第六百九十四話 選択
大きく崩壊する程の戦いを見せている教皇の間。
「ふむ。人間の中でも上位に位置する者たちのようだな」
多少の息を切らせているものの、まだどこか余裕を見せて戦う三人の女性を目にし、ぽつりと呟くガルアー二・マゼンダ。
「ちょっとバニシュ。あんた囮になりなさいよ。その隙に私がトドメをさすわ」
「どうしてあたしがさね?」
「当然だろう。誰のせいでこんな事態になったと思っている?」
「あたしが悪いわけじゃないさね!」
「悪いわよ」「悪いだろう」
「っ…………」
ミモザとバニシュとアリエル。幼い頃に出会ったその当時はバニシュに最終決定権を委ねられていたのだが今では逆転してしまっている。
(あっちは……まだ大丈夫そうね)
ミモザが目線を向ける先にはヨハンとシルビア。魔王の力を取り込んだゲシュタルク教皇と対峙しており、飛び交っている幾つもの魔法。その攻防の速さには素直に驚嘆。
「ヨハンの方ももちろんだが、あの方を誰だと思っているのだ」
「……それもそうね」
特筆すべきはシルビアの魔法の数々。ミモザとアリエルの二人共にしてエリザを通じて魔法の要点を学んだ師。
「なるほど。貴様たちもそれなりの苦労があったのさね」
「その話は今は言いっこなしね」
「ああ」
「それもそうさね。にしても、あっちの二人も大概さね」
反対側に目を向けるバニシュは若干の腹立たしさを感じていた。シンとジェイドの腰にぶら下がっている獣の仮面に見覚えがあるどころか、その身のこなしからしてトリアート大森林で割って入った二人に違いない、と。
そのシンとジェイドは巨大ゴーレムに加え、光の聖騎士の二人を前にして戦っている。正に激戦。
「アスラ様ぁ、そろそろトドメを刺してもよろしいのではないでしょうかぁ?」
「……ええ。そうですね。これ以上は余計な時間でしかありません。ではベラルはアチラの槍使いを。私は剣士の方を」
「かしこまりましたぁ」
中空に幾つもの魔力弾を浮かばせる光の聖女アスラ。
その様子を見る土の聖女ベラル。
(まぁったく。忌々しい程の力だこと)
小さく溜め息を吐いていた。
「ジェイド。どうやら奴さん本気を出して来たみたいだぜ」
「そのようだな」
既に満身創痍。聖騎士二人とゴーレム二体ならまだ対応の仕方があったのだが、厄介なのが後方支援を行っている光と土の聖女の二人。
まるで自我を持つ程のゴーレムを生み出したベラルはそれだけでなく、様々な遮蔽物を出現させ、時にはゴーレムの分離や伴う空中移動などと、ただでさえ巨大な質量が恐ろしいまで物量での凶器と化している。
加えてその隙を狙った聖騎士の踏み込み。高速の剣技を繰り出す白の第一聖騎士と巨大な黒盾を持つ第二聖騎士。攻防一体の組み合わせ。
「ちっ。仕方ねぇ。このままだとどうせ依頼は不履行になっちまうな」
「この状況では仕方あるまい」
倒すことができればそれはそれで良かったのだが、可能な限りの時間稼ぎをしていたのはヨハン達の動き。依頼は学生達を無事に退避させること。
(なんとかなんねぇのかよ)
依頼に忠実故に任務遂行は最低限の責務。だがこのままでは依頼を達成できない。現状依然として生気を失っているモニカとエレナの姿。このまま逃げるように連れ帰ったところでその後生きている保証はない。むしろこのままでは命を失うだろうということは直感が告げていた。
ヨハン達に何か二人を取り戻せる手段が残っているのであれば、と状況を見届けていたのだがそうも言っていられない現況。結論として依頼遂行を諦める。
(あとはアイツらに何かできればだが……)
この場から退くことなく残っている巨大な翼竜とその中に包まれているヨハンの仲間達。
「くるぞッ!」
ジェイドの声が耳に飛び込んでくる中、シンは巨大な岩石を切り裂き、続けざまに迫る剣戟を捌いた。
◆
「な、なんだというのだ?」
投獄されていた風の聖女イリーナ・デル・デオドールなのだが、度重なる振動により牢の鍵が壊れたことに気付き、そうして抜け出した先でここ教皇の間に辿り着いていた。
「この状況は?」
現状の確認をしようと教皇の下を訪ねたのだが、目の前に浮かぶのは明らかな異形に姿を変貌させているゲシュタルク教皇の姿。
「だとすれば、クリスは?」
自身を含め、水の聖女クリスティーナを除いたすべての聖女がこの場に揃っている。だがどこにもクリスティーナの姿はなかった。気になるのはどう見ても自分の部隊である風の部隊の翼竜厩舎にいた巨大翼竜。それがどうしてこの場にいるのかということ。
「何かを守っている?」
いくつもの疑問が尽きない中、見て取れる様子はまるで親鳥が卵や雛を守るかのように大きな翼を内側に折りたたんでいる姿。
「あれは?」
そこでふと探し人の姿が視界に飛び込んでくる。
巨大翼竜の翼がゆっくりと押し開かれるようにして開くと、中から姿を見せたのは水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン。煌々と光を宿していた。
「な、なんという」
イリーナが目を疑うのは、クリスティーナがしている行いについて。禁忌とはまた違う禁断の術。己の命を顧みずに、重症化した者達を救う魔法。
誰に使用するのかということは一目瞭然。地面に横たわっているシグラム王国からの来訪者である少女の二人なのだと。
「早まるな!」
いくら王女とはいえ所詮他国の王女。そこまでして助ける必要があるのかと、イリーナは慌てて駆け出した。




