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第 七百一 話 循環と真理

 

『よかった。聞こえたみたいね』

「うん、でもどうして?」

『わたしも、少しでも力になりたくて』

「ありがとう……助かるよ」


 その声の調子からカレンの真剣さが伝わって来る。たとえ顔を見なくとも、今あの人がどのような表情を浮かべて、どのような気持ちで声を届けたのか目の前に浮かんでくるようだった。

 その想いを噛み締め、そっと目の前に浮かぶ緑の魔宝玉を握りしめる。


「これ……――」


 手にしただけで膨大な魔力を感じ取れた。


「――……改めて思うと、凄いなコレ」


 魔宝玉の中の魔力の凝縮。詳しい仕組みはわからないが、元来このような魔道具には大小あれども留められる魔力量にも限界はあるのだが、魔宝玉に関してはこれまで手にしたどの魔道具よりも多い。


「そういえば」


 思い出すのはかつて巨大飛竜を討伐する時に借り受けたカニエスの魔道具は自身の魔力供給に耐え切れず罅が入っていた。コレはその比ではない。


「…………え?」


 不意に脳裏を過る奇妙な感覚。

 精霊石に手を送り、何故かそうすることが一番だと感じる。


『どうかした? ヨハン?』

「ううん。やっぱりカレンさんには助けられるな、って」

『なに? どういうこと?』

「僕にはカレンさんが必要な人だったってことだよ」

『ちょ!? いきなり何言ってるのよ!』


 慌てふためくカレンを余所に、体内で荒れ狂う四属性の魔法に干渉する。


「無理に抑え込もうとしたからダメだったんだ」


 無意識に思い出すのは入学するよりももっと前。幼い頃、母エリザに教えてもらった魔法に関する座学。


『いいヨハン? 魔法には相性というものがあるのよ』

『ぼくしってる! 火は水に弱くて、水は土に弱くて、土は風に弱くて、風は火に弱いんだよね?』

『ええその通りよ。よく勉強してるわね』

『えへへ』


 冒険者学校でも基礎知識として習うものである。それぞれ得意不得意が存在している。


『でもぼく苦手な魔法なんてないよ?』

『そうね。それが不思議なのよねぇ。でもそれはヨハンが魔法に愛されているからだとお母さんは思ってるわ。それにもしかしたらそれにも何か意味があるかもしれないわね』

『ふぅん。よくわかんないや』

『今はわからなくたっていいわ。お母さんにも本当のところはわからないもの』

『そうなの?』

『ええ。でも、そういうことはわかる時が来たらわかるようにできているものよ』

『わかる時が来たらわかるようにできている? なにそれぇ』

『うふふ。それも含めてきっとわかるようになるわ』


 笑みを見せる母の顔。

 まるで何かのなぞかけをされたかのような当時の感想。


「今、わかった」


 その意味を。属性にただ相性があるだけではないのだと。


「魔法には順番があったんだ」


 四属性へ同時に干渉するから不和が生じる。

 序列はなくとも、個々の特性は異なる。


「まず水へ…………――」


 体内の水の魔力へ大きく干渉し、風と火と土へは微量な魔力反応を示すのみにする。


「――…………次に土へ」


 水の魔力反応を維持しつつ、土へ同じように干渉する。


「そして火……風」


 続けざまに火と風へ魔力を供給すると、それまで荒れ狂っていた魔力が穏やかに落ち着きを見せ始めた。


「そっか。そういうことだったんだ」


 属性の相性。それは間違いない。しかし視点を変えれば互いを補完し合える関係性なのだと。


『魔法は全て自然により生み出されるのよ』


 自然界のマナや魔素。それらは生物の体内に(すべか)らく存在している。

 生命の源である【水】により【土】は豊かになり【火】によって生命を育み【風】によって成長を促進する。自然の摂理。


「でも、それだけじゃ足りない」


 それら全てに関係するのが光と闇。それは陽の光と夜の闇。全てが循環している。


「……これは驚いた」


 ヨハンの様子に注視していたシルビアは驚嘆していた。

 迸るヨハンの魔力が落ち着きを見せ始めていることは勿論なのだが、それ以上に驚異的なのは魔力を扱いだしたヨハンが醸し出す圧倒的な存在感。魔法に聡い者であればこれがどれほどの行いなのか、驚くなという方が無理というもの。


