第六百八十六話 テトの決意
徐々にその光を大きくさせるモニカとエレナ。対照的な光を放つその様子を見つめるゲシュタルク教皇達。
「!?」
最中、不意の気配を感じ取るベラルが即座に背後へ土壁を作ると、そこへ大きく水の塊が着弾する。
「やはり勘付かれるか」
「あらあらぁ、これはこれはテト様。バニシュを連れて如何致しましたかぁ?」
血を流し倒れているクリスへ視線を向けながらゆっくりと歩いているテトとバニシュ。
「如何も何も、こちらの言わんとしていることぐらいはわかっておろう。のぉ、ゲシュタルクよ」
そのまま杖の先端をゲシュタルクへと向ける。
「ふむ。思い当たることがいくつもあるが、どのことかな?」
「全て、じゃ。全ての状況について説明してもらおうか」
意識を朦朧とさせている当代の水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン。そのクリスティーナには邪教に手を染めたと嫌疑がかけられている。
それだけでなく、神都パルストーンの騒動や目の前の光景であるモニカとエレナのこと。
「説明も何も、見たままなのだが?」
「このくされ外道が。つまり全ての元凶は貴様だったということだな」
その返答から受け取れるのは、言い繕ったり隠す様子の一切が見られない。
「これはこれは、いくら先代水の聖女で私とも長い付き合いがあるとはいえ、口の利き方ぐらいは気を付けてもらいたいところだがな」
「必要なかろう。どうせこのままわたしらは邪教に手を染めた者として処分するつもりだったのだ。それにこの混乱のままに国自体を洗脳していくのだろう? ここにいるバニシュのように」
状況を吞み込めないバニシュは光の聖女アスラと土の聖女ベラルへと視線を向けていた。
「いやいや、これから行うのは洗脳などという生温いモノではない。全ての価値観を覆させるのだ。ただ確かに洗脳などというのはそこのバニシュに施したことだがな」
「教皇様」
「アスラよ。もうあやつは必要あるまい」
アスラが一声かける中、ゲシュタルク教皇は笑みを浮かべる。
「つ、つまり、私は謀られた、と?」
「ふむ。その表現もまた違うな。世の全ての価値はすべからく上位の者が結論を下す。貴様もその通り信じていたのではなかったのか?」
「そ、それは……」
確かにその通り。バニシュからすれば現在に至るまで全ての判断基準はこの国そのもの。それは教皇を始め、聖女へと導いてくれたアスラとベラル。
(ミモザ……アリエル………)
困惑しながらチラと背後の昔馴染みに視線を送るバニシュ。
「教皇様。どういうわけか、バニシュの洗脳は解けているようです」
「そのようだな」
「あ、アスラさま?」
モニカとエレナへ錫杖を掲げていたアスラは錫杖を下ろすと振り返り眼差しをバニシュへと向ける。
「バニシュ。残念です。あなたは迷う必要などなかったのですが、その様子を見る限りそちら側に付くというのですか?」
「わ、わたしは……どちら側というわけではなく、パルスタット神の御心に添うのだと」
「ならば迷う必要はありません」
招くような手の動きと誘う笑み。
「つまり、これがパルスタット神の神託なのだと言われるのですか、アスラ様は?」
「その通りです。神はこの状況を望まれました。今、彼女たちの身体を媒介にして世界が統一を図られようとしています」
「彼女たち…………」
見上げる先のモニカとエレナは一層に光を大きくさせていた。
「確かに迷う必要などないな」
刹那の瞬間、モニカとエレナへ向かう水撃。しかしそれはアスラが展開する障壁によって防がれる。
「魔王の復活など、わたしが許すはずなかろう」
可視化する程の魔力を漲らせているテト。攻撃を放っていたのはテトだった。
「ほぅ。ならばどうする?」
