第六百六十二話 エルフと凡人と聖騎士と
「立てるか?」
「え、ええ」
大広間の中頃のバルコニーでそっと足先からマリンを下ろす獣の仮面の男。
「怪我はないようだな」
「おかげさまで。それよりもあなたは?」
「お前たち学生を救出するように依頼を受けてきた」
「……わたくし達を?」
一体誰からそのような依頼を受けたのかと考えるのだが、そんなことは今どうでもよかった。
「見たところ、かなりの武人と見受けます。良ければ加勢をお願いできますか?」
「ああ……――」
承諾しようとしたところ、下に目線を向けた先にいるユリウスが激しく睨みつけている姿が目に入る。
「――……いや、まだ動けないな」
「どうしてですか!? 彼らも学生ですので依頼の対象ですわ!」
「ならお前がここから避難する方が先だ。あのヤロウは隙があったらまたお前を狙ってくるぞ? 正直なところ、足手まといなんだよ、さっきの身のこなしを見る限りな」
ヨハン達の学年で目ぼしい学生はなんとなくの程度だが覚えていた。学年末試験で善戦したヨハン達のパーティー以外にはあと数人程度。それ以外は記憶にない程なのだが、それでもレインのことは覚えている。危うく殺しかけたところ闘気を扱いだした学生。
「……わたくしだけこのまま逃げるなんてできませんわ」
「だったら大人しくここで俺に守られてるんだな」
「で、ですが、それだとレインは」
「黙ってろ」
「っ!」
仮面を着けているとはいえ、その奥の瞳が凄みを見せていた。言葉を発せない程の威圧感。
「弱いやつは戦場だと死ぬしかねぇんだよ」
溜息を吐きながら言葉にされる。
シンからすれば、それで言うと、助けたとはいえエルフの学生は一定以上の基準を超えていた。
「それに、興味もあるしな」
学年末試験ではいなかった実力者であるエルフに加えて拙いながらも闘気を扱い始めた少年があれからどれぐらい成長したのか。
「…………」
「そんな顔するなっての。最悪死なない程度には手を貸してやるからよ」
「…………」
無言。誰かを頼ることしかできない自分の力のなさがマリンには憎い。
見下ろす先にいる想い人の隣に立つエルフの少女が心底羨ましいとすら感じる。
(どう、して……)
せめて自分だけしか扱うことのできないこの力が扱えれば。
本当に必要な状況で使えない力などあっても仕方ない。発現できない理由はわからないのだが、心の奥底でどこか燻ってしまっている気配が感じられた。
「ほんと、筆頭聖騎士ってどれも化け物みたいな強さをしてるみたいね」
「ああ。それだけじゃねぇ。どうやら魔族化してるみたいなんだ。地下にも魔族がいたしよ」
「ええ。私も戦ったわ。それであの人に助けてもらって、少し前に土の聖騎士を倒してきたところだもの。嫌になるわねあんな強さ。さすが筆頭聖騎士なだけはあるわ」
「……ふぅん」
チラとレインが視線を向けるバルコニー。
「ってか、誰なんだよアレ?」
「さぁ?」
その先には獣の仮面の男。どうしてナナシーと一緒にいたのかという疑問。
「お、おい」
慌ててナナシーへ声を掛けるリオン。
「なに?」
「土の聖騎士とはまさかバルバトス・ティグレ殿のことを言っているのか?」
「ええそうよ。その人も魔族だったわ」
「そんな、まさか……」
「倒したとはいっても私は不意を突いただけで、実際に倒したのはあの人だけど。どっちも信じられない強さだったわ」
「……信じられないのはこっちの方だ。あの方が倒されたというのもそうだが、まさかあの方までが魔族化しているなどと」
「信じられなくたって、本当のことだもの」
「いや、疑っているわけでは……ただ、あまりにも…………」
国内に於ける事態が異常そのもの。だが、これだけ異常事態が続いているのであれば何が起きても不思議ではない。
「あれ? そういえばリオンも筆頭聖騎士なのよね? なのに二人掛かりで勝てないの?」
「言ってやるなよナナシー。筆頭っていってもこいつのとこは一人しかいないんだからよぉ」
「あ、それもそうか。だったら弱くても仕方ないのね」
「…………お前達は私を侮辱しているのか?」
「違うの、そんなつもりじゃなくて、ただ現状確認をしたくて」
「…………そうか」
悪気のないただの言葉。
(正直なのも罪なもんだぜ、ナナシーよ)
放り投げた短剣を拾いながらすくっと立ち上がるレイン。
「おしっ。とにもかくにも、これであいつの安全は確保されたわけだな」
ユリウスと仮面の男が牽制し合っている様子からして仮面の男はマリンを守っているのだと。
「だったら俺達がすることは一つだ」
「ええ。さっさと彼を倒してこの場を離脱するわ」
短剣を構えるレインと蔓を伸ばして刺突剣にするナナシー。加えて遠距離魔法もエルフであるナナシーの得意魔法。
「兄さん、これ以上は不要な争いです。ここは一時」
「然らば、まとめて全員を始末しようではないか」
ボッと剣に炎を宿すユリウス。剣先から立ち上る炎はまるで鞭のようにして三つ分かれて伸びていた。
「くるわ!」
「おうっ!」
「くっ! 的を絞らせるな! 散開しろっ!」
動き始めたユリウスに対して、それぞれ飛び退くレイン達。
三つ又の炎の鞭はまるで意思を持っているかのように複雑な動きを見せながらレイン達へとそれぞれ襲い掛かる。




