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第六百四十四話 余熱の持つ意味

 

「しかしお前とミモザのやり方は間違っているさね。強い憎しみによって生まれるこのような行いは新たな憎しみしか生まない。こんなこと、わざわざ言わなくともお前達の行いが間違っているのは、もう結果が示している。お前達がしたことによって、街は憎しみで溢れ返っている。満足かい。これで?」


 アリエルへ軽蔑するような顔を向ける。


「お前達がかつて受けた行いに対して恨みを持つのは勝手だが、やり方を間違えるな。お前達はウチのようにするべきだったのだ」

「……では、貴様はどうこの国を変えるつもりだったのだ?」


 問い掛けたものの、アリエルもミモザもこの国を変えるつもりは一切なかった。当時は自分達の境遇を変えることしか考えていなかった。そんな一国の在り方を変えるなどといった大それたこと、思いもつかなかった。


「どう? 見てわからないのさね?」


 両手を大きく広げるバニシュ。まるで見せびらかすかのようなそのローブ。火の聖女の証。


「権力さ。全てを超越する崇拝。民意の象徴。それしかありえない。だからウチは努力した。当時の憎しみを糧に、聖女になるための努力を、勉学を、何より力を。ベラル様やアスラ様の言いつけ通り、それこそ必死にね。そうして、ウチはとうとう理解した」


 上方に掲げる錫杖の先端の魔石が赤く輝くと、生み出されたのは巨大な火の蜥蜴。サラマンダー。


「全ては愛の下に成し遂げられる必要があるのだよ。良いも悪いも全て、神の御心のままに」


 それがパルスタット教の教えなのだと。その代行者であるのが五大聖女。


「……どうやら、何を言ったところで無駄なようだな」


 小さく息を吐くアリエル。まるで共感できない。


「抵抗をしなければ昔馴染みのよしみで刑の執行に猶予を持たせてやることもできないことはないさね?」

「執行の猶予、ね。減刑などではないのだな」

「無論だ。これだけの重罪。どれだけ減刑しようとも、死罪であることは変わらない」

「はっ。ならば執行の猶予に何の意味があるというのだ。死への恐怖を抱えさせながら、無駄にただ生き永らえさせるだけであれば、それはただの拷問だ」

「わかっていないなお前は。全てはそれまでの自身の行いを悔い、少しでも神へ贖罪(しょくざい)をする時間を多く与えてやろうというのだ。それこそが愛の成せる業さね」


 信じて疑わない自信に溢れた言葉。


「お前というやつは……どこまで…………」


 バニシュの当時を知るアリエルからすれば、バニシュの思想の一切が理解できない。奴隷にされた自身の運命を呪い、その運命を決定した神を毛嫌いしていたバニシュがどうしてこれほどまでに変貌を来したのか。


(ミモザの言っていた通りだったな)


 変わり過ぎているといってもいいほど。その理由が高慢な聖女の位置に就いたからなのか、その過程がそうさせたのか――もう一つ過る可能性は、魔族の存在。そういったことに要因があるのかとも思えるのだが、現状のところ判断がつかない。


「わかっていないのは貴様だ。バニシュ・クック・ゴード」


 考えを巡らせていたアリエルの前に出るテト。


「おや? これは水の先代ではありませんか。あまり出しゃばり過ぎるのも良くないと思いますが? そういえば、あなたがここにいるのはクリスの愚行を師が正しに来たのですか? それとも、あなた様ともあろう御方が謀反へ加担なさっているのですかね? まさかそんなはずはありませんよねぇ? 大人しくしていただければ――」


 笑みを見せながら語り掛けるバニシュなのだが、同じようにして笑みを返すテト。


「いやなに、黙って聞いておれば隠居したこの耳には些か刺激的な言葉が飛び交っておるので流石に看過できなくてな」


 懐から杖を取り出すテトはバニシュへ向ける。


「お前には直接的な指導をしてこれなんだが、良い機会だ。これを機に、教えられなかった分、遅れながらでも直接その身に叩き込んでやろうではないか」


 明らかな戦意を見せた。


「……ほぅ。つまりそれは大人しくするつもりがないということさね」

「理解できないかな? その単細胞には」


 テトの言葉に対して表情を険しくさせたバニシュ。


「…………いいだろう。これにて全ての裁定が下りた。ネオン、ガウ」

「「はっ!」」


 その怒りに呼応するかのように、サラマンダーの背びれの炎がゴワッと大きく吹き出し、背後に控える第二聖騎士のネオン・ローレライは杖を、ガウ・バードリーは槍を構える。


「さて、これ以上の話し合いは不要だ。時間も勿体ない」

「だな」

「それで、ここは強行突破することになったのだが、あっちを頼めるか?」

「ああ。問題ない。あの二人の相手は私がしよう」


 テトとアリエルの意図。

 バニシュに対峙するのがテトであり、背後の二人の聖騎士の相手をアリエルが一人でするのだと。


「わたし達は?」


 そうなるとカレンとサナの二人は何をすればいいのか。


「お主等は周囲の警戒を怠るでない。こうなった以上、他にも何が起きるとも限らないのでな。わたしもアレには手こずりそうだ。集中せんと」


 テトが向ける視線の先にいるバニシュ。聖女の格は等しく同列。だが、互いの戦力差ともなればまた別の話。引退した身であるテト。体力的な面ではバニシュに分があるのだが、一日の長があるのはテトで間違いはない。


「わかりました。いいわね、サナ?」

「は、はい!」


 小さく頷くサナは、その右手首にあるブレスレットを左手で握る。


(もし、私にも何かできることがあれば)


 迷うことなく、実行するのだと。そのサナの決心に応えるかのように、ブレスレットはサナの手の平の中でぽぅっと小さな光を灯していた。



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