第六百八十五話 黒と白の光
「この感じ……」
土の檻から解放しようと干渉していた。
しかし十分ではない。まだ何かが足りない。
「あらあらぁ、いけませんわよクリス」
「あっ」
ググっと伸びる土の縄がクリスティーナの首を掴み、持ち上げる。
「ぐぅ、ぐぅうう」
「今は大人しくしてもらえませんとぉ。せぇっかくここまで来たのですからぁ、最後まで見届けたいでしょう?」
「み、見届けるって、い、いったいなにを」
悶え苦しみながら視線をベラルに下ろすクリスティーナ。パッと土の縄が砂のようにして溶けるとクリスティーナが膝を着いた。
「もぉちろん、神の顕現に他ならないでしょう」
「か、かみの?」
息苦しさを覚えながら、教皇に連れられたエレナの背中――その奥に見えるモニカの姿を視界に捉える。
(ど、どういうこと?)
モニカが魔王の器だという話。クリスティーナが捉えるモニカへと集まっている邪悪な感じも間違いなくそれを否定するものではない。それが神とどう繋がるのか。
「ワレが元の姿に戻ればこれぐらいわけなく壊せるガ?」
「何言ってんのよ。そんなことしたらみんなぺちゃんこになっちゃうじゃない」
「むぅ。ならばどうすル?」
「とにかく、ここを無事に切り抜ける何かをしなければならないの!」
「抽象的過ぎるナ」
とはいえ、ギガゴンも他に方法があるわけでもない。静かにその動向を見守る。
(お姉ちゃん。あたしが助けてあげるからね)
ニーナが魔眼を通して視るミモザの様子。しかし焦燥感に駆られるのはモニカへと集まっている黒い魔力の渦。禍々しさ。
それはパルストーン中に流れる負の感情。
「おねがい。無事でいて」
祈るようにして力強く檻を握りしめる。
「……モニカ」
そうして十字架に吊るされるモニカの前に立つエレナ。見る限り、モニカは意識を失くしていた。
「それで、何がお望みですの?」
きつく睨みつけながら教皇に振り返る。
「なに。そんなに難しい話ではない。エレナ王女にはしてもらわなければならないことがあるのでな」
「それはわたくしをここまで泳がせていたのと関係ありますのね」
「さすがは聡明な王女だ。その通り。アスラ」
ゲシュタルク教皇に声を掛けられた光の聖女アスラ・リリー・ライラック。
「はい」
高々と錫杖を掲げると、エレナを取り囲む光の粒子。即座に包み込むようにして光の膜に覆われた。
「これは――」
何が起きたのか認識するよりも先にエレナは頭を垂れるようにして意識を失い、次にはふよふよと浮かび上がるとモニカの正面で停まる。
「教皇様!?」
突然の出来事に目を見開くクリスティーナ。
(このままではいけない)
何かよからぬ予感が胸中を駆け巡った。
「なにをなさるおつもりで!?」
「おお、クリスよ。お前はよく働いた。本当によく、な。お前のおかげで計画が随分と順調に運んだ」
「けい、かく?」
不気味な笑みを浮かべるゲシュタルクの様子に寒気を覚えるクリスティーナ。
「いくらか不測の事態もあったが、なぁに、お前の貢献を考えれば誤差の範囲内だ」
「何を言っておられるのですか?」
「ここまでご苦労だったクリスティーナ・フォン・ブラウンよ」
クリスティーナへと指を一本伸ばすゲシュタルク教皇。
「!?」
直後、指先より伸びるのは一筋の黒の閃光。
「がはっ」
そのままクリスティーナの胸を貫く。
「きょう……こう…………さま?」
ドクドクと血を流しながら前のめりに倒れた。
「あらあらぁ、よろしかったのですかぁ? これほど頑張ったクリスを」
「心配ない。急所は外してある」
「あらぁ。そうですの?」
「ここまで働いてくれたのだ。ならば命を落とす前に自分が招いたことの結末ぐらいは見届けられるだろう」