「まさかこれ程にまで化けるとはな」


 元々素質があったというのは、シルビアがヨハンを初めて見たあの時からわかっていた。

 ヨハンの父であり、仲間でもあるアトムとの模擬戦を見た時から。話には聞いていたのだが感嘆したもの。

 実際、あの時も今と同じように四属性を立て続けに使用していたのだが、その時は強引に使用していたという感が拭えなかった。


「僕はこのために……――」


 シルビアが思い出していた頃、奇しくも当のヨハン自身も同じ記憶を思い出していた。あの時があったからこそ今があるのだと。まるで全てが繋がっているような奇妙な感覚。


「――……いくぞ」


 ギュッと拳を握り、前方で激しい戦いを繰り広げているモニカとエレナへと視線を送る。


「やあっ!」

「ハアッ!」

「こ、の、小賢しい真似をしおって!」


 これまでよりも更に大規模な激闘が繰り広げられていた。

 ゲシュタルク教皇が生み出す漆黒の光弾が周囲を破壊せしめる中、高速の剣戟でモニカが切り開く。


「今よエレナ!」


 ゲシュタルクの懐へ飛び込むエレナは魔剣シルザリを大きく振りかぶった。


「ぬ、ううんっ!」

「ぐうっ」


 大きく横薙ぎに振るわれるシルザリによって激しい音を響かせると同時にゲシュタルクを後方へと大きく吹き飛ばす。


「モニカ!」

「エレナ!」


 直後、左右に散開する二人は阿吽の呼吸。後方に吹き飛ばされながらも僅かに目線を左右に動かすゲシュタルク。


「甘いわッ!」


 光速で生み出される黒弾がモニカとエレナへと着弾した。


「っつぅ」

「ぐぅ」


 大きな鈍い痛みを伴いながらも、怯むことのないモニカとエレナは尚も踏み込む。


「裁きをその身に刻めッ!」

「「きゃっ」」


 弾け飛ぶモニカとエレナ。


「どうしてこれだけの力が……」


 ゲシュタルクからすれば二人の少女は死に体だったことに間違いはない。魔王の力を取り込んだ自身とこれ程までに渡り合えるなどありえない。


「小娘がッ!」


 先程まで相手にしていた歴戦の勇士と遜色ない、それどころかそれ以上に感じる二人の力。


「ま、だまだぁっ!」

「これぐらいでは負けませんわ!」

「ぬ、ぬぅ」


 鬼気迫る二人の少女の勢いにゲシュタルクはほんの数瞬だが怯んでしまい、結果小さな隙を生みだしていた。


「!?」


 後方に控えるヨハンによって生み出されるのは四属性の魔法。周囲に立ち昇るのは四つの柱。炎・水・風・土。


「ヨハン!」

「ヨハンさん!」


 更に上方では白き光の魔法陣が描かれ、地面には影を落とすようにして黒き魔法陣が描かれている。


「何故だッ!?」


 信じられない。年若いとはいえ確かな強者に違いはない。それは認めているのだが、どうしてこれだけの力をここに於いて扱えるのか。

 これまでも脅威的な強さを見せていたのも事実ではあるが、それでもここに至るまで大きく損耗――疲弊しているはず。


四聖聖域(エレメントフィールド)

「ぐおおおおおおおおおっ」


 四本の柱に閉じ込められるゲシュタルク教皇は身動きが取れなくなる。


「す、すげぇ」

「え、ええ」


 遠くでその様子を見ているレインとナナシーもまた驚嘆していた。


「やっぱりヨハンくんは凄いなぁ」

「そこに関しては異論ありませんが、それにしても、どこにあんな力が?」

「…………――」


 サナとマリンが各々その様子を見ている中、不意に妙な感覚に襲われるのはカレン。


「――……ティア?」


 ヨハンの横にその親友の存在が感じられた。何故かはっきりと。


「ありがとう。ティア」


 もしかしたら錯覚なのかもしれない。しかしそれでも錯覚でも良いと思えたのは、ヨハンの隣に立つ友が振り返り小憎たらしい笑みを浮かべていたように見えたのだから。


「おいおい、すげぇなアイツ」

「うむ」


 シンとジェイドどころか光の聖騎士もまた動きを止め、目を向けている。


「ようやく、この時が来ましたか」


 錫杖の柄を地面に突き刺す光の聖女アスラ・リリー・ライラック。視界に捉えるのは土の聖女であるベラル・マリア・アストロス。


「んっ、ふふぅん」


 ベラルもまた注視しているのだが、その表情は笑顔。

 周囲にはミモザとアリエルとバニシュが倒れている。


「くぅ」

「どう、してトドメを刺さないのさね」

「し、しらないわよ。私たち程度だったらいつでも殺れるってことじゃないの?」

「現役を退いたとはいえ舐められたものだ」


 強がりを見せて立ち上がるのだが、それぞれ満身創痍。連戦による疲労の蓄積。



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