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第六百九十九話 対価

 

「ん?」


 光の聖騎士二人を相手取っているシンが不意に得る違和感。


「おい」


 聖騎士の背後にて中距離魔法を行使していた光の聖女へ向け声を掛ける。


「やっぱりおかしいな。お前そっちの目、見えてるか?」

「あら? お気づきになられたのですか?」

「そらまぁ見てたらわかるっつか」

「……そうですか」


 動き回っている中で、右方向に展開した時にだけ若干の遅れが生じていた。それも微かな程度。違和感を得た理由は、序盤の攻防の際にはその様な様子が見られなかったのだが、時間の経過と共にそれがはっきりとそうなのだろうと感じ取れた。


「不届き者めッ。誰に話し掛けているッ!」

「おっと」


 第一聖騎士リンガード・ハートフィリアの踏み込みを受け止める。


「我等を前にしてこれだけ長く持ち堪えるとは流石といったところだな」

「俺のことを知ってたのか」

「無論だ。お主程の強者、調べればすぐにわかる」

「へぇ。それは嬉しいねぇ」


 交差する武具によって響き渡る金属音。


「障害となるやもしれぬ存在は知らぬと手ひどい目に遭うやもしれぬからな」

「その割には好き勝手やらせてもらえたな」

「所詮泳がせたに過ぎないということだ」

「そっか……――」


 ジロリと見る視線の先にいる光の聖女。

 リンガード・ハートフィリアの様子を見る限り、自らの守護聖女の状態異常を知りつつも黙認しているように見えた。

 主の片目が見えないようになっているにも関わらず気にする素振りを見せないところを見るに。


「――……何か企んでやがるのか?」


 考えられることとしては、激闘故にそれらを気にする余裕がないのか、それとも持病などによって元々その兆候があり、それがこの場で進行したのか。又はそうならざるを得ない何かしらの事情がこの場に介在しているのか。


「……ちっ!」


 三つ目の選択肢の可能性が高いと踏むのは、どうにも相手の勢いに本気が感じられない。厳密には紛れもない殺気が含まれているのだが、要所要所の詰めが甘い。


「この上何が起きるってんだ」


 所詮経験則に過ぎない勘でしかないのだが、シンにはその疑問が払拭できずにいる。



 ◆



「……はぁ……はぁ」

「ちっ。これは厄介じゃな。アトム達は何をやっておるのじゃ」

「やっぱり父さんたちも来てるんですね」

「ああ。しかしどうやらここへは間に合わん様じゃな。それも仕方あるまい」


 獣人達の侵攻を止める適任者は間違いなくアトムとエリザの二人。二人が特別交渉術に長けているというわけではないのだが、不思議といつもあの二人の空気に飲まれて有耶無耶になることは多かった。そういったことからして、不確定ではあるものの被害が小さくなるというどこか根拠のない確信がシルビアにはある。


「その様子だとどうやら万策尽きたようだな。ならば死ねいッ!」


 攻めあぐねている二人の様子を見て、ゲシュタルク教皇の漆黒の翼より生み出される強大な魔力の渦。


「くそっ!」


 即座に飛来する魔力の渦を躱すだけの体力は残されていない。


広範囲治癒魔法(エリアヒール)

「風牙」

「紫電」


 不意に背後から聞こえる三つの声。瞬時に足下へ描かれていく巨大な蒼き魔法陣。


「え?」


 突然の声に驚き足を止めるヨハン。その頭上を追い越す風の刃と一人の人影。

 広範囲治癒魔法によって光の粒子に包み込まれ、体力の回復が速やかに行われるのと同時に前方へと目を送る。


「…………まさか」


 そこでは魔力の渦が両断された瞬間であり、後ろ姿を見せているのは長い金色の髪を靡かせている少女。


「大丈夫? ヨハン」


 振り返り、髪をかき上げながら見せる表情は確かにモニカそのもの。


「…………」


 初めてモニカと出会った時、その面影と思わず重ね合わせてしまった。


「どうしたの? ぼーっとして?」


 その言葉もまた出会った時と同じ。

 違うことがあるとすれば、背丈は同じぐらいだった当時よりも自分の方が大きくなっていて、既に互いのことをよく知っているということぐらい。


「……いや、綺麗だなーって思ったからさ」

「え?」


 目尻に浮かぶ涙。思わず当時と同じ言葉を口にする。


「ちょ、いきなり何言ってるのよ!?」

「ごめん。でも、どうしても言いたくなって」

「…………ヨハン、それって」

「あら? わたくしには言ってくれませんの?」

「エレナ!?」


 ぬッと横から顔を覗かせるエレナ。


「わたくしもいますのよヨハンさん」

「……うん。エレナも綺麗だよ」

「そ、そんな真っ直ぐ言われると照れますわ」


 顔を赤らめ目線を逸らすエレナ。


「二人とも、無事だったんだね」

「ええ」

「お待たせしましたわ」


 共に浮かべる笑みもいつも通り。


「その様子だと、大丈夫そうだね」


 先程モニカが切り裂く直前にエレナから繰り出されていた風の刃もまた強力だった。


「ええ。思っていたよりも調子が良いわ」

「むしろ、力が湧き上がってきますの」


 その理由はモニカとエレナの二人――いや、三人共が理解している。


(恐らく、あの人たちの力)


