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第六百六十五話 命の炎

 

「いきなり何言ってやがんだあのやろうは!」


 生きるか死ぬかのような戦闘中に突然耳に入って来た生意気な少女の声。聞き慣れた声であり、言葉の意味も理解できるのだが、どのような表情で告白(その言葉)を口にしたのかが想像できないでいる。見たくても顔を向けることができない。少しでも隙を見せれば死ぬ。


「そろそろ遊ぶのも飽きたな。私も暇ではないのでね」


 猛る炎の鞭。まるで三つの頭部を持っているかのよう。


「やはり最初に魔力切れを起こしたのはお前だったな。落ちこぼれよ」

「ぐぅっ……――」


 リオンの水を宿す魔法剣では鞭一本凌ぐのがやっと。しかしそれももうここまで。


「――……すまない、クリス」


 ぽつりと小さく呟いた言葉がユリウスの耳に入る。

 直後、激しく地面を叩く三つ又の鞭。地面を溶解させながら入る亀裂。


「安心しろリオン。私がバニシュ様に懇願してクリスの命だけは助けてやろう。その代わり、貴様には死を与え、クリスには私の下で奴隷としての身分しか保証してやれないがな」


 上方に振り上げながら、三つ又の鞭を束ねていた。そのまま迷うことなく真っ直ぐに振り下ろす。


「チッ」


 しかしリオンが押し潰されることはない。小さく舌打ちするのは間に入っているレインとナナシー。

 必死に闘気を通わせる両の短剣を交差させて束ねられた炎の鞭を受け止めていた。そのレインの背後にはナナシーが魔力を流している。膨大な魔力を持つエルフのナナシーであるからこそなんとか耐えられていた。


「大丈夫?」

「た、立てるかよ?」

「ふ、二人とも、どうして……?」

「どうしたもこうしたもあるかよ! ここまで来て簡単に死なれたら何のために戦ってたんだって話じゃねぇかよ!」

「レインの言う通りよ! それに、あなたにはまだしてもらわなければいけないことがあるのよ。ここを切り抜けて、私たちを逃がすっていう仕事がね!」

「そう、いうこった!」


 自身の危険を顧みない二人の行動を目にするリオンはどこか不思議な面影と重なる。まるで知らない誰かなのだが、遠い記憶の向こう側にでもあるかのように、エルフと人間のその二人。

 思わず見入るその様子なのだがすぐに首を振った。今はそれどころではないのだと。


「二人に願いがある」


 ゆっくりと立ち上がるリオン。その手に持つ騎士剣に迸る蒼い光。僅かに白い光を含めながら灯している。


(あれは……)


 間違いなく至高の魔法剣。ナナシーが視るリオンの騎士剣が宿す魔力は透き通る程の美しさを誇っていた。まるでユリウスの魔法剣とは対照的な色味。

 さらに――。


(……命の炎)


 聞いたことがある程度。だが間違いないと断言できる。

 限界まで魔力を使い切ると、魔力欠乏症に陥り魔法が使えなくなるものなのだが、ただ一つだけ方法があった。

 蒼に含まれる僅かな白い光がそうなのだろう、と。リオンは今正に命を燃やしている。


「兄は刺し違えてでも私が倒す。だから、クリスティーナ様をお前達の国で匿ってもらえないか。もちろん勝手な願いだということは承知している。だが、国どころか頼る家すら持ち合わせていない私にはお前達以外に頼る者がいないのだよ」


 スッと中段に剣を構えるリオン。


「へっ。やなこった」


 薄く口角を上げるレイン。

 次にはググっと持ち上げられ始める束ねた鞭。


「なに? どこにまだこのような力が?」


 その力強さに僅かに驚きを示すユリウス。


「レイン?」


 レインの背中へ魔力を流しているナナシーだからこそはっきりとソレが感じられた。


「だ、だめっ! レインっ!」


 ユリウスの炎の鞭を押し返し始めた力強さの原因。レインが何を犠牲にしているのかということ。リオンと同じ命の炎を魔力へと昇華させている。


「てめぇはナナシーとあの生意気な公女様を無事にこっから逃がすって任務があるだろうがよぉ、なぁ聖騎士さんッ!」

「だめぇっ! レイン! やめてぇっ!」


 大きく息を吐き出しながら短剣に魔力を激しく流し込むのと同時に、ナナシーの視界が白く明滅した。まるでレインが最後の命の炎を燃やしきるかの如く。


「あ…………――」


 ナナシーには一瞬何が起こったのかわからなかった。いや、その場にいる誰もが何が起きたのか理解出来ないでいる。


「ば、バカな……」


 呆然とするユリウス。三人まとめて燃やし尽くそうかというところで、不意に三つ又の炎の鞭が両断されていた。


「へ?」


 しかし一番驚いているのはレイン自身。両断したのは誰でもない自分自身。


「レイン、それ、どうなってるの?」

「さ、さぁ?」


 両の手の平を見てもよくわからない。

 わかっているのは湧き上がる魔力。枯渇寸前だった魔力が今ではまるで砂漠に沸いた泉かの如く噴き出している。


「まに……あった…………」


 ただ一人だけ、大広間で起きた事態について理解しているマリン。浅い息を絶え間なく漏らしていた。


「おまえ、いまの」


 シンが呆気に取られるのは、突如として膨大な魔力を噴き出したマリン。かと思えば、向かった先は真っ直ぐにレインへと。

 数瞬遅れてレインとナナシーも誰によるものなのかということを理解する。彼女(マリン)以外ありえないのだと。


「ったく、おっせぇよ」


 小さく笑みをこぼしてしまうレインの視線の先には、疲労の色を滲ませながらも笑みを浮かべグッと親指を立てているマリンの姿。


「あのさ、ナナシー」

「なに?」

「あいつ、倒して来るわ」

「ええ。よろしくね。私も連戦続きでさすがにもう疲れたから少し休憩するわ。この人を見張りながら」

「ああ。頼んだぜ」


 言い終えるなり地面を一気に踏み抜くレイン。その速さはこれまでの比ではない。圧倒的な速度。


「すげぇ。力が湧いてくるぜ!」


 そうして両の短剣にそれぞれ別の魔力を流し込んだ。初めての試みなのだが、何故かできる自信しかない。


「う、うわああああああああっ!」


 振るい回す三つ又の鞭。不規則な動きを見せようとも、レインの目には正確に終えている。


「だらあっ!」


 ザンッとすぐさま両断されると、既に目の前に踏み込んでいた。


「き、貴様、一体何をした!?」

「ちょっとだけ仲間の力を借りただけだよ」

「ごえっ」


 真っ直ぐに拳を振り抜くと、身体が折れるユリウスは苦悶の表情に顔を歪めながら後方に吹っ飛んでいく。


「ひゃあ。すっげえ威力だな」


 間違いなく能力が上がっているとは思ってはいたものの、想像以上。



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