第六百五十三話 遭遇戦
(びっくりはしたけど、それほどでもないかな?)
目の前で魔族化したゴズ・スカル。
「そのようナ雑草で何をするつもりダ小娘」
植物を束ねた刺突剣。対峙する異形の聖騎士ゴズ・スカルとは元々の体格は勿論、伸ばした爪も含めると得物の長さが圧倒的に違う。
「ぬああぁッ!」
ゴズ・スカルはナナシーの様子を意に介することなく、どすどすと床を踏み鳴らしながら鋭く伸ばした爪を大きく振るった。
「まだまだね」
飛躍的に速度が上がったわけでもなければ、爪以外に何か変化があるわけではない。軽快な身のこなしによってナナシーは初撃を躱し、そのまま立て続けに振るわれる攻撃も躱し続ける。
「ちょこまかトしやがッテ!」
ナナシーが躱した先、爪がシュパッと大きく壁を切り裂くと、切り刻まれたいくつもの破片がガラガラと地面へと落下していった。
「あーあ。壊しちゃった。そんなことして怒られないの?」
「そのようなこト、ドウでもいいワッ! どうせもう街中が壊れているのだからナッ!」
苛立ちを隠さないゴズ・スカルが壊れた壁に向かって大きく腕を広げる。
そこには燃え盛る街の風景。
「……うそっ!?」
壁の奥に覗かせるパルストーンの光景を見てナナシーは絶句した。先日まで見ていた街の美しい景観の全てが損なわれている。
「どうしてこんなことに!?」
「そんなに気にすることでもなイ。これかラこの国ハ我等魔族ガ管理することなル。ならバこのようなこト些事に等しイ」
「…………よくないわよ」
「あ?」
俯き加減に小さく呟くナナシー。がばっと顔を上げる。
「全然良くないわよッ! あなた達は自分のしたことがどれだけのことか全くわかっていないわ!」
「フン。エルフといえどモ、やはりそうカ。ニンゲンの側に付くということだナ」
「当たり前じゃないっ!」
とはいうものの、人間を忌避しているエルフは多数いる。しかしナナシーは違った。
約十五年前のエルフの里襲撃事件にしてもそうなのだが、エルフも人間も多くの人が傷ついている。失くす必要のない命を落としていることも勿論許せないのだが、当時の出来事にしても今のパルストーンの状況にしても、許せないことがもう一つあった。
(あれだけのものを造り上げるのにどれぐらいの年月と創造力を働かせていると思ってるの)
圧倒的なまでの建造物や構造物。ただ歴史を感じさせるだけでなく、水の都と呼ばれるのも納得の美しさを見せていた街並み。人間の作る物に日々感動を覚えているナナシーだからこそパルストーンの素晴らしさに一際興味や関心を示して堪能していた。
「許さない。街をこんな風にしたこと、絶対後悔してもらうわ」
グッと重心を低くさせ、植物を束ねた刺突剣を構える。
「後悔とは何かナ? それにそのような雑草、爪によって容易く切り裂いてやろウ」
鋭く伸びた爪。身体を一突きでもされれば致命傷は免れない。
「ふっ!」
しかし恐れを抱くことのないナナシーは真っ直ぐに踏み込んでいった。
「死ねッ!」
眼前に迫る凶悪な爪。間違いなく顔面を突き刺そうとするその爪を視界に捉え、この程度であれば問題はないと判断し、ナナシーは尚も踏み込んだ。
(かかったぁッ!)
