第六話 入学式
「えー、これより冒険者学校入学式を始めます。それでは最初に校長先生からお話しを頂戴します」
司会により紹介された校長が壇上に立つ。すると新入生がざわざわと騒ぎだした。
「あれが校長なのか?」「えーっ、あの人が校長なの」「マジか――」
新入生が口々に疑問を口にして、中には絶句している者もいる。
それもそうだろう。檀上に立ったのは上半身をさらけ出した筋骨隆々の顎髭を伸ばした偉丈夫だったのだから。
あれが……校長?
「えーっ、紹介に預かった校長のガルドフだ。早速だが君達にしてもらいたいことがある」
新入生の自分達に何をしてもらうことがあるのだろうか?
「では今から君たちには戦ってもらおうか」
そう言う校長のガルドフ。
対してあまりの唐突さにあっけに取られる学生達。それを苦笑いしながら見ている教師陣と上級生達。
「あぁ、始まるよ」「さて準備しますか」「何人倒れるんだろうね?」
教師陣と上級生が溜め息を吐きながらそれぞれ配置に付く。
どうやら教師や上級生たちが特に驚かない様子を見せないことから見ても予定の中にあったみたいで思い付きではない様子だ。
「ルールを簡単に説明するぞ。まず相手を死に至らしめることはもちろん禁止だ。相手の実力を判断するのも必要になる。多少の怪我なら教師と上級生により治療が出来る。魔法が使える者は自由に使え。ここは結界を張っており、周囲には被害が及ばない。剣士は真剣は禁止だ。近くの教師から木刀を借りろ。相手は誰でも良い。自由にしろ。ただし、戦わない『何も』しない者は即退学とする。制限時間まで立っていられた者又は負けても実力が認められれば良い。今後の参考にさせてもらう」
「なんだなんだ?」「いきなり戦えってか」と騒然とする新入生達。
周囲の学生達の様子を見ていると大半は戸惑っていた。
「おう、わかりやすくて良い学校じゃねぇか。要は強ければいいんだろ?ヤン・ロンお前らもしっかり戦ってこい!」
入学受付でヨハンとモニカに絡んでいたゴンザと呼ばれていた少年は一人で張り切っていた。
「えぇ!?ゴンザさん、おいらたちは強くないやつを探して戦いますよ?」
「何を弱気になっている!しっかりしろ!――さぁこい!」
どう見てもヤンとロンが自信なさそうにしているゴンザがヤンとロンを叱責し、拳を合わせて前を向く。
「――おいおい、とんでもねぇな、どうするヨハン?」
レインもあまりの展開に戸惑っていた。
「僕はなんでもいいよ。今までお父さんとしか仕合したことなかったからちょっと楽しみだな。みんなどれくらい強いんだろう?」
実際わくわくする。これが冒険者学校なのか。やっぱりさすが実戦的だなぁ。
「…………そうか、お前この状況でも動じないって、案外すげぇのな。うーん、じゃあせっかくだから俺とやるか?」
「えっ!?いいの?じゃあやろう!」
そうしてレインと向かい合う。
「あらぁ、凄い校長先生ですわね」
「そうね、エレナはどうする?私とする?私としたらすぐに倒れちゃうことになるけど?」
「あらあら?モニカは自信があるようですわね。そんなこと言って、モニカが先に倒れることになるかも知らないですわよ?」
「ふふん、言うわね。じゃあやりましょう」
離れたところではモニカとエレナが仕合うことになっていた。
「――準備はいいようだな。では始め!」
ガルドフ校長の合図によりいきなりの開戦となる入学式会場。そこかしこで新入生達が戦いを始める。中には魔法を使えるものも少しばかりおり、火の魔法の爆発や水の魔法が入り乱れていた。
「おらぁ!ほらこいよっ!どうした!?お前らはそんなもんか!?」
そしてゴンザが一人張り切っている。
「さて、じゃあいくぞヨハン」
「うん」
レインが前かがみになり、仕掛けようとしたその瞬間――。
「(……うーん、父さんより全然遅いなぁ)」
レインの目の前には既にヨハンが踏み込んでいた。
「――がっ!?」
レインがヨハンを目の前に認識した時には既に遅く、レインの意識は途絶える。
「ほう、あの小僧がやつらの子か。大きくなったのぉ」
ガルドフ校長が会場全体を見渡し、顎を擦りながらヨハンを見ていた。
「それにあっちの娘二人もなかなかやるようだし――――ん?っと、あの娘は……そうかそうか、あの娘がそうじゃな」
ガルドフは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ててっ」
レインが教師に治療をしてもらい意識を取り戻した頃には既に半分ほどの新入生は同じように倒れていた。
ゴンザの子分のヤンとロンも同じようにリタイアしているのだが、ゴンザはまだ1人張り切って戦っている。
「っつかヨハンのやつめちゃくちゃ強いじゃねぇか。――で、どこだあいつは?」
「んー、あのモニカと張り合えるぐらいだからエレナもかなり強いみたいだね。他にはどうなんだろう?」
周囲を見渡すが他にめぼしい者が見当たらない。
「どこ見てんだよ!――ぐぅ!」
仕掛けられると同時に即座に対応する。すれ違いざまに半身をずらして一瞬の元に斬り倒した。
ヨハンのあまりの速さに相手の目が追いついていない。
「俺がなんとか目で追えるぐらいだから他の新入生にはとても見えないだろうな。あいつあんなに強いのか…………。ところで、あの美少女たちはっと」
レインがモニカとエレナを探すと会場中の視線を集めている場所があり、その中心ではモニカとエレナが剣を交えていた。
「おいおい、あの美少女達もとんでもねぇな…………はぁ、どうなってんだこれは……」
レインは思わず溜め息を吐いて首を振った。
「そこまで!」
ガルドフ校長より終了の合図がされる。
二百人ほどいた新入生は三十人ほどになっており、その中には激しい息を吐きながらも満身創痍で立っているゴンザの姿もあった。
「――気絶した者も目を覚ましたな。さて、君たちはこの冒険者学校に何をしに来たのじゃ?王国は王族や貴族もいて、この冒険者学校にも多少地位あるものもおるが、ここでは何より実力を求められる。魔物との戦闘はいついかなる時も起こりうる。君たちはまだ幼いが、これからこういった突然の戦闘にいつ巻き込まれるかもわからん。時には命を落とす事もある。まだ入学したての君たちには多少酷だったかもしれないが、ここにおる限り必然として君たちは強くなることが求められる。卒業後、人生を謳歌するために精一杯精進したまえっ!!ではこれにて今年の入学式を終了とする」
ガルドフ校長が閉式を行い、ざわざわと多くの人間が会場を後にする。
「エレナ、あなたとても強いのね!」
「モニカこそ。結構本気になりましたわ」
お互い顔を合わせて笑い合っていた。
モニカとエレナは実力が拮抗しており、最後まで決着がつかなかったのだが、他の新入生達よりは明らかに抜きんでた存在であるのは容易に見て取れる。
激しい高速の剣技を交えながら、誰も介入することの適わない二人だけの空間を作るほどなのだから。
そんな中、周囲を見て考え込む。
「うーん、強い子もいたけど、どうなんだろう?わかんないや。魔法はとりあえず隠しておいた方が良い気もするから使わなかったけど……」