第 七百九 話 甦る懐かしさ
「――……それから、私は教皇と彼女に操られたフリを続けながら、機会を窺っていました」
ラウル達が激闘を繰り広げている中、手短に状況を話し終える光の聖女。
「それが今の状況だと?」
「ええ」
魔王の力を手に入れ、神に近づこうと画策していたゲシュタルク教皇。そしてその教皇の企みを隠れ蓑にして、神に愛されようと目論んでいる土の聖女。
「……今の話が全て真実だとして、あなたは何がしたいのですか?」
ヨハンが問い掛けたのだが、聞かなくともある程度は推察できる。
ここまでの話を要約すると、魔王を倒す為に敵も味方も関係なく油断を誘っていたのだと。事情を知っていたのは第一聖騎士のみ。他の聖騎士以下は事情を話さなくとも既にアスラの信奉者。
だがそれは、筆頭聖女である光の聖女の称号を冠する者の判断だとはとても思えない。これだけの惨事を引き起こすことを厭わないなど。
(違う。さっきのあの言葉)
小事に囚われてしまえば大事を成せないのだと。本心がどうなのかわからないのだが、光の聖女の目的は何よりも魔王をここで滅すること。
「どうやら返答は不要のようですね」
その真剣な眼差しを自身へと向けてくるヨハンの瞳。視力を失い見えなくとも、声色とこれまで見せて来た少年の性格からしてどのような感情を抱いているのか手に取るように理解できた。この後に続けるであろう言葉も。
「僕に、何をしろと言うのですか?」
「簡単なことです。先程教皇を倒すために使ったあの魔法をもう一度使ってください」
「えっ? あれですか?」
先程の魔法。六つの属性を全て同時に扱うということ。
確かにもう一度使えば、魔王因子を取り込んだ闇の聖女と化したベラルを倒すことは可能かもしれない。
だが――――。
「すいません。できません。もう僕には魔力が」
残されていない。枯渇寸前。残されているのは僅かな体力。
それに喩え魔力が残っていようとも恐らく同じことは再現できない。自分自身でさえ一体どうやって繰り出したのかをよく思い出せない。
「できないことはありません。私には視えるのです。あなたが再びあの力を使う姿が」
光を失ったアスラの言葉には、どこか不思議な確信がある様子だった。
「でも、どうやって」
「わかりませんか? 必要なことは、あなた自身が既に理解しているはずですよ。もう一度あなたには何があるのか、落ち着いて考えてみてください」
「僕……自身が?」
一体何を言っているのか。
「厳密にはまた違うのですがね。何よりも素晴らしいことがこの場には起きています」
天啓を授かるかのように、大きく手を広げるアスラ。
◆
ゴゴゴッと激しい音が巻き起こる。
「神に並ぼうとする教皇様のお考えは素晴らしかったのですがぁ、それは私の考えと似て非なるモノで、大きく違いますのよぉ。やはり神には愛されないと」
錫杖を天に向けて突き上げるベラルの背後に立ち昇るのは、ベラルによって作られる神を模した石像。
「愛し、愛されてこそ、聖女としての本懐を遂げられるということです」
「ちっ!」
ガギンと鳴る金属音。
剣の最高峰、剣聖であるラウルですら両断できない硬度を誇るその無機生命体であるゴーレム。通常のゴーレムであれば両断など容易い。ただの鉱物でないのは、それだけの密度と魔力が込められている。
これだけの硬度を誇る相手と戦うのは、それこそ竜峰コルセイオス山の竜を思い起こしていた。
「もうっ。ただでさえ厄介な相手だっていうのに、こんなのやってられないわよ!」
嘆くクーナ。闇の聖女と化した目の前の脅威は、これまで幾度もの死線を越えて来た三人であっても一筋縄ではいかない。
「ふふふ」
「こんな非常事態になに笑ってるのよヘレン」
「いえクーナさん。あれから十数年、まさかまたこうしてあなた達と肩を並べて戦えるなどとは思ってもみませんでしたから」
思い返すのはモニカを引き取った時。様々な覚悟と共に既に引退した身。
第一線から退いた身としては、これ程の緊迫した場面に奇妙な懐かしさがこみ上げてくる。
(ほんとぅ、さすがだわ、この人たち)
思わず呆れてしまう。
そもそも、ヘレン自身ソロでS級へと上り詰められたのも両隣に立つ人物――剣聖とエルフの長がいたからこそ。当時のラウルはまだその称号を得てもいなかったし、クーナも現在の立場に就いていなかった。
それだけでない。それこそパルストーンのあちこちで動き回っている仲間がいたから。何より、誰よりも憧れた――――。
(エリザさんと一緒に旅ができたしね)
不謹慎だとは思いつつも、正直楽しくもあった。
敬愛する女性、エリザがいたからこそヘレンは高みへと手が届いた。あれだけ憧れ、手を伸ばして届かせたいと願ったことなどこれまで他にはない。子を身篭ったということを聞いた時は大いにショックを受けたもの。
「そういう意味では随分と落ち着いたなヘレンは」
振り下ろされる重量感を伴うゴーレムの拳を避けながらラウルは感心を示す。
「そうよねぇ。まさかあなたがモニカちゃんの母親代わりをやってたなんて、今でも信じられないわよ」
クーナが空気を圧縮した魔力弾をベラルへと撃ちつけるのだが、ゴーレムが重量を感じさせない程の速度を以てベラルの前に腕を伸ばす。
「それを言うならラウル様はまだしも、クーナさんは全くと言っていい程にお変わりありませんよね。いくつになられたのですか?」
「……言うようになったわねあなたも」
「ええ。これでも娘を一人育てましたので。真っ直ぐに、しっかりと強く育った子を」
「はぁあ。歳を感じるのが早いのは人間ならではねぇ。あたしも早く子どもを産みたいわよ。ま、ナナシーちゃんが子どもみたいなものだけど」
「アトムを追いかけるのはやめたのですか?」
「いやぁねぇ、あたしもまだ死にたくないもの」
「ふふっ。そうですね。では次代を担うあの子達が成し遂げようとすることを見届けないといけませんね」
「そうね。その通りだわ。それもあたし達の役目だしね。それにうちのナナシーちゃんもなんか一枚噛もうとしているみたいだしね」
「任せておけと言っておいて少しばかり情けないな」
「いいんじゃない? 若い子が育つってそういうものでしょ? だっ!」
瞬時に最大の魔力を練り上げるクーナは、両手を掲げるなりベラルの上空に広大な魔方陣を生み出した。
「これは!?」
突然現れる魔方陣を見上げるベラル。尋常ならざる魔力が込められている。
それもそのはず。ただでさえ膨大な魔力量を誇るエルフの、その長であるクーナが込めた魔力なのだから。
「へへん。あたしのとっておきの魔法よ。喰らいなさいっ!」
掲げた手をクーナが大きく振り下ろす。
「重力魔法」
直後、ズンッと凄まじい衝撃がベラルへと襲い掛かった。




