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第六百四十九話 水の都の象徴

 

「じゃ、じゃあどうしたらその本来の力を扱えるんですか?」


 のんびりとしている暇はない。二人が手を止めたことによってサラマンダーは攻勢に出ようとしている。後方ではカレンが突然手を止め会話を交わしている二人を不思議に思っていた。


「百聞は一見に如かず、じゃ。習うより慣れろ」

「それって」


 直後、背中に手の平を押し当てられる。


「時間がないから荒業にする」

「あ、荒業って」

「黙って聞け。これ程の道具ともなれば所有者にしか扱えんことが多い。じゃからわたしはあくまでも補助じゃ。なぁに心配するな。本物を本人から受け継いだということは、それだけの素質があるということじゃ。いくぞぃ」

「いくぞってなにを――」


 問い掛けようとした瞬間。背中から流し込まれるのはテトの強大な魔力。


(なに、これ!?)


 間違いなく巨大な魔力の流れ。明らかに魔力総量が自身とは大きく異なる。しかし断言できるのはそれだけでない。流れ込んで来る魔力の奔流は大きな激しさを感じさせた。だがそれだけの激しさを感じさせているにも関わらず、同時に得るのは穏やかさ。淀みのないその静かな流れも確かに併せ持っているどこか神秘的な感覚。


(すご、い……)


 それは喩えるなら巨大な川。好天時には生命の源であるのだが、荒天時には生きとし生けるものの生命を危ぶめる巨大な牙を剥く大河。それだけの印象を抱いた。


「感じるか?」

「は、はい」

「この流れにお主の魔力を同調させてみろ」

「ど、同調って、いきなりそんな」

「できるはずじゃ。できなければ死ぬ」

「そ、そんな」

「自分を信じろ」

「信じるって言ったって」

「水魔法の使い手の扱いはわたしが一番知っておる。いいな、あくまでも同調じゃ。無理やり取り込もうとするな。感覚を研ぎ澄ませ」


 突然言われても、やったことがないので感覚も何もない。


「わわわ」


 視界に捉えるのは、サラマンダーが特大の火炎弾を吐き出そうとしているところ。このままでは間違いなく死んでしまう。


(よ、ヨハンくん!)


 思わず目をつぶって恋焦がれる少年の顔を思い浮かべてしまっていた。


『大丈夫だよ。サナは強くなってるよ。ちゃんと』


 不意に甦って来たのは冒険者学校での何気ない日常の会話。


『ほんとかなぁ?』

『うん。僕が保証する。自信を持っていいよ』

『自信っていっても……。ねぇ、どうして保証できるの?』

『どうしてって、そんなの決まってるじゃない』


 首を傾げて疑問符を浮かべる。


『それは、僕がサナの成長を入学してからずっと見てるからだよ』

『え? それって……』

『あっ、先生来た。授業始まるよ』

『…………』


 ヨハンは間違いなく他愛のない会話だとそう思っているはず。それどころかむしろ覚えていないのかもしれない。


「そう、だよね」


 しかしサナには忘れることのできないやりとり。あれだけ憧れ、恋焦がれ続けて来た対象が、自分のことを出会った当初から見続けてくれていたのだと。それはサナ自身が心の底から渇望する気持ちではない。あくまでも友愛や親愛といった形。望んでいる本来の形とは別の気持ちだったとしても、掛けられた言葉は紛れもない真実の言葉。


(大丈夫。ヨハンくんが信じてくれる私を、私自身も信じるからね!)


