第六百三十九話 先代と聖騎士
「――……これは、どういうことですか?」
問い掛けるレオニルの言葉。その意味を即座に理解するカイザスは不敵な笑みを浮かべる。
「どういうこともなにも、粛清しに来ただけですが?」
「粛清?」
「ええ。邪教と通じていたことが判明したのですから、風の部隊には一度壊滅して頂きます」
「……なにを、言っているのですか?」
カイザスの言葉がレオニルにはまるで理解できない。その言葉を発するのが他の聖女か、又はそれに与する者であれば、聖女裁判や現在の情勢がもたらした結果なのだろうと納得はできなくともある程度は理解できる。それをどうして目の前の男が口にするのか。
(これがあのカイザス?)
カイザスが醸し出す雰囲気はレオニルの知るそれとは異なっている。
元々、カイザス・ボリアスは自身の代の時に聖騎士に昇格させていた。獣人が大半を占める風の部隊に於いて純粋な人間が引けを取らない、全く遜色のない戦闘能力を誇るどころか、本来獣人の方が適性のある翼竜操縦術のその類い稀な才能からしてカイザスを評価する者は少なくなかった。
だからこそ、当時は第三聖騎士として昇格させていた。その後、イリーナがカイザスを第一聖騎士に昇格させたのだということを風の噂で聞いた時にはカイザスの努力を素直に喜び、イリーナのその決断を称賛している。
「あなたには感謝をしていますよ、レオニル様」
これまで第一聖騎士には獣人の血を色濃く持つ者が務めて来たのだが、純血の人間が務めることでまた一歩互いに手を取り合える関係が築けるのだと。自身は退いたとはいえ、理想的であるその将来に期待はしていた。イリーナであれば成し遂げてくれるはずだと。
「私を聖騎士に任命してくれたことに」
聖騎士にとって、その部隊の最たる位置、筆頭聖騎士に就くことは何よりも誉れ。パルスタット教の教義を遂行できるどころか、誰よりも崇拝する聖女にその存在を認めてもらえるのだから。偶像である神のその化身として。
「おかげで御心に添えることができましたよ」
「…………」
今の言葉からにしても、カイザス自身、紛れもなくその思想は持ち合わせていた。
「っ!」
笑みを浮かべレオニルに語るカイザスの言葉に対して、わなわなと肩を震わせているのは第二聖騎士にニック・ワーグナー。強く握りしめる槍。
「だったらどうしてイリーナ様を助けなかったテメェッ!」
「何を言っているのだいニック? あの場で私に何かができたとでも?」
「けどテメェは何もしなかった! イリーナ様を助けようとしなかった! それどころか、お前は今ここで何をしていやがる!?」
目の前の惨状。仲間である風の部隊に攻撃を仕掛けている。
「阿呆なのか貴様は? 先程の話を聞いていなかったのか?」
「……もう、黙れよ」
小さく呟くニックはじりッと地面を踏み躙ると、次には大きく駆け出していた。
「やはり獣人達は野蛮だな」
応戦する様に剣を構えるカイザス。
(あの人、強い)
これだけの人数に囲まれているにも関わらず余裕を見せていることからしてカイザスの実力の高さは相当なのだということはその場を見届けているニーナにも見て取れる。
加勢しようとするニーナなのだが、それよりも早く腕を前方に伸ばすのはレオニル。
「くたばれっ!」
「貴様がな――!?」
交戦しようとする二人の間に割り込むようにして風の渦が舞い込んだ。
動きを止めるニックとカイザスの二人は、風の渦を巻き起こしたレオニルを見る。
「やめなさい、二人とも」
静かに響くその重い声。
「……なんでアンタの言うことを聞かなければいけないんだよ?」
「そうですとも。もう聖女の座を退いたあなたの命令は聞けませんね」
槍を地面に突き刺し、睨みつけるニックと笑みを浮かべながら小さく顔を振るカイザス。
「確かにその通りです。あなた達の言うことは尤もですが、仮にもあなた達は聖騎士なのですよ? 同じ部隊の。それが本気の殺し合いをするということが、どういうことを意味するのかわからないはずがありませんよね?」
「「…………」」
問い掛ける言葉の意味は二人に限らず、その場に居合わす全員が理解していた。
(どゆこと?)
