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第六百四十三話 行違う思想

 

 地下水路に下りて来たバニシュは背後に第二聖騎士のネオン・ローレライと第三聖騎士であるガウ・バードリーを引き連れている。


「――……ふーん」


 そうして全体を見回して確認するのは、この場に誰がいるのか、何が起きたのだろうかといったこと。明らかな戦闘の痕跡が残されていた。


「さて、この状況をどう見るかさね」

「バニシュ。お前がどうしてここにいる?」


 情報によれば、地上の騒動の鎮静化に火の聖女であるバニシュは出向いているはず。


「それはこちらの台詞さね。聞けばクリスが反乱の意思を示して禁術に手を染めたとかなんとか。それで一時様子を見に来てみれば、いるのはクリスではなくまさかの先代とアリエル、それに行方不明だったベラル様の聖騎士ではないさね」


 明らかに疑念の眼差しをそれぞれに向けていた。


「なるほど。行方不明の理由は攫われていたからなのか。なるほどなるほど」

「何が言いたい?」

「いえ。テト様。流石に聖騎士が、それもベラル様の聖騎士ともなると、何の情報も掴めないまま行方不明になるとは考えられなかったのですが、これでいくらか納得しました。テト様の手によるものでしたか」

「…………」


 何も言い返さないテトの様子に疑問を抱くのはサナ。明らかに思い込みが含まれている。


「この人は――」

「お前は黙っているさねッ!」


 少しでも誤解を解こうとサナが口を開いた途端、バニシュはまるで人が変わったかのようにサナへ鋭い視線を向け、怒声を発する。


「っ!」

「どこの小娘か知らないが、ウチに意見する権利などお前は持ち合わせていない!」

「で、でも」


 僅かに尻込みしながらも尚も声を発しようとするサナなのだが、カレンがサナの肩を叩く。


「やめておきなさいサナ」

「カレン先生?」

「ああいう手合いは見下している相手の意見など聞く気はないわ。言うだけ無駄よ。ここはあの二人に任せるしかないわ」

「…………はい」


 表情を落とすサナ。何も出来ないことがもどかしい。


(とはいっても、この様子だと回避はできなさそうね)


 テトとアリエルの二人がこれからどうするのか。カレンもその状況を見守ることにしていたのだが、恐らく難しいだろうということは、このタイミングで火の聖女が姿を見せたことからして何かがおかしいのだと感じていた。


「いつでもできるように気は抜かないでね」

「はい」


 そうなるとただ聖女を相手にしなければならないだけでなく、聞くところによると、目の前の火の聖女は卓越した魔法を扱えるのだと。


「バニシュ」

「今はお静かにテト様。状況を判断する権限はウチにありますさね」

「…………」


 テトが声を発するのだが、バニシュの視線の先には光の縄によって縛られている魔族化した第五聖騎士。明らかに常軌を逸したその姿。


「…………なるほど。禁術に手を染めたというのは本当のようさね。ならば街の事態にもお前達が関与しているということか」


 一定の納得を示すバニシュなのだが、その言葉に誰も思い当たるところはない。


「……何を言っている?」

「アリエル。おかしいと思っていたのさね。お前達が突然この国に、この街に来たことが」

「……偶然だ」

「偶然? いや、そんなことはないさね。お前達は、お前とミモザはこの国に不満を、憎しみを持っていたはずだ。間違いなく、ね。それは誰よりもウチが知っている」

「…………なにが言いたい?」


 笑みを浮かべながら胸に手を当てるバニシュ。


「いやなに。他の誰よりもウチ自身がお前達と憎しみを共有していたのだからな」


 ミモザも含めて、かつては同じ境遇だった者同士。幼い頃に何度も話していたこと。忘れることのない記憶に深々と刻まれている。


「それは否定しないが、だからそれがどうした?」


 しかしそうは言ってももう遠い昔のこと。あの騒動からミモザと共にラウルに付いてパルスタット神聖国を出ている。そうして方々を巡り、現在に至るまでそれなりに楽しい思い出はいくつもあった。辛い過去、その思い出が新しく上書きされたことで、当時の記憶を忌まわしいとは思いつつも、憎しみはとうに薄らいでいた。

 バニシュへは簡単にいくらか話して聞かせてはいたものの、それらの感情を知り得ない。だからこそ――。


「だからウチはお前達が何をしようとしたのか理解できる。同じ恨みを持つ者同士だからね」


 赤の錫杖を真っ直ぐに向ける。


「現在の地上の騒動、禁術を用いて街の兵達を惑わしているのはお前達さね。そこの聖騎士のように」

「街は今どうなっている?」

「しらばっくれるのさね? 聞かなくともわかるだろう? そこのヤツを見れば」


 目を細めてバニシュはアリエルに侮蔑の視線を向けていた。


「……自我を失った者達で溢れ返っている、か」


 アリエルの言葉を聞いたバニシュは小さく口角を上げる。


「ハッ! その通りさね! まるで操られるかのように、神兵も獣人も自我を失っている。殺し合いが起きているさね」

「……そうか」

「それどころか、中には異形に姿を変える者もいるほどだ。どういった禁術なのかわからないが、これを貴様たちは狙っていたのだろう? この街を、この国を、お前達の恨みを晴らすために」

「それは違う」

「何が違うというのさね? これだけの証拠を残しておきながらまだ言い逃れをしようとするのさね? 貴様たちはシグラムの人間に紛れて――いや、あの王女共も飛空艇の利権を気にしていたことからして、どうやらハナからグルだったみたいさね」

「…………」


 捲し立てる言葉の数々。まるで決めつけるようなバニシュの物言い。



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