 後方からヨハン達の背中を見るクリスティーナは俯き加減に自身の胸へと手を送った。


「ありがとうクリスっ!」


 直後、前方から駆けて来るヨハンにグッと抱きしめられる。


「え? あ、あ、ちょ、ちょと、よ、よはんさま!?」

「詳しいことはわからないけど、クリスのおかげなんだよね!?」

「そ、それは、そうですけど……――」


 突然の抱擁に慌てふためくクリスティーナは目を泳がせるのだが、腕に力を込めるヨハンのその表情が物語っていた。


「――……いえ、聖女として、当然のことをしたまで、です」

「ううん。そんなことないよ! クリスのおかげだって!」

「ですが、私一人の力では到底届きませんでした」


 詳しく説明している時間はないのだが、精霊王や初代光の聖女の助力があってこそ。


「クリスがいなかったらモニカはっ! それにエレナも!」


 紛れもない感謝が伝わって来る。


(ヨハン様…………――)


 この年齢にして尋常ならざる強さを身に付けているということは承知の上なのだが、それでもまだこの子はどこか幼さが残るのだとこの場で改めて実感した。

 自分自身もまた同じようなものなのだと。聖女と呼ばれ、聖女を取り繕う。もうどれほど聖女の仮面を着けて過ごして来たのか。

 自分よりも少しだけ背の高い目の前の少年に至ってはまだ自身よりも年が下。


「――…………ヨハン様」


 そう思えばどこか愛らしくも感じる。思わず笑みがこぼれた。

 慈しむように、クリスティーナが小さく微笑みながらヨハンの背にそっと手を回そうとしたところで正面に立つ二人の少女の顔が視界に入り、目が合うなり思わずその手を止める。


「よよ、ヨハン様。そろそろ、放してください。あの、困ります」

「あっ、そうだね。ごめん。嬉しくてつい」

「い、いえ。どういたしまして」


 平静を装いながら、スッと離れるヨハンの身体。


(これは、カレン様も相当に大変ではないのでしょうか?)


 明らかな嫉妬の視線がモニカとエレナの二人から送られていた。我慢しているのが手に取る様にわかる程。


「ほらほらヨハン。そろそろ動かないとシルビアさんに怒られるわよ」

「本当ですわ。まったく、何がどうなっていますのやら」

「そうだね」


 感動的な再開の場面になったのは、シルビアが必死に抑えてくれているおかげ。


「でもヨハン。私たちのために泣いてくれたのね」

「それは嬉しいですわ」

「だって……そんなの、当り前じゃないか」


 目尻の涙へと指先を送った。


(ごめんなさいシルビアさん。もう少しだけ、時間をください)


 ひと掻きしてそのままそっと指の背で涙を拭う。


「二人とも、ちょっとだけいいかな?」


 ゆっくりと歩み寄り、まじまじと二人の顔を見る。その表情はいつも通り。


「時間がないから今は詳しく聞けないけど、今モニカの中の魔王因子はどうなってるの?」


 ヨハンの問いを受けたモニカは、一瞬だけきょとんとしたのだが、すぐに笑みを浮かべて指を二本立てた。


「それはもう全然問題ないわ。たぶん、だけど」

「いえ、恐らく間違いありませんわ。どうやら教皇が全て抜き取ったようですもの。ですので、あとはこの場を切り抜けるのみですわ」

「そっか……そうなんだ」

「「えっ!?」」


 勢いよく二人を抱きしめるヨハン。


「えっ!? ちょ、ちょっとヨハンってば」

「い、いきなりどうしましたの?」

「良かった。本当に良かった。何がどうなったのかさっぱりだけど、これで……これで……――」


 声を震わせているヨハンを見て、モニカとエレナは目を合わせると小さく頷き合い、ヨハンの背にそっと手を回す。


「もう、仕方ないわね。ヨハンがこんなに泣き虫だなんて思わなかったわ。でもありがとう。心配かけちゃったね」

「ええ。本当に生死の境を彷徨ったのですが、こうして無事に戻ってこられましたのも全て彼女のおかげですわ」


 彼女――水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン。


「ありがとう。クリス」


 二人から手を離し、振り返りクリスティーナを見る。


「……いえ、どういたしまして。お役に立てて、良かったです…………」


 笑みを見せながら言い終えるクリスティーナは前のめりに倒れた。



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