内心で会心の笑みを浮かべるゴズ・スカル。切り札を隠し持っていた。
ナナシーの動きの速さは相当なもの。それであれば想定外の一撃を見舞えば良いだけ。ギラッとナナシーの眼前へと迫る爪がその長さを伸ばす。
「なぬっ!?」
しかし驚かされたのはゴズ・スカルの方。驚きに目を見開いた。迫りくるナナシーは怯んだり恐怖に顔を歪めることなく自身へと一層に伸びる爪をしっかりと見極めている。
爪が伸びたことに対応したナナシーは僅かに頬を切られながら顔を捻り、瞬時に伸びた爪を脇に挟んでいる。
「やっ!」
「フハッ!」
頬の傷など意にも介さないナナシーは刺突剣をゴズ・スカルの腹部へと真っ直ぐに伸ばした。それに対して口角を上げるゴズ・スカル。薄く笑みを浮かべるのは、反対の爪で刺突剣を挟むようにして受け止め鈍い音を立てる。
「残念だったナ。言ったはずダ。この程度、容易く切り裂いてやろうとナ」
「こっちこそ甘く見ないで欲しいわね」
ナナシーもまた笑みを浮かべた。
「はあッ!」
刺突剣に魔力を更に加えると、植物で作られた刺突剣はその長さを勢いよく伸ばす。
「ご、ふっ……」
貫かれるゴズ・スカルの身体。いくつもの植物が身体に突き刺さった。
「言ったはずよ。視野は広く持った方がいいって。どうしてあなたが爪を伸ばせて私がコレを伸ばせないと思ったの?」
ゴズ・スカルの身体を蹴り抜き、後方宙返りをするナナシー。
「キサ……マ…………」
互いの隠し持っていた手が同じ。得物が伸びるということは互いに口にはしていない。ただの予測。
「慢心してはダメよ。これで良い教訓になったわね。っていってももうあなたには遅いけど」
「…………――」
前のめりに倒れるゴズ・スカルはすぐさま瘴気を生じさせていた。
「思っていたよりも手こずったわね。急がないと」
慌てて階下へと向かおうとするナナシーなのだが、突如としてゾクッと悪寒が走る。
「っ!」
前方、廊下の奥の影から物凄い気配が迫って来ていた。
「……なにかヤバい奴が来るわね」
敵対心を隠そうとしない何か。静かに額に流れる脂汗。
そうして前方の影からゆっくりと姿を見せたのは見覚えのある聖騎士。
「やはり素直に大人しくはしてもらえないようだな」
金色の鎧を身にまとった偉丈夫。
勝てない。そう直感が告げていた。
「バルバトス…………ティグレ」
土の第一聖騎士がその場に姿を見せる。土の聖女ベラル・マリア・アストロスの筆頭聖騎士。強者であることは肌で感じるのだが、聖女裁判で初めて見た時とは全く違う印象を抱く。
「ここで死ぬか、大人しく我等の傀儡となるか、せめてもの情けだ。選ばせてやろう」
「へぇ。選ばせてくれるだなんて優しいのね。それで、三つ目の見逃してくれるって選択肢は?」
じりッと後退りするナナシー。
「ない」
「あっ、そう?」
果たして逃げ切れるかどうか怪しい。だが真っ向から向かうのはもっとあり得ない。
「それにしても二つから選べだなんて、里長でもそんな厳しくしないと思うなぁ。せめてもうちょっとだけ増やしてくれない? 例えば十秒だけ待ってくれる、とか」
「それで逃げられるとでも思うのか?」
「ですよねぇ」
「貴様に選べる選択肢は先程の二つだ。さぁ選べッ!」
大剣を手に持ち、切っ先をナナシーへと向ける。
「あるぜ。選択肢なら他にも」
「「!?」」
不意に聞こえてくる声。声が聞こえて来た先を二人して見ると、先程ゴズ・スカルの爪によって切り裂かれて壊れた壁に一人の人物が立っていた。外の光を背に背負っていることで、顔が良く見えない。
(だれ?)
だが声を聞く限りまるで聞き覚えのない声。間違いなくナナシーの知らない誰か。
「こんなところまで上って来られるなど、何者だ?」
廊下には二人の気配しかなかった。そうなれば外から姿を見せたとしか考えられない。土の塔である最上階まで一体どうやって上って来たのか甚だ疑問であった。
バルバトス・ティグレが疑問を投げかけたところ、雲が流れて陽の光を隠す。
「あー、いや、上って来たというか、怪力野郎に放り投げられたというか。ま、んなことは気にしなくていいよ」
「獣人? いや、違う……か?」
「やー、なんていったらいいんだろうな。ま、とりあえず獣人てことにしておいてくれてもいいぜ」
それまでぼやけていた顔がようやく見えるのだが、ナナシーは首を捻った。
(あのお面って、あれ? なんかどっかで聞いた気がするのだけど?)
そこには獣の仮面を着けた人物。腰には妙な反りを見せる独特な形状の武具を下げていた。
「それで、他の選択肢とは?」
「んなもん決まってるだろ? 俺にここで倒されるってことに」
スラっと剣を抜き、獣の仮面の男は片刃の剣をバルバトス・ティグレへと向ける。




