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第 七百四 話 紡がれ始める言葉

 

「おいヨハン」


 声を掛けてくるシンはジェイド共に歩いて来ていた。その後ろを歩く光の聖女アスラは聖騎士二人を伴っている。


「シン……さん?」


 先程まで激しい戦闘を繰り広げていたというのに急に連れ立ってどうしたというのか。


「どうしたの? 捕らえたの?」

「いや、捕らえたってのとはちょっと違うんだけどさ」


 モニカの問いかけに返答を困らせるシン。


「どういうことですか?」

「アスラ様は貴様に確認したいことがある。まずは質問に答えるのだな」

「僕……に?」


 鋭い視線をヨハンへ送るリンガード。


「リンガード。立場は弁えなさい。この状況に於いて希望は彼らにしか見いだせないのですから」

「はっ!」

「希望?」


 焦点の定まっていない目をしながらも、アスラは疑問符を浮かべるヨハンの方へと顔を向ける。


「先程の、類い稀な能力、見事でした」

「……え、っと…………」


 目が不自由そうな様子に疑問を抱くのだが、それ以上に気になるのは、どうにも疲労感を滲ませた様子を見せていることからして何からどう答えたらいいものなのかわからない。


「そうですね。困惑するのもわかります。ですが、一から説明している時間がありませんので単刀直入に申し上げます」


 真剣味を帯びるその言葉。視線がアスラへと集まる。


「ここで、魔王は倒さなければなりません。それはあのベラルもろとも、という意味も含めてです」


 突然のアスラの言葉にヨハンとモニカとエレナは顔を見合わせた。シンとジェイドは表情を変えずに僅かに眉を動かす程度。


「彼女が、現在魔王の力を取り込んでいるというのはわかりますね?」

「……はい」


 視界に映るラウル達の戦況。先程までのゲシュタルク教皇との戦闘と同程度の激しい戦いが繰り広げられていた。


(あのベラルって人、ミモザさん達を相手にした後だっていうのに)


 ラウル達を擁しても戦局は今のところ互角。ベラルもここまで長く戦っていたのだから、力が残っているということはなく、それだけの力を生み出しているのだと。

 それはつまり、それだけラウルとクーナとヘレンの三人を同時に相手取っても互角の様相を呈するほどに魔王の力が驚異的なのだということを物語っている。


 ベラルの身体的な状態は、ゲシュタルク教皇が漆黒の翼を生やしていた時と同じようにして背に翼を宿しているのだが、違いがあるのはその形状。控えめとでも云えばいいのか、小さな三対の黒き翼を生やしていた。


「でもどうしてあなたが?」


 元の魔王因子の所持者であるモニカも感じ取った程であることからして間違いはないのだが、しかし全く以てわからない。目の前の光の聖女アスラはここまで敵対――――ベラルや教皇と共謀していたはずではないのか、と。


「その疑問だけは払拭しておかなければならないようですね。わかりました、手短に答えましょう。それは私にしか魔王を完全に滅する手段を持たないからですよ」

「魔王を……滅する? 完全に?」

「ええ。そのためにクリスを含め、ここまで多くの犠牲を払うことになりました」

「っ!」


 堂々と言い放つアスラ。

 先程倒れ伏したクリス。アスラにとってはクリスティーナが倒れることなど些事だとばかりの物言い。


「どうしてそんな平然としていられるのですか!? あなた達はこの国のトップではなかったのですか!?」


 どういう事情が介在しているのかわからないが飄々とした態度に苛立ちが込み上げてくる。


「ですので、この国に取って必要な措置を取っているに過ぎません。ただクリスには満足な説明をすることもなく申し訳ないことをしました。ですが、それすらも必要なこと」

「必要なことって」

「手順を間違えるわけにはいかなかったのです。そのためにクリスには犠牲となってもらいました」

「必要な犠牲って……」


 ギュッと拳を握りしめる。


「必要な犠牲なんかあるはずがない! 誰かが犠牲になっていいはずがない!」


 ヨハンの言葉を受けたアスラはヨハンを見つめながら僅かに目を細めるのだが、すぐに頬を緩めた。


「青いですね。時にはそれも必要になる場面があるのです。小事に囚われていては大事を成せないものですよ」

「っ…………」


 事あるごとに耳にするその言葉。言わんとしていることはわからないでもない。何かを犠牲にしなければ被害がより大きくなる時には究極の選択を迫られるのだと。冒険者学校でもシェバンニからその究極の選択を設問として受けたことがある。


「でも……――」


 だが、憶測や推測だけで満足な見通しが立たないままで、どうしてクリスティーナを犠牲にするという選択肢を選べたのか。


「――……もっと他に方法があったはずです」


 他に獣人への対応も含めて。魔族との関係にしてもそうなのだが、これだけの事態に陥ってから後手に回ったような選択をする必要などなかったはず。


「いえ。そうしなければいけなかったのです。それが神の導き出した答えなのです」

「神……だって?」

「ええ。これが被害を最小限に抑えるために必要だったのです。気付いているかと思いますが、この私の目も含めて」

「貴殿にはわからないだろうが、アスラ様はご自身の光もその必要な犠牲として払ってなさる。全てはこのために」


 光の第一聖騎士であるリンガード・ハートフィリアが当然とばかりに言い放った。



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