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第六百五十八話 凡人の理解

 

「死ねっ!」

「っ!」


 振り下ろされるのは炎を灯すユリウスの騎士剣。死を覚悟するリオンは目を瞑り、全てを受け入れる。


「おいおい、お前にここで死なれたら俺も寝覚めが悪いじゃねぇかよ」


 振り下ろされる騎士剣に対して、レインが両の短剣を交差させて受け止めていた。


(めちゃぐちゃ集中しねぇと)


 身体能力を向上させる闘気との併用――短剣に魔力を通わせる魔法剣の要領はまだ得意とはいえないがそれでもなんとか持ち堪える。


「お、遅かったではないか」

「んなことねぇてのっ!」


 大きく腕を振りながら、ユリウスを押し返す。


「ほぅ。今さら貴様が出てきて何をするつもりなのだ?」


 余裕の態度を見せているユリウスは、変わらず目を真っ赤にさせていた。魔族化の影響を色濃く見せている。


「一つだけいいっすか? お兄さん」


 ただ、会話が成立しているということは、低位の魔族化ではなく中位以上なのだろうと。


「話すことなどもう何もないが、死にゆく者の言葉、受けてやろう」

「どもっす。じゃあ遠慮なく聞きますね。あんたがこの人、リオンを憎んでる理由って、たぶん出来損ないだからなんかじゃないっすよね?」

「なに?」


 眉を寄せるユリウス。


「この人が特別な力を持っているから、そう思うんすよね?」


 敢えて遠回しな言い方をする。直接的に水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンへの気持ちを指摘したところで認める可能性は低いと踏んでいた。

 しかし、この場に於いて絶対的に認めざるを得ないことが一つだけある。


「……リオンに特別な力などない」

「いーや、ありますね」


 水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンへの感情があることを前提に考えると、リオンに対してそういった羨望の念を持ち合わせていてもおかしくはない。


「…………そいつに特別な力、だと?」


 先程にしても今の反応にしても、間違いなくリオンの兄であるユリウスはリオンを認めており、同時になんらかの感情を抱いているのだと。


(やっぱあんじゃねぇかよ)


 そう確信する理由は、レイン自身も覚えがあった。


『凄いなレインは』

『なんだよ。羨ましいのかよ?』

『……そうだな。私にもそれぐらいの強さがあれば違った道も選べたかもしれない』


 兄シャール・コルナードとの会話。冒険者学校に入学するよりももっと以前のことなのだが、その時はあまり深く考えていなく、勘違いした自分の力の上に胡坐をかいていた。

 後に兄との関係を修復した際に、そのことについてふと思い出すことがあり、それが憧れや誇りに期待といった感情が含まれているのだと。


『この話はシャールには内密にな』

『……恥ずかしくて自分から言えないっつの』


 父ロビンも同様である、と。迷惑をかけた分、それらに応えなければいけないと思ってみたもの。


(似てんだよ。このへそ曲がりアニキが)


 先程ユリウスに問い掛けた理由がそれらに起因する。眼差し。

 聞くところによると、マリオス家としての落ちこぼれの基準。それは火属性を十分に扱えないということ。この一点。

 それだというのに、水の聖女の聖騎士にまで上り詰めたリオン。マリオス家に於いて前例はないことからして、相当な努力と研鑽があったということは誰もが認識できること。才能に関してもクリスティーナからすれば間違いはないのだが、マリオス家からは火属性でないことからして未だに認められていない。


「あのような出来損ないにどのような特別な力があるのだというのだ」

「ちっ! わかってるくせによぉ!」


 振り切られる剣戟に対して、二つの短剣を駆使していなす。ヨハンの父アトムの指導を受けていなければこれだけの剣筋をいなすことなどできなかった。


『ほらほらレイン。こんぐらい避けられねぇと死んじまうぜ』

『がはっ』


 不規則な軌道を描くアトムの豪剣。それでいてどこか美しさを感じさせる。


「そういうキサマこそ学生の癖に特別な力を持っているようだな」

「ん?」


 鋭い金属音を響かせながらのユリウスの言葉掛け。


「まさか私がキサマ程度の子供にこれだけ剣を捌かれようとは思ってもみなかった。反撃は出来ないようだがな」

「俺が特別な力、ねぇ」


 そんなこと言われるとは思ってもみなかった。本当に特別な人間をこの二年間、一番近くで見続けて来たのだから。

 そういう意味では目の前の男と似たような気もしなくもない。


(でも、俺の場合は違ったな)


 最初に声を掛けてくれたのはシェバンニ。先生がいたからこそその後を乗り越える力を身につけられた。


(今思い出しても吐きそうだけどな。けど、こいつはそれを――いや、こいつの家がそれを認められねぇんだな)


 歴代の火の聖女に仕えて来たという使命と責任。その重責と義務。



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