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第六百六十八話 閑話 アイシャの好奇心②

 

「やっぱりこの辺はお店って少ないのね」


 現在歩いているのは中央区の入り口付近。時間を持て余していたこともあり、せっかくなのでセリスに何か買っていければと考えたのだが、中央区のほとんどは高級店が少しある程度でほとんどは貴族や豪商などの富裕層の居が立ち並んでいる。早朝ということもあり、そもそもまだ開店していない。


「うーん、まだ時間もあるし、ちょっとぐらいならいいよね?」


 それならばと、せっかくなので商業地区である東地区に足を運ぶことにした。むしろそちらの方が手持ちのお金を考えると良い。


「いらないって言ったのに。ネネさんとイルマニさん、優しいから」


 屋敷で使用人とまではいかないが料理を中心としていくらか働かせてもらっていることもあり、日払いで給金が出ていた。


「なんだか楽しくなってきちゃった!」


 そうして軽やかな足取りで中央区から出て行く。


「おい、あいつ」

「ああ。好奇心旺盛なガキだな」


 そのアイシャの様子を路地裏から見る男二人。人攫い。

 元々は村娘のアイシャ。しかし今は違っていた。外見上は特に。


「こいつぁツイてるぜ」

「どこのガキだろうな」


 ネネの趣味もあり身なりは貴族が着るような綺麗な服をあてがわれている。結果、男達からすればそういった一人で出歩く子女は格好の餌食。



「――……あれ? さすがに時間が早過ぎたのかなぁ」


 東地区でもほとんど開いていない。結局手に入れられたのは綺麗な水晶玉のみ。寂れた露店で売っていたのが目に入り買っていた。


「前にニーナさんが歌ってくれたようなメロディストーンみたいなのがあればいいのだけど」


 あの時は本当に助けられたものだと、今思い返してみてもそう思う。同時にニーナの歌声には心の奥底に響く、どこか感動させる何かがあった。そのメロディストーンも希少品。


「はぁあ。早くお店開かないかなぁ」


 空の木箱に腰を下ろして頭を悩ませている。

 そうして時間を潰しながら水晶玉越しに人通りの少ない往来を見ているのだが、楽しいことがあるわけでもない。行き交っているのはほとんどが行商人。荷の輸送を行っているのみ。


「あれ?」


 目の前を通った馬車に施されている紋章がふと目に留まった。


「あれって確か、ヨハンさんのところと同じじゃ?」


 ヨハンの後見人を担っている四大侯爵家の一つカトレア家の紋。


「もしかして、ヨハンさん実は凄い生まれだったりして」


 もしそんなことがあればきっと楽しいのにと、あるはずのない妄想を膨らませる。


「それにしても暇だなぁ。もうちょっとのんびりしてから行けば良かったかな? でもそれだとネネさんにバレちゃうかもしれないし」


 小さく溜め息を吐いているアイシャの背後からぬっと伸びる手。


「!?」


 口を塞がれる。


「むぅっ!」

「ぶっ殺されたくなければ静かにしろッ!」


 図太い男の声に思わず身体を硬直させた。すぐに自分の身に起きた事態を察する。

 しかし察したところでどうすることもできない


(ど、どうしよう……だ、誰か助けて)


 足をバタバタと動かし、手に持っていた水晶玉を落としてしまった。そのまま影の中へと引きずり込まれる。


 ガラガラと走る豪華な装飾が施された貴族の馬車。馬車の後方にある窓から外を見ているのは少年。


「ん? 止まれ」


 ふと疑問が浮かび馬車を停止するように声をかけたのはカールス・カトレア侯爵の血縁者に位置する伯爵家の長男であるマリウス・カトレア。

 そのマリウスが早朝から王都を訪れている目的の場所はランスレイ家。孫娘のセリスに呼び出されていた。


「坊ちゃん? 如何致しました?」

「いや、少し気になることが」


 先程通り過ぎる時には馬車の横の窓には小さな少女――アイシャが見えていた。ふと引っ掛かったのは自分と似たような年齢というだけでなく綺麗な水色のドレスを着たその身なり。

 馬車のドアを開け、先程アイシャが居た場所を見る。


「いない?」


 こんな早朝に浮浪児ではなく衣装を見る限り裕福そうな子がどうしていたのか。そして何故今はいないのか。


「さっきまであそこにいた子はどこにいった?」

「そういえば幼子がいたような、いなかったような」

「頼りにならない奴だな。女の子がいただろう?」

「そんな子いましたかな? 申し訳ありません、私は覚えておりませぬ。見間違いでは?」

「そんなはずないだろう」


 地面に下りるなり少女――アイシャがいた場所へと向かうマリウス。


「これは?」


 そこで地面に落ちていたキラッと光る小さな玉を手に持つ。


「やっぱりいたんだ」


 少女が持っていたであろう水晶玉。きょろきょろと周囲を見回すのだがやはりどこにも姿がない。


「ちっ!」


 慌てて馬車に戻るマリウス。上半身だけ馬車の中に突っ込むと椅子の下から取り出したのは護身用の剣。


「そ、そんな物を持ち出してどうかされましたか?」

「人攫いだ! 俺はあの子を助けに行くッ!」


 先程見回した際に路地裏の奥に微かに見えた人影。言い捨てるなりマリウスは路地裏に向かって駆け出した。


「ぼ、坊ちゃん、セリス様とのお約束は!? い、いえ、それよりも危険です!」

「大丈夫だ。モニカお姉ちゃんとヨハンお兄ちゃんに鍛えてもらった剣術があるんだからな! そこいらの奴には負けないよ! セリスには少しだけ遅れると言っておいてくれ!」


 執事の制止を聞くこともなく姿を消す。


「どどど、どうしましょう」


 あわわと口に手を当て動揺する執事は周囲を見回していた。


「はぁ……はぁ……はぁ……あれ? セバス?」

「そなたは、もしかしてネネか?」


 息を切らせる使用人姿の女性を目にする。


「久しぶりね」

「ええ。お久しぶりです」


 軽く挨拶を交わすのだが、二人してすぐにハッとなった。


「大変なのです! マリウス様が!」

「ねぇねぇ! これぐらいの小さな女の子見なかった!?」


 同時に口を開いて共に探し人のことを口にする。



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