「さすが教皇様。お優しいことですわぁ」
「それよりアスラ。首尾はどうだ?」
錫杖を掲げ続けるアスラに声を掛ける。
「確かに素晴らしい魔力の同調率です。流石は双子なだけありますね」
共鳴する様にして黒と白の光を放つモニカとエレナ。
「ふむ。少し早いかとも思ったが上々のようだな。ガルアー二殿」
ゲシュタルクの背後より浮かび上がる黒い影。すぐさま色味を帯びると、そこにはガルアー二・マゼンダが姿を現した。
「ああ。感じるぞ、小娘の中で魔王様の力が溢れてこようとしているのが」
モニカを包み込む黒の光。反対に、エレナを包み込む白い光。その様子を視界に捉えながら、ガルアー二が腕を伸ばす。
相反する光の中心に生み出されるのは小さな黒球。
「なにが、起きてるの?」
目の前の光景にミモザもまた驚愕せずにはいられなかった。明らかに異様な光景。
「はやく、はやくここを抜けないと」
手遅れになるのだと、現役を離れたことによる錆びついた直感とはいえ警鐘を鳴らしている。
「大丈夫ですか?」
「え?」
不意に小さく聞こえる声。
「カレンちゃん!?」
「しっ。静かにしてください」
「あつ、ごめんなさい」
隠れるようにして檻の背後に姿を見せたのはカレン。
「どうしてここに?」
「地下水路を抜けて、悍ましい気配を感じましたので」
「そう」
地下水路を上り切った先は光の塔の近くの庭園。そこで微精霊による波動を感じてこちらへ向かっていた。
「ふむ。捕まるなどと、情けないな」
上から下まで見下ろすアリエル。
「う、うるさいわね! しょうがないじゃない!」
「だ、だから静かにお願いしますって」
「あっ、ごめんなさい」
こんな状況だというのにいつも通りのやり取りを行う二人の豪胆さには呆れるしかない。
「あっ! カレンさん!」
カレンを目視して大きく声を発するニーナ。
「ちょ!? ニーナ! しーっ!」
再三の騒がしさ。慌てて指を口元に当てるカレン。
「ん? 何を騒いでおる。お前達には歴史の証人になって死んでもらわなければならないのだ。静かに見ておれ」
ゲシュタルク教皇が檻に目を向ける中、バタバタと転げまわっているニーナはサイバルの魔法によって口を塞がれていた。
「よかった。気付かれていないようね」
ほっと静かに息を吐くカレン。
「どうしますか。テトさん」
「ふむ。これは厄介じゃな。わたしでも解放するのに相当な時間がかかる」
テトが土の檻の性質を解析する。しかし悠長に時間もかけていられない。
「もう少し時間があれば抜けられると思うのだけど…………」
チラとミモザが視線を向ける先には血を流して倒れているクリスティーナ。テトの心情を慮れば居た堪れない気持ちになるのだが、見る限りテトは冷静。
「ごめんなさい。彼女を守れなかったわ」
「いやなに。クリスも非常時には己の命を投げ出すぐらいの覚悟はできておる」
「…………」
確かに水の塔の最上階で土の聖女ベラル・マリア・アストロスを見殺そうとしたことからしてもその覚悟は伝わっていた。
「だがとはいっても見捨てるつもりもない」
「どうしますか?」
カレンの問いかけ。周囲を見回すテトはここまで行動を共にしていた火の聖女バニシュ・クック・ゴードの腰に手を送る。
「仕方あるまい。時間ならわたしとこやつで稼ぐ。クリスも助けてやらねばならんのでな」
眼前で起きている状況を信じられない眼差しを以てして見つめているバニシュ。
「この状況で一番時間を稼げるのは恐らくわたしらしかおらんでな。その間になんとかしておくれ。ほれいくぞい」
「わ、わかっておる。私に指図するな」
前に歩く元水の聖女テトと火の聖女バニシュ・クック・ゴード。