 脳裏に焼き付いている少年の面影を胸に抱き、決意を宿して瞼をはっきりと開く。


「むっ?」


 サナの身体の中に魔力を流し込んでいたテトもまたソレを感じ取った。間違いなく何かが吹っ切れたのだと。


(これだけの才能、もしかすればクリスに匹敵するやもしれぬな)


 元々、テトが行った魔力制御に関して同属性である水魔法の使い手には魔力反応――調和は取りやすい。とはいえ、難度や精度はそれこそ言葉では言い表せない程の難しさ。即席でできるのもたかが知れているのだが、今しがた反応を捉えた様子では見事なまでの同調を感じ取っている。


「次はどうすれば?」

「!?」


 力強く発せられたサナの言葉にテトが驚愕に目を見開いた。しかしそのまま即断即決。素早く次の指示を出すために口を開く。


「そのままブレスレットの魔力を今のと同じ要領で同調させてみろ」

「はい!」


 すぐさま行動に移すサナ。


(こやつ……――)


 何よりテトが感心したのは、その身体自身で慣れろと確かに言ったことは言った。だが、驚異的な融合率で即座に魔力を同調させたシグラムから来た少女はあろうことか先程「これでいいですか?」や「できました!」などといった確認の一切を行わず、「次はどうすれば?」と問い掛けて来たのだった。


(――……面白い)


 つまり、自身の行いに対して一切の疑問を抱くことなく、絶対的な自信と確信を抱いているのだと。そうでなければあのような言葉は出ない。


(ならば、説明など不要)


 本来であれば、もう少し説明をするような言葉をかけるべきなのだが、そういった類の言葉掛けは敢えてしなかった。伝えた言葉は「同調させてみろ」のみ。むしろ過度な説明は感性を損なわせるのみ。

 焦点は、それが誰の魔力を誰に対して同調させるのか。主と副。ただその一点のみに絞られている。


(そもそも、わたしが無意識にそうさせられてしまっておるからな。これも歳のせいにしておかねばクリスに申し開きが立たん)


 内心で笑いながら思い返すのは、テトが先程見込んでいたこと。いくらなんでも即席でできることにもある程度限界があるのだとみていた。自身の魔力にサナが魔力を同調させ、それらをブレスレットの魔力に重ねるようにして同調させる予定だった。

 しかし、ここに至っては真逆。テトが流し込んだ魔力を自然と同調させられてしまっている。まるで支流が本流へと流れ込むかの如く。しかも本能でそれを行っている。


(どれほどのモノになるか)


 期待が膨らんで仕方ない。

 テトがサナに期待したこと、それはつまり、ブレスレットにある魔力を己のモノとすること。


「ん?」


 立て続けに魔力の同調を図るサナが小さく声を漏らした。


「――……あ、あれ? ちょ、ちょっと、どういうこと?」


 不意に動揺するサナ。しかしサナの動揺とは裏腹に事態はテトの想定通り。いや、想定を遥かに上回っている。間違いなく魔力の同調は行使された。寸分違わず。


「お、おぉっ!」


 サナが動揺した理由は目の前で起きた事象について。目を輝かせているテトは感動から思わず両膝を地面に着いている。そのまま目尻から涙をこぼした。


『なんだか気持ちいいなぁ』


 数秒前。ブレスレットの魔力を間違いなく自身の魔力へ同調させたサナは、瞬時にその親和性により心地良さを感じていた。川の流れに身を任せているはずなのだが、まるで思い通りに川を動かせているかのような錯覚を得ている。


『ん?』


 どうしてソレが起きたのか理解できなかったのだが、直後には一際大きく輝いた手首のブレスレット。それと同時に、眼前には熱波と共に大きく迫りくるのはサラマンダーの火炎。しかし一切の恐怖がない。

 本来であれば、その場を埋め尽くす程の爆炎を巻き起こすはずだったその火炎は、まるで柔らかな石鹸の泡に包まれるかのようにして、その炎を萎めていった。



「――…………アレはまさか」

「すごい…………」


 対峙していたバニシュとカレンも思わず手を止めて魅入ってしまう程。薄暗い地下水路に突如として姿を見せたのは、煌々と輝きを放つ神秘的な存在。


「久しいな、サナ」

「どうしてウンディーネさんが?」


 パルスタット神聖国の首都パルストーン。平時であれば幻想的な水の都。だが現在地上では血と憎しみが渦巻いているその最中、水の象徴とも呼ぶべき存在が突如として顕現している。



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