでっかくて、俺のはしょぼいんだってさ」
「ちがうちがう。うーん、なんかそう感じるというか」
大小で云えば、間違いなくニーナの方が大きい。しかし猛る炎は操る難しさがある。それをレインの火が交わることで、柔らかさを生んでいた。
「ありがとうレイン」
「おうよ。よくわかんねぇけど、さっさと終わらせてとっとと帰ろうぜ」
「そうだね。ニーナも助かったよ」
「えへへ。帰ったらいっぱい遊ばせてね」
「ちゃんとやることをやったらね」
「ぶぅ」
とはいうものの、多少は大目に見るつもり。この国に来て、これ程の事態になるとは思いもよらなかった。
そうしてレインとニーナが流す魔力によって鞘の魔石は煌々と赤く輝いていた。
「じゃあ頼むぜナナシー」
「当たり前じゃない。誰に言ってるのよ誰に。いくわよヨハン」
「うん。お願いナナシー」
すぐさま流れ込んで来るナナシーの魔力。透き通る純粋性はエルフの性質そのもの。自然を純然と感じさせる。
「はいおしまい。どうだった?」
「ナナシーらしいなって。なんか、安心した」
「なにそれ」
笑いながら後方に下がるナナシー。使用人をしていた時に見て覚えた貴族の所作であるお辞儀、小さくスカートの裾を摘まみ、頭を下げる。
自然の偉大さを物語るような映える緑の光を鞘の魔石は放っていた。
「次は私かぁ。それにしても皮肉ね。まさか闇属性の適性があるだなんて、嫌になるわね」
苦笑いしながらヨハンの右横に立つモニカ。
「でも、おかげでヨハンの助けになれるのだから仕方ないか」
ゆっくりと左手を腰へと回し、反対の右手は五つの光を放つ愛剣へと伸ばした。そっとヨハンの手に自身の手を重ねる。
「これで、終わりにしよう。約束、守るから」
「そうね。これも私だってちゃんと受け入れているから大丈夫よ」
魔王因子の影響――スレイとの邂逅もあり、モニカの奥底には闇属性が渦巻いている。
しかし得る感覚としては決して悪辣としたものではない。純粋性のあるところがどこか不思議でもあった。
「今ならシトラスの言っていたことが理解できるかな」
「え?」
「ううん。なんでもないよ」
小さく呟いたのは、かつてシトラスの日記に残されていた言葉。
闇は人間により決められた定義に過ぎない、と。良いも悪いも人間による判断。モニカから流れ込んで来る闇属性に悪意は一切感じられない。
鞘に残された二つの魔石の内の一つが、全てを黒く染めるかの如き漆黒の光を静かに灯す。
「カレンさん。最後、お願いします」
「え、ええ……」
浮かない顔をしてヨハンの背に立つカレン。
六つの属性――否、闘気を含めて七つの属性を付与するのだと。アスラの提案に全員が驚愕したのだが、ここまでは上手くいっていた。
ヨハンにしても、自身で六属性を練り上げるよりも負担は遥かに軽い。先程まで全く思い出せなかった六属性を扱った感覚が甦って来ている。どこか不思議な感覚。
(私にできるの?)
精霊術士は例外なく光属性を主とするのだが、周囲には微精霊の波動が感じられない。
なんとかして光属性を流し込まなければいけないというのに、未だに微精霊の反応が得られないことでカレンの胸中には不安が駆け巡っていた。




