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第 七百六 話 ベラル・マリア・アストロス(前編)

 

 土の聖女ベラル・マリア・アストロスは貴族家の中でも比較的裕福な家庭の生まれ。子爵家の息女。

 アストロス領の中でも一際風通りの良い穏やかな町。そこには小さな修道院があった。


「こんにちは、コーンスリー神父」

「ああこんにちはベラル。今日も祈りを捧げに来たのかい?」

「はい」


 まだ幼いベラル・アストロスはこの時十歳。毎日修道院の中にある教会へと足を運んでいた。

 何も珍しいことではなく、それは国民の多くが行っていること。宗教国家による信仰心の高さからくるものであり、貴族であっても教会や修道院へと直接足を運ぶものもそれなりにいる。

 しかし平民だろうと貴族だろうと、ベラルのように毎日足を運ぶものはそうはいない。住み込みの修道女ならともかく。


「本当に感心するね。ベラルの姿を見てうちの子も段々と変わってきたよ」


 膝を折り、祈りを捧げているベラルの姿をある程度見届けたコーンスリー神父が声を掛けると、ベラルは恥ずかしそうに立ち上がる。


「そんな」

「ははは。照れなくともいいさ。だから神はきっとそんなベラルの姿を見てくれているよ」

「本当ですか!?」

「ああ。神様は信仰心の厚い者をしっかりと見てくれているからね。それにベラルはみんなに分け隔てなく接してくれるから、みんなも貴族に対して抱いていた気持ちも随分と和らいだ。そういったこともまた見てくれているし、こちらとしても大いに助かっているよ」

「ありがとうございます」

「そうそう。そういえば、今度聖女様の見習いの選別があるらしいではないか。もちろんベラルも手を挙げるのだろう?」


 この時、当時の土の聖女によって、後継者を選定するための候補者を募る案内が国内全土に撒かれていた。

 判断基準は大きく二つ。一つ目は土魔法の技能。潜在能力も含めるのだがこれは必須事項。

 そして二つ目は信仰心。どれだけ信望があるのだろうかも併せて。


「それだけでいいのですか?」

「ああ」


 他の項目は参考程度とされていた。

 とはいっても、表には出せない判断基準が枢機卿団によって策定されている。容姿や血筋などといったことは、民心を集めるためには必須事項だった。


「……いえでも、わたしなんて、とても」

「そんなことないさ。こういってはなんだが、器量はもちろん、ベラルぐらいの歳であれだけの魔法の使い手を私は見たことがない。それに何より、パルスタット神への想いがこんなにも強いからね。どうだい? 受けてみないかい? 絶対に受かるさ」


 コーンスリー神父から見ても、ベラルは十分それらを満たしている。


「…………わかりました。神父がそこまで言うなら」


 受ける予定がなかったので返答には若干の迷いは抱いていたのだが、実際のところ、本心ではベラル自身選別を受けることへ十分気持ちが傾いていた。

 それというのも、つい先日、父より婚約の話を持ち掛けられていたことが起因する。


(どうして好きでもない人と結婚しなければならないの?)


 背後を振り返りながら、神への問いかけ。できれば返事が欲しいのだが、返事がないのはいつものこと。そのまま帰路へと着く。そうした帰り道、先日の両親とのやり取りを思い出していた。

 父の意見はもちろんのこと、母からも貴族なのだから当然、と。自分の意思などそこには一切介在していない。その理由も、相手は自家よりも爵位が上の伯爵家。断れないのもあるだろうが、取り入ろうとしている様子も子どもながらに散見された。


(はぁぁあっ)


 それだけならまだ良かったのだが、一度も会ったことがなければ、耳にしていた評判も悪い。なんとかならないかと神に願ったのが丁度この時。

 時間稼ぎに過ぎないかもしれないが、運よく候補者に選別されればもしかしたら何かが変わるかもしれないと考えていた。


 そうして迎えた選別の日、結果的には神父が言ったとおり。


「す、素晴らしい! まさかこのような子がこんな田舎に燻っていたとは!」


 断トツでの候補者として選別。選別に訪れた神官の笑みたるや。

 ベラルの魔法の技能は勿論の事、信仰心については町の誰もが認めるところ。教義に関する知識も問題ない。


「このような片田舎で腐らせておくには惜しい。婚約など破談だ」


 聖都の高位神官による一方的な決定によりベラルの婚約は思惑を上回り破談となった。

 婚約する予定だった伯爵家――――ロベルスタ伯爵子息はベラルのことを将来有望だとばかりに大層気に入っていたのだが、お上の命令には逆らえない。


「良かった。それにこれで……これでようやく聖都にいけるのね」


 一度しか行ったことのない別称水の都とも呼ばれる聖都パルストーン。その美しさには一目で圧倒された。何より、ミリア神殿の荘厳さ。これからあの中で神へ奉仕できるとなれば高揚感も湧き起こる。

 自信はなかったのだが、ここまで周囲から囃し立てられれば、いくら謙虚に振る舞っていようとも嫌が応にも自信を身に付けさせた。そうなれば目標とするところは高くありたい。


「よしっ!」


 後ろを振り返ることなく、聖職者としての道を目指すことを決心する。



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