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第六百九十一話 驚愕

 

 教皇の間を緑の光が埋め尽くす。


「む?」


 その光の下である場所へゲシュタルク教皇が視線を向けると、土の牢がまるで砂解していた。


「あらあらぁ、まさか(わたくし)の魔法が破られるだなんてぇ」

「お前の力もあ奴ら程度に解けるものだったのだな」

「そぉんなことありませんよぉ」


 錫杖を地面に向けている土の聖女ベラル。その先にはバニシュの姿。


「べ、ベラルさま……」

「バニシュもぉ、このように身動き取れなくなっているではありませんかぁ」


 土の縄で拘束され地面に捕らえられている火の聖女。


「ぐっ、ぐぅ」

「それ以上暴れたら死んでしまいますわよぉ? 心配しなくとも、もう一度こちら側に来させてあげますのでぇ」

「べ、ベラルさま、そ、それはいったいどういうことさね」


 問い掛けられたベラルは一瞬きょとんとした表情を見せたのだが、次に浮かべるのは穏やかな笑み。

 頬に手の平を当てながら口を開いた。


「決まっているではありませんかぁ。全ては神の御心のままに、ですよぉ?」

「こ、これが神の望んだことだというのさね!?」

「勿論ですわぁ」

「あなたは、変わられた!」


 かつて向けられたいくつもの微笑み。それは聖女に対する憧れを抱かせてくれるには十分余りある程。


「変わってなど、いませんわ」


 微笑みと同時に放たれた言葉の強さに違和感を得ながら、不意に耳に飛び込んで来る声。


「バニシュ!」

「あら?」


 聞こえて来たのはミモザの声。かつての友の言葉を耳にするのと同時に縛られている土が僅かに緩む。


「だッ!」


 地面に爆炎を放つと、ベラルは驚きながら大きく後方へと飛び退いた。地面より跳ね返って来る熱波がバニシュのローブを僅かに焦がすのだが、縛りが解けたことで立ち上がる。


「大丈夫!?」

「…………」

「遅くなりました」


 遅れて駆け付けるカレン。声を掛けたのはアリエルに対してなのだが、アリエルはチラと後方に視線を向けるのみで、聖騎士二人の相手をすることで手一杯。

 それらの動きを見定めながら、表情を曇らせるゲシュタルク教皇。その横に立つガルアー二。


「のんびりとしておれんぞ。分体が倒された」

「……フンッ。役立たずか貴様も」


 ガルアーニの言葉に対して流し目を送るゲシュタルク教皇。


「それよりもぉ、アレをどうなさいますかぁ?」

「どうやら特別な翼竜だったようだな」


 広々とした教皇の間に突如として現れたのは巨大な翼竜。

 空を飛ぶための翼は広げることなく、むしろ大きく折りたたんでいた。


「クリス! 今助けるぞ!」


 状況をいち早く察知したテトがクリスティーナを収容しており、治癒魔法が施されている。


「申し訳ありません教皇様。少しばかり油断しました」


 教皇に並ぶようにして立つ光の聖女アスラ。


「ふんっ。これ以上邪魔をされぬようなら捨て置け」

「もうよい。どうやら刻は満ちた」


 ニヤリと笑みを浮かべるガルアー二・マゼンダ。


「アスラよ、術の行使は問題あるまいな?」

「勿論です」


 教皇が見上げる先には光を収縮させているモニカとエレナの姿。その中心部には黒い球が浮かんでいた。


「ではアスラよ手はず通りにな」

「お任せください」


 カレン達を一瞥するゲシュタルクは宙に浮かび上がっていく。



 ◆



 異空間通路を抜けていたヨハン達。どれほどの時間が経っているのか定かではないが、ほとんど猶予がないことは状況的には間違いない。


「抜けるぞ」

「はい!」


 シルビアが声を放ちながら白い光に包まれる。

 すぐにその眩いばかりの光が収まると、足元にはしっかりとした地面の感触。教皇の間に戻って来たのだと。


「!?」


 そこで目にする光景に驚愕してしまった。


(いったいなにが!?)


 眼前、視界に映るそこには、翼を内側に閉じる傷だらけの巨大翼竜の姿。それだけでなく、いくつもの傷を負い、共に戦っている姿のミモザとアリエルとバニシュ。

 しかしそれよりも何より目を奪われたのは、ここに来た目的の少女の姿。


「モニカ!?」


 地面に横たわっているその表情は、まるで生気を宿していない。


「え、エレナっ!?」


 モニカだけでなく、エレナにしても同じ。黒と白の光を放ち続けていた二人の少女が同じようにして地面に転がっている。


「へっ、ようやく還ってきやがったのかよ」

「シンさん!?」


 独特な反りを見せる武具を地面に突き刺し、満身創痍の状態のシン。


「何があったというのだ?」


 シンの身体を抱き起しながら問いかけるジェイド。


「んなもんこっちが聞きてぇぐらいだっての」


 シンが睨み付ける先には、光の聖女アスラと土の聖女ベラル。守護するようにして光の聖騎士が二人。


「ふはは。ようやく戻ってきたようだがもう遅いわ」


 笑みを浮かべるガルアーニと、宙に浮かぶのは黒い翼を生やしたゲシュタルク教皇の姿。


「ヨハン!」


 巨大翼竜の翼を力一杯に持ち上げて抜け出ると、慌てて駆けてくるカレン。


「カレンさん、無事だったんだね」

「え、ええ。でも、モニカとエレナが……」


 表情を落とすカレンの様子からして、悪い予感が過った。


「ふむ。その様子だと、魔王の復活は止められなかったようだな」


 溜息混じりにカレンへと問い掛けるシルビア。


「は、ぃ」


 それに対して、消え入りそうな声を発すカレン。


「でもシルビアさん。どうして」

「決まっておろう。あ奴が放つ気配が異常だというのは無論気付いておるだろう?」

「……はい」


 漆黒の翼を生やすゲシュタルク教皇の姿に畏怖すら感じる。恐らく、魔族化なのだろうが、それだけでない何か。


「貴様たちには随分と手こずらされたが、ようやく私も神と同等の力を手にしたのだ」

「どういうことだ!?」


 声を荒げるヨハンに対して、一歩前に出る光の聖女アスラ。


「アスラ様」

「構いませんよリンガード。彼らにも説明して差し上げませんと」

「はっ。差し出がましい真似を失礼いたしました」


 光の第一聖騎士リンガードを後方に下げ、アスラは笑みを見せる。


「教皇様は魔王の器をその身に取り込まれたのです。そして、その力をその手にされました」

「!?」


 突然のアスラの言葉に思わず耳を疑った。



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