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第六百七十七話 問

 

「いまの、あの翼竜が?」


 壁の上に立つ獣化したレオニルが向ける先にはニーナが何やら話し掛けているところ。


「すご、い」


 通常、翼竜が魔力弾を放つなどあり得ない。

 竜種の中でも翼の生えた蜥蜴と揶揄される程。できることといえば空を飛ぶことと、獰猛な牙を持つことぐらい。魔力を扱える翼竜がいるなど、聞いたこともない。

 それが、どういう理由にせよカイザス目掛けて魔力弾を放ったのだから。


「っ! 今ならっ!」


 呆気に取られているのは自分だけではない。カイザスにしても同じ。

 油断しているカイザスよりも更に上空へと跳躍するレオニル。


「やあああああッ!」


 長槍を大きく振り下ろした。


「ぐっ!」


 漆黒と化した翼竜ごと外壁の向こう側へとカイザスを叩き落とす。


「惜しかったですね。レオニル様」

「……浅かった」


 地面へ叩き落とすことに成功はしたものの、ダメージは軽微。

 すぐさま飛び立たれた。


「今はあなたの相手をしている暇はありません」

「待ちなさいッ!」


 再び上空へと向かわれると不利なだけ。広々とした厩舎周りよりも、遮蔽物の多い街側の方が跳躍する為の足場も多い。


「はああああああッ!」


 後でどうなろうとも構いやしない。今はカイザスを倒すことに全力を出すしかない。


「なにッ!?」


 金色の体毛を逆立てるレオニルは高速でその場を大きく動き回る。


「死ぬつもりですか?」

「元よりそのつもりだと、初めに言ったはずです!」


 元とはいえ、聖女を務めた責任をここで果たさないと、いつ果たすというのか。


(イリーナ。クリスティーナ。あとは頼みましたよ)


 会うことが適わなかった後輩の聖女二人。しかし彼女たちであれば必ず成し遂げてくれるはずだと。


「あなたは私がここで倒します!」

「ぐっ、死にぞこないが!」


 厩舎の外側で起きるレオニルとカイザスの戦闘。激闘。


「ギガゴンってしゃべれたの?」

「…………」

「教えてくれないんだ。いいもんべつに。んで? 聞かせろって、なにを?」

「…………先ほド、どうしてあの幼子を守っタ?」

「え? 幼子?」


 とんと覚えがない。

 顎に指を当て、上方を見上げながらここに来てからの諸々を思い出す。


「あっ、幼子って、さっきのちっちゃ竜のことか」


 僅かの時間を要して理解した。


「えっと……――」


 質問はどうして守ったのか。


「――……どうしてって言われても、理由なんてないよ?」

「理由がなイ?」

「うん。だって守れる命がそこにあったから守っただけだし」


 あっけらかんとしたニーナの返答に僅かにその眼を細める。


「……ならバ問おウ」

「なに?」

「お主ハ人間だろうガ、獣人だろうガ、魔物だろうガ、竜だろうガ、命ハ平等だと思うカ?」

「何言ってんの? わかるわけないじゃんそんなの」


 質問の内容が理解不能。


「そうカ……――」

「だって」


 ただ、あくまでも本質がという意味で。


「命が平等だなんて、誰が決めるの?」


 歴史上では上下関係がある。しかしそれはあくまでも人間の定めた上下関係。

 だからこそ獣人はかつて獣魔人として蔑まれていたことがあるし、エルフも人間とは異なる見解を持っている。

 パルスタット神聖国に於いては、教義により命は等しく平等という教えはあるが、ニーナからすれば正直そんなことはどうだって良かった。


「ならバ、お主は平等ではないト?」

「だーかーら、そんなのわかんないって言ってんじゃん」


 命の価値。そのことについては考えないこともなかった。だからこそニーナは食事に対して真摯に向き合っている。


『グルルルッ』

『あ、あたしを食べる気、なんだ』


 かつて父リシュエルに置いて行かれた初めての夜。森の中で遭遇した獣との戦い。

 その時は気が付いたら獣が死んでいて、いくつもの深い傷を負いながらもなんとか生き残っていた。そうしてその肉を食べた時のことは、何年も経った今でも忘れられない。


「それで言うなら、あたしは生きるためにこれまでにいくつもの命を奪ってきたしね。でも必死に生きる命をバカにする気もないし。だって、誰だって死ぬのは嫌だしね。だから、あたしも生きるために戦うんだよ」

「…………」


 食べ物に対する感謝。命を分け与えてくれている。


「もちろん今だってね」

「……そうカ」


 笑みを浮かべるニーナを見るギガゴンは目を瞑る。


「あっ、でも今別のとこで戦ってるお兄ちゃんなんだけど、お兄ちゃんはもちろんお姉ちゃんのために戦ってるから、全部が全部自分のためだけってわけじゃないけどね」

「何ヲ言っているのかよくわからぬガ」

「ってか、乗せてくれないんだったらもういいや。早くレオニルさんを助けにいかないと」


 グッと屈み地面を踏み抜こうとする。背中に猛烈な痛みを感じるのだが、幼い頃に森で死にかけたことを思えばそれには遠く及ばない。


「え?」


 グイっと首裏に感じるゴツゴツとした感触。


「ギガゴン?」


 襟を噛まれて持ち上げられるとそのまま背中に乗せられる。


「誰モ乗せてやらんとは言っていないだろウ?」

「ギガゴンっ! さっきの質問の意味は全くわからなかったけど、実は良い子だったんだね!?」

「フハハッ! ワレを良い子と呼ぶカ。気に入ったゾ娘ヨ。今だけはワレの背に跨ることを許可しよウッ!」


 バサッと大きく羽ばたかせる翼。


「ひゃあ!」


 地面から浮かび上がると物凄い速さで上空へと舞い上がった。



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