第六十九話 モニカvsニーナ
入学式の翌日、早朝から学内の鍛錬場の中央でモニカとニーナは向かい合っていた。
鍛錬場は魔法実技試験の時ほど大きくはなく、石造りの楕円形に作られている。
モニカもニーナも共に手には訓練用の木剣を手にしており、ヨハンとエレナとレインは練武場の外壁の外に作られた客席から見守っていた。
「謝るのなら今の内よ?」
モニカがニーナに確認をするように声を掛ける。
「別に本当のことを言っただけだから謝る必要はないと思うんです」
「ほんと生意気ね」
「お姉さん、確かモニカさんって名前でしたよね?」
「ええそうよ」
ニーナは薄く口角を上げて笑った。
「ねぇモニカさん、良いこと教えてあげましょうか?」
「何よ?」
教えられることなどあるだろうか。
目の前のニーナは直立した体勢で剣をだらりと下げている。
「冒険者ってね――」
若干疑問に思っていると、ニーナはスッと身体を前に倒した。
「――実力が全てなのよ!」
そう言い放った瞬間、ニーナは一気に地面を踏み抜いて一直線にモニカに向かっていく。
「――速いッ!?」
入学式で他の学生を倒して回ったその圧倒的な瞬発力を発揮して、手に持っている木剣をモニカの顔を目掛けて下段から振り上げる。
「(……確かに速いわ。でも――)」
だがモニカはその間合いを十分に見切り、顔を少し後ろに下げて鼻先でそれを躱した。
「えっ!?」
ニーナは驚くも、それ以上に驚いたのはニーナの木剣を躱したのと同時にモニカは下段から木剣を振り上げる。
モニカの踏み込みが十分ではないが、ニーナの突進力が尋常ではないので、モニカはその下段からの木剣をただ振り上げるだけでニーナに甚大なダメージを与えられることをわかっていた。
「くっ!」
しかしニーナにもそれは見えており、真っ直ぐに突進した勢いは止められないが、踏み込みに力を込め、上空に跳ね上がる。
そしてモニカの後方に回り込んだ。
スタンと軽やかに着地して真っ直ぐにモニカを見るのだが、ニーナの額には冷や汗が流れる。
目の前には余裕綽々の顔をしてこっちを見るモニカ。
「(なに、この人? 今の剣捌き…………物凄く自然に振り切られていた…………)」
淀みのない剣筋を放った人物、モニカの堂々とした佇まいに綺麗な姿勢でいるその姿に思わず目を奪われてしまう。
その姿勢には先程までの隙が見当たらない。
「あれあれ?ニーナちゃん、どうしたのかな?来ないのかな?もしかしてもう終わり?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
だが思考が追い付かない。
ニーナは最初の一太刀で決めるつもりだったのだが、躱されたどころか反撃までされたのだから。
「ふーん。でも、来ないなら……次はこっちから行くわよ!」
今の一連の動きに思考を巡らせていると、モニカの方から仕掛ける。
「――ちょ!?」
モニカはニーナに間合いを詰め、木剣を振り下ろした。
ガンッと鈍い音を立てる。
「(お、重い……)」
ニーナは踵でグッとしっかり地面を踏み、振り下ろされる剣を受け止めた。
押し返そうとするのだが押し返せない。
「どうしたの?ほら、打って来ないのかしら?」
「(なッ!?なんなのこの人)」
ガンガンと何度も振られる剣に対して反撃する隙が見つからない。
防御一辺倒になる。
「くっ、なら一度距離を取れば!」
正面からまともに押し返せないなら一度体勢を立て直そうと後ろに跳ぶ。
「遅いわよ」
ニーナが後ろに跳べばモニカは逃すことなく再度間合いを詰めた。
「あたしに付いて来れるの!?」
左に跳べば左に、右に跳べば右に。ニーナはモニカの高速剣に対して防戦一方になる。
「で、でもいつまでも守っているわけじゃないわ!」
モニカの剣戟の隙間を縫って、かろうじてニーナが繰り出したその突きは確かにモニカの右肩を的確に捉えていた。
だが、モニカはその剣に対しても柄で剣の腹を払う。
そのまま伸びきった腕を目掛けて下からニーナの二の腕目掛けて払った。
伸びきった腕から木剣は手放され空中を舞い上がる。
「――うげっ」
カランカランと音を立てて木剣は地面に落ち、ニーナは腹部に衝撃を受けた。
右手で剣を振ったモニカはすぐさま左腕で勢いのままニーナの腹部に深々と拳をめり込ませている。
ニーナは地面に膝を着き、モニカはそれを見下ろしていた。
「で、どっちの方が強いんだっけ?もう一度教えてくれるかな?」
「こ、この!」
見下ろされたニーナはモニカをキッときつく睨む。
「おい、あの子、話に聞いてたほど強くはないんじゃないのか?」
「何を言っていますの。それはないですわ。モニカのレベルが上がっているからこそそう思うだけで、今の動きを見る限り、半年前のモニカなら恐らく負けていましたわよ」
傍から見ればモニカが圧倒しているように見えた。
「げっ、半年前のモニカって…………その時点で今の俺より強くないか!?」
「当り前じゃないですの」
「それにこれは魔法の使用を禁止にしているからね。もしこれが魔法もありだとしたらあの子の魔法がどうかはわからないけど、そうなるとどうなるかわからないよ?」
ヨハン達はモニカとニーナの動きを場外から見て、ニーナのその実力の高さを評価する。
実際ニーナの動きは昨年のモニカと比べても遜色はなかったのだが、剣の技能に関してはモニカとは顕著な差がそこには現れていた。
「お、おい!見ろあの子!立ち上がったぞ!?まだやる気なのか?」
ニーナは木剣を拾いながら立ち上がり、背後に飛び退く。
モニカは追撃を掛けることなく、笑顔でニーナを見た。
「へえー、根性はあるみたいね。感心感心」
「そうやっていつまでも偉そうにふんぞり返っていられるのも今の内よ!」
「(何かするつもりかしら?)」
まだ何かあるのかと思い、ニーナの様子をジッと見つめていると、ニーナは目を瞑る。
「(これは使うつもりなかったけど、負けるよりはよっぽどいいわ)」
「へぇ……まさか闘気を使えたんだ」
思わず目を疑った。
数瞬後にニーナの身体を薄く黄色い光が包み込む。




