第六十五話 新しい季節
冒険者学校に入学して一年が経過して、ヨハン達は二学年。
全員が十三歳になった。
冒険者学校の一学年は戦闘訓練や魔法に対する理解など、実戦のための基礎知識を多く学ぶのに対して、二学年は一学年で学んだことの応用や実践が多くなる。
一学年での学年末試験の結果を軸にそれぞれの現在の能力を学校側が査定して、ギルドに報告。
それが二学年時のギルド利用時の受諾可能な初期依頼内容に大きく反映される。
ギルドへの冒険者登録は別に学校に行かなくても可能ではある。
飛び込みで子供が冒険者登録してその活動をすることもあるが、その死亡率が高いのは必然。
少しでも貴重な人材を無駄にしないため、より効率化を図るための冒険者学校なのは周知の通り。
その設立の歴史は古いが、王国建国の歴史を遡るとその設立理念が窺える。
そうして冒険者学校の一学年の課程を終えた学生達は二学年から実際にギルドの依頼を行っていくのだが、ヨハン達『キズナ』にとっては関係のない話だった。
既にギルドへの出入りを行っているキズナなのだが、内部ではAランク相当で扱われている。
その活動内容やヨハンとエレナの素性は学生であることから余計な干渉や恨み嫉みを持たれないように表向きはランクを低く開示していた。
「あー、早く冒険者として本格的に活動したいな」
そんな中レインが憧れを口にするのは、冒険者になれば自由に世界を見て回れ、高ランク冒険者ともなれば優遇されることも多々ある。
だが、あくまでもこのパーティーは在学中だけの暫定的なパーティー編成で、もちろん卒業後も同じメンバーでパーティーは組めるが、それぞれの事情で在学中にメンバー変更はもちろんそれこそ本格的に冒険者になればメンバーは入れ替わることが多い。
その理由は死亡や報酬の配当に関する揉め事などの不仲や戦力バランスなど多岐に渡る。
「あっ、でもごめんね。私は卒業したらとりあえず一旦は実家に帰るかな?」
「えっ?そうなの!?僕はてっきり卒業してからもモニカと一緒にいられると思っていたよ」
「そんな、一緒だなんて……」
モニカは顔を赤らめてヨハンの言葉に反応する。
「私もできればそうしたい気持ちもあるけど…………」
が、そもそもモニカが冒険者学校に来たのは母の言葉があったから。
モニカ自身としては、学校には入学せずに強くて憧れの対象であった母から習いたかった。しかし、母より、広い世界を知りなさいと言われたために仕方なく通い始めていた。
その卒業後は実家に帰るという選択肢は既定路線である。
「わたくしもさすがにずっと冒険者をしているわけにはいかないですわ。いつかは戻らないと…………」
「そっか、エレナは王女様だもんね」
エレナもその素性はこの国の王女。
如何に寛容なこのシグラム王国であっても王女をその生涯冒険者にするなどといった育て方はしない。
「ですが、わたくしは卒業後すぐというわけではありませんわ。成人して国民の前で正式に挨拶してからになりますわ」
「それでも期限があることには変わりねぇな。じゃあいつまでもこのパーティーってわけにはいかねぇんだな」
「そう思うとなんだか寂しいね」
レインが呟いたその一言から話の流れで卒業後の話になり、ヨハンは表情を落とす。
「でもそれも今すぐじゃないんだし、今はみんなで卒業まで頑張ろうよ!」
それでも今すぐに考えなければいけないわけではない。
「ま、暗くなっても仕方ねぇしな」
「そうね」
「ですわね」
「(うん、まだ先の話だ。あっ、そういえば父さんと母さん、手紙読んでくれたかな?)」
つい先日、父と母に手紙を送っていたのだが返事はなかった。
「まぁ帰ろうと思えば帰れるからいっか」
どうして返事がないのか多少気にはなったのだが、帰ろうと思えば半日馬車に乗っていれば着くのだから、と考えるのをやめる。
「なにか言ったヨハン?」
「ううん。なんでもないよ」
「そう?あっ、そういえば皆で次の休みに開かれる建国祭に遊びに行きましょうよ!」
「おっ、それいいね!」
「去年は入学してすぐで忙しかったからゆっくり見て回れなかったしね」
ふと思い出すのは、去年王都の中がお祭り騒ぎをしていたこと。
「ですがその前に、わたくし達は明日の入学式に行かなければなりませんわ。レイン以外はね」
「別にそこ強調しなくてもよくないか?俺は治癒魔法が苦手なんだって」
建国祭よりも前に待っているのは、冒険者学校の最初のイベント、入学式。
ヨハンとモニカとエレナは上級生として出席するように教師より通達されていた。
――――翌日。
冒険者学校の大きな会場には去年と同様新入生がそわそわして今か今かと各々過ごしている。
「なんだかみんな初々しいわね」
「僕たちも去年はあんな感じだったんだろうね」
ほとんどの新入生たちの様子には緊張が見て取れた。
「はい、みなさん、お静かに」
壇上に教師が一人立ち、拡声の魔道具を用いて会場に多きな声を掛ける。
新入生の視線が一ヵ所に集まり、視線の先には白髪の教師シェバンニがいた。
「えー、新入生のみなさん、まずは入学おめでとうございます。これからここで多くのことを学び育っていくことを私達は非常に楽しみにしています」
シェバンニの言葉を受けて新入生たちは期待に胸を膨らませて目を輝かせている。
次にどんな言葉をかけてもらえるのか、しっかりとシェバンニを見た。
「――ですが、ここに遊びに来たという人は即刻帰りなさい」
シェバンニは開口一番、新入生を驚かせる。
これから色々と学ぶことになるというのに、帰れと言われたのだから。
新入生がざわつく中、シェバンニは尚も言葉を続ける。
「あなたたちは全員ではないとはいえ、冒険者としてこれから生きていくのでしょう?それは死と隣り合わせです。中には卒業後冒険者にならない人もいるでしょうけど、関係ありません。ここはそういうところです。中途半端な気持ちではいずれ死にます」
シェバンニの言うことは正にその通り。
そうなる可能性があった出来事を思い出す。
「まぁ僕たちも下手すれば死んでいたかもしれなかったしね」
「ですが冒険者でなくても死ぬ人は死にますわ」
「エレナって時々けっこうきついこと言うよね」
「そうでしょうか?」
ヨハン達もこの一年間でそれは身を持って体験している。
シェバンニ言葉を受けた新入生は静かになり、どうしたらいいのか困惑した様子が窺えた。