ニーナ以外は。
「同部隊内に於ける聖騎士の戦い。それはいかなる理由があろうとも聖女が立ち会わなければならない。不変の掟が変わるはずありません」
序列が上の聖騎士に手を出させないため。あくまでも念のために作られた隊内規定。破れば死罪。
「……ぐっ!」
「言わんとしていることはわかりますよ。ですが、イリーナ様は聖女の資格を剥奪され幽閉されている。そうなれば私が部隊を粛清することに何か問題でも? ここに来るまでに街の惨状をご覧になられたでしょう?」
「……ええ」
「彼らの暴動を抑えるためにはコイツラの死体を並べるのが一番早い」
「テメェッ!?」
「ニック! 今は我慢するんや!」
第三聖騎士のカルーが今にもカイザスに飛び掛かろうとしているニックを後ろから止める。
「なんでだよ! あのヤロウの好きにさせるってのかよ!?」
「そんなこと言ってないやろ。ここはあの方に任せたらええねん」
「…………――」
溜息を吐くカルーに対して、睨みつけるニック。
「――……チッ」
「ええ子やなぁニックは」
「……黙れよ。それと、撫でるならちゃんとやれ」
そのままカルーに頭を撫でられていた。
「……ふぅ。あなたのせいでせっかくのニックの気勢が削がれたではありませんか。これでは楽しくありませんねぇ。仕方ありません。では私は無抵抗の彼らの粛清を……――」
剣を握り歩き始めたカイザスの前に立つレオニル。両腕を広げる。
「させません、と言っているのです」
「…………」
無言でレオニルに向けて剣を振るうカイザスなのだが、レオニルは片腕のみを獣化させて受け止める。
「何をされている?」
「あなたを止めます」
「ほぅ? 元、とはいえ、聖騎士にそんなことをすればあなたがどうなるのかわからないわけでもありませんよね?」
「ええ。覚悟の上です」
国の最高機関の一角でもある聖女の聖騎士に手を出すこと。異端審問にかけられるだけでなく、死罪もあり得た。
「ではどうして?」
「どちらにせよ、これから後に七族会による総攻撃があります。負ければ私たちは全員死ぬでしょう」
その言葉を聞いてカイザスは目を細める。しかしそれ以上に驚き困惑するのは周囲で動向を見守っていた風の部隊。
「どう、いうことだ?」
「パルストーンが襲撃される?」
「そんなことすれば獣人の立場なんてもうないじゃないかよ!」
「だったら、俺達も加勢すれば……」
動揺と混乱がその場を埋め尽くす。
「まだ、まだ終わっていません!」
響くレオニルの怒号。空気を振動させた。
「解決する方法は残されています!」
「ふむ。その話、是非ともお聞きしたいですね」
「残念ながら、それは叶いません。カイザス、あなたには」
「むっ!?」
レオニルの気配が変わるのを感じ取ったカイザスは後方に飛び退く。
「あなたを倒させてもらいます」
「できるものであればどうぞ。戦闘能力ではこちらの方が有利なのですが?」
「あたしも一緒に戦うよ?」
「!?」
直後、不意に聞こえて来た声と共に、カイザスの視界の端には赤い光が飛び込んで来た。炎の魔法。
「貴様……そんなことをすればどうなるのかわからないのか?」
「わかんないよ?」
「な、に?」
「うん。確かに事情はよくわかんないんだけど、そもそもあたしはレオニルさんを助けるためにここに来てんだよねぇ」
ニコッと答えるニーナ。
「それに、ここでレオニルさんが殺されちゃったらお兄ちゃんに怒られるし」
そのままグッと構えを取るニーナの手には赤い手甲が装着されている。アリエルから譲り受けた煉獄。
「よろしいのですか?」
「まぁ、もう今更だし?」
「ふふっ。確かにそうですね。では、お言葉に甘えます」
「りょーかい!」
翼竜厩舎で巻き起こる目の前の光景に、どこか不思議な感覚を得るニックやカルーに風の部隊。
ここ最近、頻繁に顔を見せていたシグラム王国からの客人である竜人族のニーナ。それに加えて、獅子王族であり、先代風の聖女であるレオニル・キングスリー。
その二人に対峙しているのが自分達の筆頭聖騎士である風の第一聖騎士であるカイザス・ボリアス。
ただでさえ街が大きく混乱している最中、よく知る三人の戦闘が幕を開けた。




