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第六百五十九話 ユリウス・マリオス

 

『こやつは私が根性を叩き直してやろうではないか』

『よろしくお願いしますテト様。せめてひとかどの騎士に育てて頂ければ』

『任せておけ』


 表向きの口実。しかし内情は違っている。

 当時の水の聖女テトから言わせればマリオス家の教育方針は一つのことに固執し過ぎだと。ただ、マリオス家は名家の一つであることからして口実を作らざるを得なかった。


『よろしくお願いしますテト様』

『うむ。こちらへ来たことを存分に後悔させてやろう』

『……自分は、もう道が残されていませんので』


 そうしてリオンの才能に目を掛けたテトがマリオス家から連れ出していた。

 火の属性の家系に生まれたからといって、必ずしも火を得意にする必要性はない。水や風が得意であるのであれば、それらを伸ばせばいい。個性を尊重し、落ちこぼれだと言って揶揄し、無理矢理に火の属性を覚えさせなくとも。


『テト様がそのようなことを?』

『ええ。だからリオンは必死になって頑張っていますよ』


 今より五年程前。テトによるリオンへの指導。その様子をクリスティーナとユリウスが遠くから見ていた。


『……なるほど。家の者には聞かせられない台詞だ。当主が聞けば、いくらテト様といえど噛みつきかねない』

『あはは。リオンとユリウスさんの家って本当に固いですよね』

『それでなければこれだけ継続して火の部隊の要職には就けんさ』


 火の枢機卿団に於いても確固たる地位を築き続けているマリオス家。


『あっ、要職っていえばユリウスさん。先日聖騎士になったのですよね? おめでとうございます!』

『まったく。まだ正式に開示されていない情報をまたテト様から聞き出したな』


 ユリウスがじろりと見るクリスティーナは吹けない口笛を吹いている。


『そんなことでは誤魔化されないぞ』

『あはは。まぁまぁ。べつに悪い話じゃないからいいじゃないですか』

『まったく』

『あれ? そうなるとこれからはユリウス様って呼ばないといけないですね』

『今まで通りで構わないさクリス』

『そういうわけにはいきません! 私も聖女になるために勉強しているのですから、公私は弁えませんと。ユ・リ・ウ・ス・さ・まっ』

『その態度のどこが公私を弁えているのやら。それにしても、クリスはリオンが本当に聖騎士になれると思うか?』


 今も視界に捉えるリオンはテトによる指導を満足にこなせていない。まるで実力不足。


『なれる、とは言い切りませんが、挑戦してみなければ結果は確認できないですよね?』

『それで上手くいかなかった者がこれまでにも我がマリオス家には多数いる』


 事実、火の属性が適していないことで他の属性に注力した者がいないわけでもない。しかしその誰もが失敗に終わり、次第に火属性以外の者はマリオス家の中でも蔑まれていくこととなる。歴史が証明していた。


『それは……――』

『であれば、血が持つ素質の方が重要だとは思うのだがね』


 無理に他属性に手を出しても報われない結果。生まれるのは案の定といった言葉の数々。それならば多少は苦手であろうとも火属性を少しでも習得する方がそういった視線や態度を多少なりとも和らげられた。その方がマリオス家の中での軽蔑や侮辱的な視線や態度にもまだ耐えられるのだと。


『私はリオンがそうなるのでは、と危惧している』

『――……でもそれは、たぶん未練があったからじゃないかなぁ?』


 ひとり言の様に呟きながら思案するクリスティーナ。視線の先には必死になっているリオンの姿。その横顔を見ながらユリウスは疑問符を浮かべる。


『未練、とは?』

『あぁ……えっと、ユリウスさんにいうのはちょっと気が引けますけど、内緒にしていてくださいね』

『もちろんだとも』

『テト様からの受け売りですが、負い目や心残りがあると、一つのことに集中できなくなるのですって。それでまずはリオンの中にあるマリオス家への気持ちを断ち切ることから始めるって言っていました』

『テト様が……?』


 家が持つ宿命やしがらみにどれだけ執着しているのか。全てを捨てきれる覚悟があるのか。それと同時に、自分には何が向いているのかの自覚。


『でも、私もその通りだと思うのです。やっぱり自信を持たなくては。自信を持つことで成長できる幅が広がると思うのです。人間は個性の塊です。それはもちろん才能という言葉もありますけど、それだって得意不得意はあって当然ですもの』


 クリスティーナ自身、水の聖女を目指している以上、これまでにも多くの人達と比較され続けてきた。


『だから、それらの不得意な部分は共に補い助け合って、認め合って、互いに成長し合って生きていけるのです。そうして取り組んだ結果、神の思し召しを受けられるのです。ね、ユリウスさん』

『……ああ。その通りだ』


 パルスタット教の教えの一つ。

 その根底の意味は、かつてミリア達人間がエルフや獣魔人たちと共に手を取り合ったこと。


『それに、実際こうして見てみると、リオンは自覚がないみたいですけど相当な実力の高さを持ち合わせていると思いますよ。ほら、今にしても、あんなの他の騎士の誰も受け止められないですもの。さっきは自信があればって言いましたけど、ここに来た時のリオンは全くと言っていい程に自信を持ち合わせていませんでした』

『…………その言い方だと今は持ち合わせているように聞こえるのだが?』

『はい。でもリオンの場合は無意識に自信を植え付けられているといったところでしょうか。流石はテト様です』


 傍目に見ればしごきというのも生温い。あれのどこに自信があるのかユリウスには理解出来ないでいた。


『この調子だとテト様がリオンを聖騎士に昇格させる日も近いかもしれないですね』

『…………』


 荒い息をしているリオンをその目に捉えるユリウスは僅かに目を瞑ると振り向く。


『そうか。それは楽しみだ。では私はそろそろ失礼する』

『ええ。また来てください』

『これからはそんなに来れないさ。聖騎士としての任務もあるのでね』

『あっ、そうですね。寂しくなります』

『そんなことないさ。クリスがテト様の跡を継いで水の聖女になれば会える回数も増える。その時を楽しみにしているよ』

『はい。ありがとうございます』

『ああ。ではな、聖女クリスティーナさま』

『も、もうっ! まだ全然先のことなんだからっ!』

『……否定、はしないのだな』

『だ、だって、それが目標だもの』


 もじもじと裾を掴んで目線を彷徨わせるクリスを見るユリウスは小さく息を吐いて笑みを向ける。


『大丈夫さ。クリスなら近いうちになれるよ。私も負けないようにその頃には聖騎士の格を上げておかないといけないな』

『そうですね。じゃあ、筆頭聖騎士になっておいてください』

『ああ。精進するよ。弟の分までね』


 そうして、最後に一目だけリオンへと目を向け、軽く目を瞑りながら溜息を吐く。


(んだ?)


 距離を取ったユリウスが脱力していることに違和感を得るレイン。

 次の瞬間、瞑目していたユリウスがグッと目を開いた。

 その右手に握りしめる騎士剣の宿す炎が一層の猛りを上げる。


「……もう一度言おう。リオンに特別な才能など、ないッ!」

「はっはは。まったく。どうすれば俺がこいつに勝てるのやら」


 チラリと目を向けるリオンは満身創痍。これから劇的に強くなれるとは思えない。


「……やっぱ、俺も逃げれば良かったかな?」


 先程のマリンの提案に乗っておけば良かったと若干の後悔が脳裏を過っていた。



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