「この場で二人とも消してしまおうではないか。なれば魔王の復活などあり得ぬ」
依然とモニカとエレナへ杖を向けるテトの様子に、後方で見ていたサナ達はその行いに驚愕する。
「ふっ。流石はテトだな。弟子の安否よりも国の未来を憂うとは聖女の鑑とも言えよう。だが本当にそれで良いのか? このまま放置すればクリスはじきに死ぬことになる」
「舐めるな。このような事態において自分の身を気遣わせるようには育てておらんさ」
「ふむ。あくまでも邪魔をするということだな」
ゲシュタルク教皇の背後から魔法を放つガルアー二・マゼンダ。
「ならば貴様にはここで死んでもらうしかない」
突如としておどろおどろしい髑髏の瘴気がテトへと襲い掛かった。
バチンと中空で弾ける髑髏。テトによる魔力の波動。
「なるほど。貴様が件の魔族だな」
睨みつける先はガルアー二・マゼンダへ。この場に於いて唯一テトが知らない人物。
「そうとも言えるがそうとも言えない」
「何を言っておる?」
「これは利害の一致に他ならないからだ」
「どうやら話していても無駄なようだな。ならば貴様たちを全て処断し、そしてクリスを助けさせてもらおう」
「ふざけたことを。貴様にはもう聖女としての権限などない」
「それはこのような状況を招いている貴様たちにも言えることだ。手を貸せバニシュ」
「う、むぅ」
いくつもの水の塊を中空に生み出し浮かばせるテト。
追随する様にして、仕方なしとばかりに同じようにして中空にいくつもの火の粉を噴き上がらせる火の聖女バニシュ。
「加勢するぞ」
「アリエル!?」
上方から降り注ぐようにして着地するアリエルは地面を大きく砕く。
「私もまだ物足りなくてな」
「どうやら鼠がまだいたようだな。よかろう。絶望をその胸に刻み込め」
そうしてその場にはいくつもの魔法が飛び交う戦場と化した。
◆
「カレン先生!」
突然飛び込んでいったアリエルの後を追うことさえできずに見送ることしかできなかったサナ。
「今は我慢するのよ。私たちには何もできないわ」
「で、でも」
このままではどちらが勝とうがモニカとエレナはどうにかされてしまう。
とはいえ、地下水路の戦いで魔力を大きく消耗させてしまっていた。ウンディーネも顕現させるだけの魔力を維持することができずに精霊界へ還っている。
(アリエルさんが時間を稼いでくれている間に)
アリエルが考えもなしに飛び込んだわけでもないことはわかっていた。
今はこの土の檻からニーナ達を解放することが先決。カレンにしても微精霊の魔力を借りていくらか戦闘自体は可能なのだが、ここで後先考えずに戦闘に加わってしまうと万が一の時に守るための障壁が展開できなくなる。
今できることはミモザ達を解放して、全員で救出に向かうことが最善。
(もう! こんな時になにしてるのよ!)
この場にいないヨハン。ゴンザによって別の場所へと連れられたらしいのだが、未だにどちらともに姿を見せないということは恐らくまだ戦っているだろうということ。早く姿を見せて安心させて欲しい。そしてこの場を切り抜けるために最前線に立って欲しい。
◆
「へっ。あっちは随分と楽しいことになってるようだな」
薄暗い空間の中、笑みを浮かべるゴンザ。
「……ゴンザ。覚悟して」
次の瞬間には鋭く踏み込む剣戟。響き渡る金属音。
「ようやく本気を出す気になったようだな」
「ああ。もう、僕も決心したよ」
今すぐにでもここを出て三人を救わなければならない。そのためにゴンザを殺す結果になっても仕方ない。
(ごめんクリス。辛い目に遭わせて)
先程目にした、血を流して横たわっているクリス。加えてテトの心情を慮れば今すぐにでもクリスの治療をしたいに決まっている。
だが、テトは心を鬼にしてクリスの救助を後回しにする覚悟で臨んでいた。




