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第六百六十 話 割って入るのは

 

「――……ぜぇ! ぜぇ!」


 息を切らせて必死に走っているレイン。大広間の中を、円を描くようにして素早く駆けていた。


「どうした? 早く逃げないと死んでしまうぞ」


 広間の中央にはユリウス・マリオスが幾度も剣を振るっている。

 繰り出しているのは剣技。炎を纏う斬撃。それがいくつもレインとリオンへ飛来していた。近づく事すらままならない。


「なろぉっ! ざけんなよ!」


 直角に方向転換するレイン。意を決して向かう先はユリウス目掛けて。


「フンッ」


 素早く炎の斬撃を繰り出し、正面からレインへと飛来する。


「ぐっ」


 レインは即座に両の短剣に闘気を纏わせ、斬撃を剣先から滑らせるようにしてぎりぎりのところで弾いた。ジッと音を立て、髪を焦がす熱量。

 何度となく迫りくる熱気により体力が奪われ、動き回っていることで汗をかき、喉も乾く。それでも今は動くことしかできない。


「中々の練度だ。リオンを裏切るというなら命は助けてやるが?」

「冗談。できない相談だね」

「ならば死ね」


 直視する真っ赤な目に僅かに怖気を抱いた。後方に飛び退きたいのだがそれは明らかに悪手。踏み込みは十分。もうユリウスは目と鼻の先。この距離が今は一番の安全圏。そうなればあとは回転力勝負。


「だらああああああああッ!」


 グッと力を込めて怖気を吹き飛ばすと同時に全力の剣を繰り出す。レイン自身感じ取っていた。現在発揮している力は普段認識している以上の力が既に出せているのだと。これ以上はどれだけ頑張ろうとも出ない。


(くっそ! くっそ! くっそぉっ!)


 それだというのに目の前の相手、火の第一聖騎士ユリウス・マリオスへはまだ届かない。


「なるほど。距離を詰めれば確かに私も技を出せないな」


 ユリウスが繰り出していた炎の斬撃の性質はレインの読み通り。剣技の極致である剣閃。基本技である闘気を飛ばすその剣閃の派生技。

 高みに近づいていると目するヨハンでさえ光属性と剣閃の同時使用は負荷が相当に掛かり、繰り出した際には反動で肉体に膨大な疲労感を抱かせるのだと。シトラスと戦った時には、全力の二撃によって疲労困憊に陥っている。


「なろっ!」

「若さ、か」


 ユリウスの斬撃の威力は連撃できるようにいくらか抑えられているとはいえ、闘気と火属性の同時使用を事も無げに何度も繰り出していた。ヨハンの技と類似性があるのであれば動き回っているうちに魔力が尽きるかと見込んでいたのだが、その様子はなく、無尽蔵に湧いているように思える。


(異常だろこれ!)


 人魔戦争時のスレイにしてもそうだったが、元の能力が高いと魔族化の影響は相乗効果を発揮する可能性。


「頼むぜ」


 だが、今は一人ではない。


「はあッ!」

「なにっ!?」


 最中、ユリウスの背後からは水飛沫を上げる水の魔法剣を振り下ろすリオン。


「ぐっ!」


 レインに気を取られていたことによりリオンの攻撃に対して僅かに反応が遅れたユリウスは横に飛び退いた。


「浅かった」

「おいおい、せっかく俺が決死の隙を作ったのに決めきらなかったのかよ」

「すまない」


 ユリウスには腕に少しの切り傷を負わすに留まる。


「ふん。やはり出来損ないの貴様は背後からの不意打ちがお似合いだな」

「なんとでも言ってください。今は兄さんを倒すことが先決です」

「二人がかりでも勝てないというのにか?」

「…………兄さんこそ、魔族の力を借りて強くなって嬉しいのですか?」

「何を言っている? 負け惜しみにしても意味がわからないな」


 腕の切り傷がまるで何事もなかったかのようにして塞がっていった。その現象をユリウスは意にも介していない。


「冷静になってくださいっ! おかしいとは思わないのですか!?」

「何もおかしなことはない。ここで貴様を殺すことが私の目的であり、ひいてはこの国のためだ」

「…………にい、さん」


 諦め顔で小さく顔を振るリオン。


「だから言っただろ。魔族化すればどうしようもないって」

「ああ。ようやく私も理解した」

「何をごちゃごちゃと言っている。気を抜いている暇など貴様らにはない」


 グッと前傾姿勢になるユリウス。直後には地面を踏み抜き、レインとリオンへ迫る。


「!?」


 そこでユリウスの視界に飛び込んでくる一筋の光。魔力弾。

 足を止め、魔力弾を切り裂くユリウスは魔力弾を放った少女を見つめた。


「誰かと思えば、公女様ではありませんか」

「おまっ!? なにやってんだよ!」


 荒い息を吐くマリン。


「れ、レイン! わたくしも一緒に戦いますわ!」

「なんで逃げてねぇんだよ!」

「だ、だって、レインを置いて逃げるなんてことできるわけないじゃない!」

「ちげぇだろ! 自分の命を最優先にしろよ!」


 言い合うレインとマリンを余所に、チラと横目にレインを見るユリウス。


「そんなに早死にしたいようでしたら、あなたから先に死んでください」


 すぐさまマリンを正面に捉え、素早く斬撃を放つ。


「え?」

「おいっ!」


 慌てて駆け出そうとするレインなのだが、マリンへと飛来する斬撃へはとても追いつけない。

 短剣を放り投げ、必死に腕を伸ばすレイン。間違いなく重傷では済まない一撃。呆然とするリオン。


「っ!」


 マリンが死ぬ瞬間を見届けたくないレインは瞼を思いきり閉じる。こんな、こんなつもりではなかった。

 飛来する斬撃の奥に見えたマリンの表情は、死への恐怖を見せるでもなく、ただただレインへと視線を向けていた。それもどこか柔らかな笑み。どうしてその様な表情を向けられたのか、思考が決壊する中、斬撃が地面を叩く音を耳にして膝を着いた。


「……ぐっ!」


 目の当たりにすることが怖い。そこには変わり果てたマリンの姿がある。必ず。


「くっそおおおおおおおおおっ!」


 目一杯拳を握りしめて地面を叩くレイン。後悔しかなかった。


「お、おい」


 背後のリオンがレインへと小さく声を掛けるのだが、レインはまるで聞こえていない。


「俺が! 俺がもっと強かったらあいつを死なせなくてすんだのに!」


 力が足りない。積み重ねてきたことで強くなったという自信が崩壊する。


「なにをしているのだ! 早く立ち上がれ!」

「くそっ! ぐすっ……俺に、俺にもっと力があれば…………」


 これまでに何度となく向けられてきた生意気な顔も、不意に見せる笑みも、時折見せる寂しげな表情も、涙で滲む瞼の裏にありありと蘇ってくる。失って初めて気付くのは、マリンが自分にとってこんなにも様々な顔を見せてくれていたのだと。


「何を言っている!」


 グイッとリオンに肩を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。


「テメェにはわかんねぇよ! 俺にとってあいつがどれだけ――」

「何を言いたいのかわからないが今は集中するのだ! 彼女は死んでいない!」


 腕を振り払うのと同時に、リオンの言葉の意味が理解できないでいる。


「は?」

「見ろっ!」


 言葉と同時に、マリンがいた場所に目を向けると、そこは溶解した地面。


「は?」


 繰り返される間の抜けた声。確かにマリンの死体はなかった。死体もないほどに消し飛んだのかと一瞬考えたのだが、即座に否定するのは先程のリオンの言葉。


「あれ? じゃああいつはどこに?」


 疑問が疑問を呼ぶ。


「れ、れいん」


 小さく自分を呼ぶ声。ぴくりと耳を動かし、声が聞こえた方角を見ると、そこには大広間を見渡せるように中程の高さに作られたバルコニー。そこにマリンが誰かに抱きかかえられている姿があった。


「よかった……」


 マリンが死んでいなかったことによる安堵で鼓動が高まる。だがそれと同時に更に疑問を抱いていた。


「誰だ貴様?」


 そう。ユリウスの問いかけと同じ疑問をレインも抱いている。

 しかしレインが導き出せなかった答えに対してユリウスは先に辿り着く。


「いや、貴様は確かあの時の獣人」


 マリンを抱きかかえていたのは、獣の仮面を被っている人物。腰には妙な反りを見せる武具を所持していた。


「だれだ?」


 まるで見当もつかない疑問。目まぐるしく思考を回し、疑問が解消されない中、隣には静かにストッと降り立つ女性。


「どうやら手こずっているようね。手伝うわ、レイン」

「は?」


 三度(みたび)間の抜けた声を発す。


「な、ナナシー!」

「無事で良かったわレイン」


 ニコッとレインへと笑みを向けるエルフの少女。ナナシーがレインの横に立っていた。


「なによアレ……」


 不満気に声を漏らすマリン。

 先程自身へと向けられていた安堵の笑み以上の、満面の笑みを見せるレインのその姿を見て若干ムッとする表情を見せていた。



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